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小さな翼⑦

 葉月さんが体育祭リーダーとなってから2週間後、クラス内に激震が走った。


 大久保君が、部活で全治二ヶ月の重傷を負ってしまったのだ。サッカー選手である彼は、県大会が差し迫ったこの週末に練習試合に出場したそうで、そこで怪我をしてしまったそうだ。

 レギュラーメンバーに入れるかどうかの瀬戸際だった彼が、いつになく只ならぬ意気込みで試合に臨んだことを、同じ部活の田辺君が事細かに教えてくれた。

 その試合で起きた突然の悲劇。彼の気持ちを思うと、大変不憫でならない。

 膝を負傷してしまい松葉杖で登校してきた大久保君に、クラスメイトが大勢話しかけてくる。残念ながら県大会は絶望的ではあるが、レギュラー入りできるが微妙であったためある程度諦めていた、とみんなを安心させるような言葉で彼らを気遣う大久保君。本来であれば臍を噬むくらいの無念さを滲ませてもいいはずなのに、こうも笑ってクラスメイトを和ませるあたり、彼の人柄、優しさが窺える。

 だが、そんな彼が一瞬、何処となく寂しい表情を見せたことに僕は胸を痛めた。


 大久保君の県大会出場と共に体育祭リーダーも辞退することがHRで葉月さんによって告げられた。また、これにより彼の代役が必要であることも言い渡されることに。

「それじゃあ、代わりに出れる男子いるか?」

 担任の問いかけに反応する男子生徒はいない。大久保君の代役を全うできる人間などそうはいないからだ。他の陽キャと言われるような生徒もその重責を背負おうとはしない。

 これはくじ引きだな、と僕が神頼みをしようと思った矢先、一人の女子生徒が声を上げる。葉月さんだ。

「あの、先生。推薦とかってダメですか?」

 軽く手を挙げて神妙な面持ちでそう話す葉月さんに対して担任は、

「いや、まあ一応受け入れるが・・・・・・」と彼女の意見を承諾する。

「大久保君とも話したんですが、川端君がいいかなって思います」

 突然の爆弾発言に僕だけでなく、クラスメイトの大半がざわざわし始めた。普段は帰宅部で陰キャな僕に白羽の矢が立ったのは想定外の何物でもなかった。

「葉月がそう言っているが、どうだ?川端」

 担任教師がそう問うと、僕はクラスメイトの視線を一身に受けることに。この空気感、何だか久しぶりな気がする・・・・・・。

「いや、僕帰宅部ですし、ダンスとかやっていたわけではないんで上手くやれるかどうか・・・・・・」

 僕は思わず口籠もってしまう。葉月さんの推薦を完全否定しなかったのは、彼女だけでなく大久保君も僕を推しているという点が気になったから。

 大久保君の離脱した現状で、あの彼女、喜多川優がヒステリーを起こして葉月さんに八つ当たりしないのか僕は心配になった。もしかしたら、大久保君もそれを察して、葉月さんの剣であり喜多川への防御盾にもなる僕は、最良の選択でもあるのだが。まあそもそも、彼氏が彼女をそういう風に悪く思うのはいささか疑問ではあるのだが。

 そんな僕の思いも他所に、葉月さんが僕を推薦する理由を話し始めた。

「川端くん、中学時代体操部って言ってたよね?体育祭の応援合戦のメインでやる私たちのダンス披露で男子は結構アクロバティックな演技があるから、川端くんが適任かなってなったの!ねっ、大久保くん?」

「そうなんだよ。ダンスは頑張ればなんとかなるんだけど、バク転だったりバク宙は経験者でないと時間がかかるからね」

 二人がそう言って僕を推してくることに多少気分は良くなったが、それでも一歩は踏み出せない。

 体育祭のメインイベントの一つである応援リーダーらによるダンス披露は、学校中の生徒や教師だけでなく、観覧に来る父兄や地域住民が楽しみにする一大イベントだ。彼らの期待を背に、その舞台で僕のような協調性の無い生徒が大手を振るって参加するのは、いくら精神面の強い僕でも気が引ける。

