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心の海へと帆を上げて②

 生憎の曇り空の下、体育祭本番が始まった。

 僕ら体育祭リーダーは、参加する競技以外は基本この衣装で体育祭に参加している。

 最初は周囲の男子の視線に戸惑う女子リーダーらであったが、時間が進むにつれて慣れてきた様子だ。

 すると、競技の途中で大久保君が衣装係に呼び出され校舎へ向かっていく。

 不機嫌そうな素振りをみせる喜多川であったが、彼が戻ってくると思わず涙が溢れ出た。

 遅れはしたが大久保君の衣装が完成したのだ。リーダーを退き足を引きずりながらも、これまで献身的にサポートしてくれた彼に対する最大限のプレゼントであった。

 一目を憚らずに彼氏を抱きしめる喜多川。積もりに積もった何かが解放した瞬間であった。

 この行動に多くの生徒たちが、彼らがカップルだと悟ったに違いない。

「みっちょんかわいー」

 僕らのもとに声をかけてきた小出さんや田辺君らが集まってきた。みんな物珍しそうに見ている。特に僕を。

 至極真っ当な反応だ。普段から窓際でそっと身を潜めている僕が、今こうして大勢の群衆の前で誰よりも一身に陽の目を浴びているのだから。

「音也もかっこいーよ」

 そう囁く小出さんに、僕は自然と頬を赤らめてしまう。今でも名前で呼ばれることへの照れや彼女の仕草に思わずドキッとしてしまった。惚れてまうやろー。


「さあ、青軍行くぞー」

 最初の競技が始まるや否や、団長の掛け声のもと僕らは応援を始めた。

 午前の競技が着々と行われてく。徒競走や大玉転がし、綱引き、障害物競走など体育祭ならではの競技が目白押しだ。

 しばらくすると、葉月さんは100m走に出場するため、体操服に着替えに行く。ここまでずっと一緒にいたので、寂寥感とまではいかないが何となく物寂しく思える。

 周囲を見渡すと、各軍各々趣向を凝らした衣装を身に纏っていて興味が湧く。それに生徒のいる席の背後には、縦横4m×16mの巨大パネルが設置してあり間近でみると迫力十分だ。

 ここまで冷静に見渡していると、いかにこれまで僕が体育祭であったり学校行事に興味がなかったのか思い知らされた。知らないことを知ろうとする行為は、新たな好奇心への道程なのだ。

 こうして感慨にふけっていると、一人の生徒が僕に話しかけてきた。

「体育祭、盛り上がってるね」

 爽やかイケメン、大久保君である。

「そうだね。いいの?彼女と一緒じゃなくて」

「優もみっちーと同じ種目に出るから着替えに行ったよ」

 喜多川が参加することは何となく想像はついていた。それでも話のきっかけで聞いてみたのだ。コミュニケーションを取ることの大切さはこの数週間で痛いほど身に染みたから。

 それにしても大久保君。葉月さんのこと、あだ名で呼んでるんだな。彼の言葉に僕は少し嫉妬してしまった。

「いいのかい?クラスメイトがそこにいるのに僕なんかと話してて」

 やんわり冷めた感じでそう告げると、大久保君は苦笑いを浮かべている。

「君と話がしたいから声をかけたんだよ」

「それって、告白か何かかい?」

「ははっ、君らしいこと言うね。まあ正解なんだけど」

「えっ、何の告白?」

 二人の間に刹那、沈黙が訪れる。大久保君は一体何を言うのだろう。喜多川に対する愚痴とかはやめてくれよ。

 すると、大久保君が重い口を開いた。

「実はさ、オレ、葉月さんのこと好きだったんだよね」

「えっ・・・・・・」

 彼の言葉に僕は一瞬思考が停止してしまう。しかし、同時にある疑念が湧いてきた。

「でも・・・・・・今、喜多川さんと付き合ってるのは?」

 大久保君が葉月さんを好きであったのなら、彼女と正反対な性格の喜多川と付き合っていることに、僕は違和感しか覚えない。何かのっぴきならないような事情でもあるのかと勝手に推測したが、どうやらそうでもない様子だ。

「まあ、ただの成り行きというやつだよ」

 彼が言うに、クラス行事で喜多川と関わった際に、お互いに惹かれ合ったそうだ。まあ彼女の容姿に惹かれない男子はそうはいないだろう。クラスカーストでトップに位置する二人なのだから客観的に見れば納得はする。ただ、喜多川のあの性悪さは、僕にはとても受け付けないのだが、それに関しても彼はこう言っている。

「優は普段、高圧的な態度をとることも多いけど、実は心の弱さを誤魔化すために強がっているだけなんだよ」

 恐らく、喜多川は大久保君には自分の弱さを見せたのだろう。それを彼は一身に受け取ってしまったに違いない。男は女の涙に弱いって言うくらいだから。ただ、僕に対しても、彼女は弱さを露呈したのだから、その理由に納得いかない部分はある。

 正直、あのクラスのカースト内なら、喜多川よりも四谷さんの方がしおらしくて僕はまだ好感が持てたのだが、大久保君は喜多川を選んだ。

 それに原因は僕にもあったようだ。

 ある日の放課後、僕が大久保君に葉月さんよりも喜多川に気を配って欲しいと頼んだことで、彼は彼女らと関わる機会を増やしていったようだ。そのおかげで、喜多川から葉月さんへの視線はめっきり減っていた。

「・・・・・・なんか、ごめん」

「いや、別に謝られる筋合いはないから。それに葉月さんはオレに興味なさそうだったし・・・・・・」

「何でそう思うの?」

 意味深なことを言う大久保君に僕はそう尋ねたが、彼は『いずれ分かるよ』とただ一言そう告げ、恋人の応援に向かった。 


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