小さな翼⑥
キャンパスボードに描かれた空がほんの少し灰色を滲ませる。
あれから一週間が経った。
僕の心配を他所に、葉月さんは翌日以降も、変わらず気さくに話しかけてくる。今日は昨日、彼女が初対面した、体育祭リーダー副団長の女子生徒に関する話題がメインとなった。
「木村センパイ、見た目ギャルなのに、話し方というか佇まいがカッコイイんだよねー」
「具体的にどの辺がそう感じさせるの?」
「なんか男子に対してもあけすけにものを言うし、応援合戦のダンスに対して率先してアイディアを出してくれるから頼りがいのあるセンパイだなって思ったの」
葉月さんは木村先輩の人柄について、丁寧に説明してくれた。彼女にまつわるエピソードのほとんどがリーダーの資質を感じさせるもので合った。後輩一人一人に声をかけてくれる点や男子の稚い振る舞いに対する叱咤であったり、周囲をしっかりと見渡せるあたりが理由である。
正直、彼女がいれば、喜多川の口撃を封じてくれるだろうと、会ったこともないのに直感的に僕は思った。
「それにしても葉月さんが、『あけすけにものを言う』って言葉を使っていることに、僕は驚いたよ」
「あーあれはね、この前川端くんに借りた『君に贈る歌』の小説版で出てきたから使ってみたくなったんだ。すごいでしょ」
そう自慢げに話す葉月さん。そんなドヤ顔を見て、僕は不快感を覚えるよりも少しずつでも読書を続けてくれることに喜びを感じた。
いくら感銘を受けた言葉であっても、咄嗟に引用などなかなかできるものではないと彼女に説明すると、
「でも、やっぱり川端くんには敵わないよぉ。マジ川端語録凄すぎ」
と感心している様子の葉月さん。いや、この1ヶ月そこらで、小説に少なからず目覚め、その中にある一語を後日、こうやって僕に話すためにしたためること自体が本当に凄いことだと思う。
確かに、僕はこの1年、まともに同級生らと会話していないこともあり、ディベート力は落ちているが、日常の大半を読書に励んできたことで、語彙力を日々鍛え上げてきたという自負はある。
結果、こうして葉月さんに褒められていることで承認欲求が満たされる気分になっている。
「それはそうと、喜多川さんとは上手くいってるの?」
尋ねるかどうか躊躇っていたことを僕は素直に聞いてみた。
「随分と直球、どストレートだねぇ。うん。必要最小限の言葉しか交わさないけど、口論とかにはなってないよ。それにほとんどの時間、喜多川さんは大久保くんにベッタリだし」
葉月さんは、喜多川が基本的に大久保君といちゃついているため、自分など眼中に無いようだと話してくれた。
いつしか僕は、二人の間に軋轢が生まれずに、このままであって欲しい気持ちと、もう少し協調性を持って欲しいという贅沢な願望をいつしか抱いてしまっていた。
「そういえば、小説の絵美ちゃん、とっても面白いね。心の声もサバサバしてるとことかさ」
話題をさりげなく変えるために、葉月さんは先ほどの小説の話に関して踵を返してきた。
「そうだね。やっぱり原作の方が、彼女らしさが出ていて読んでて心地良いよ。まあ漫画の方も、時折見せるしおらしさがいいんだけどね」
言葉が軽くなった僕に葉月さんも便乗してくる。
「だよねー。漫画で見せる仕草がグッとくるよね」
「・・・・・・女性視点でもそう思うんだ?」
「思うよー。まあ現実ではそうはないけど・・・・・・あっ、木村センパイにはいつもキュンキュンさせられてるー」
思わずテンションが上がり、僕の筆箱を振り回す葉月さんに対して、僕は冷めて見ているわけではないが気分が上手く乗れない。やはり、会ったこともない人物の話をされてはこうなってしまうのは致し方なしか。それでも木村先輩への興味は増していった。
「葉月さんにそこまでさせてるんだから、僕も一度はお目にかかりたいね」
ふとそう呟くと、目をキラキラさせている葉月さんが目に入った。
「じゃあ会いに来なよぉー。放課後、3階(3年生の教室のある階)の階段付近で応援合戦のダンス練習してるから見に来ればいいじゃん?」
「いや、流石に部外者の僕は伺うのも変でしょ?それに3年の教室へ上がるのも気が引けるし・・・・・・」
「えー。来ないのー?」
いつになく弱気な表情を浮かべる僕に葉月さんは多くは語らなかった。一年前の、あの頃の僕を彼女は想像していたのだろう。勇敢に立ち向かうあの時の僕を。あくまで女性に対して強気にあれこれ言っていた、ただのしがないのが僕だ。
ただ、今は違う。友達と言ってくれる人達がいる。それだけで何だか救われる気持ちになった。こんなにも複数の異性に、「友達」と言われるようになった僕は、何だか新しい世界にいる気がする。
斜め前の席の田辺君の視線を感じた。ああ、ごめん。田辺君。君のことは、まだあまり友達という認識ではいなかったよ。
この後、小出さんが僕のことをあだ名で呼んでいることが葉月さんにバレて咎められてしまったな。
そのうち、木村先輩にでも会いに行こうか。
そう思った矢先、突然の悲報が訪れた。