 それでも葉月さんや大久保君が以外にも僕のことを後押ししてくれるなんてこの時は思ってもみなかった。


「私も川端くんがいいなって思いまーす」とカリン様こと小出さん。

 彼女の発言で勢いづくクラスメイトたち。

「バク転できるってすごーい」と葉月さんや小出さんの友達。

「いいじゃん。そうやって目立てる機会なんてないんだから、YOUリーダーになっちゃいなよ」とクラスのムードメーカーである男子生徒。さらには・・・・・・。


「ちょうどいいじゃん。恋人同士でリーダーやれるんだからさぁ?」

「いや、付き合ってないから!」

 田辺君の誤解を招く発言に、つい声を荒らげる僕。すると、小出さんが葉月さんに確認を取り始める。

「えー。みっちょん、まだなのー?」

「それはご想像にお任せします」

 小出さんのからかいに顔を傾け意味深げにそう話す葉月さん。あれっ、そこは否定しないの?と思っていると、教室内が何だか賑やかな雰囲気に包まれていることに僕は気づく。

『えー。仲良いんだから付き合えばいいのにー』

『てか付き合ってなかったのかよ』

 周囲からの声によって、ようやく今、僕は自身の置かれている現状に気付かされた。

 葉月さんとの関係が、もはや友達以上になっていることを。

 この1年間、生徒らの声をほとんど遮断していた僕は、ようやく彼ら、この空間に溶け込む一歩を進める気がした。おそらくは僕自身が一番、望んでいたことに違いない。それがついに口に出ることで表面化される。

「川端、どうだ?」

「・・・・・みんなが良ければ、やります」

 拍手多数により、僕は大久保君の代役を務めることになった。

 逡巡の余地がないとはこのことを言うのだろう。意外とあっさり承諾したことを僕自身、今でも不思議に思う。何故だか自然な流れに感じてしまうほどにすんなりと。

 周囲にほだされる事なく物事を全うしてきたのが僕なのに、いつしか行動も変わっていくものなんだな。

 あれ、つい先日も似たような感覚を覚えた気がするような・・・・・・。


 この時ふと、小さな翼が生えているような気がした。


「良かったねぇ。婚約が決まってぇ」

「いや、まだ付き合ってもいないんだけど」

 田辺君の変わらぬボケに、忌み嫌わずに僕は対応してあげた。彼との会話は心地いいとは言えないが鬱ぐものでもない。

 そんな僕らのもとに、ゆりゆりコンビが現れる。

「ごめんね、川端くん。急なこと言い出しちゃって。でもありがとう、了承してくれて」

「音哉〜みっちょんのことよろしくねー」

 二人とも何だか嬉しそうだ。まあ、葉月さんからしてみればそれなりにコミュケーションがとれる男子が良かっただろうし、小出さんにしても今後の不安を払拭するには適した人材だと思っているだろうし。

「・・・・・・それで休み時間、二人はいなくなってたんだね」

「なになにー。気になってたのぉ?」

「・・・・・・休み時間に二人でいるところ、見たことないから・・・・・・」

「体育祭リーダー同士色々話すこともあるんだけどー。もしかして、嫉妬しちゃった?」

「・・・・・・ご想像にお任せします・・・・・・」

「あーわたしの真似してるぅー」

 ふと、無意識に本音を漏らしてしまった。やはりからかわれてしまう始末にどうにでもなれと半ばやけくそになってしまっていた。

 この後、小出さんや田辺君にも、痴話喧嘩だなんだって色々言われてしまうことに。まあ二人とも何だか嬉しそうだから変に言い訳するのも諦めた。

「川端君。急なことになってしまってごめんね。どうぞよろしく」

 松葉杖を使って僕の席まで来て、そう言って軽くお辞儀したのは大久保君だ。申し訳なさそうに僕を見ている。彼自身、悔しい気持ちもあるだろうになんとも落ち着き払った礼儀正しさだ。

「うん。よろしく」

「早速だけど、今日の放課後にダンス練習があるから一緒に来てくれるかな?」

「了解」

「ちなみに僕もしばらくは参加させてもらうよ。ダンスの通し練習で誰かしら見てあげなきゃだからね」

 部活にも参加できない大久保君は体育祭リーダーを退いても残ったメンバーのために協力する姿勢である。個人であったり全体練習を客観的に見て、修正点を指摘する必要があるからとのこと。流石はナイスガイ。もはや完璧超人だ。だが、彼にしてあの彼女ありとは到底言えないのが、なんとも口惜しい。


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