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小さな翼⑤

 午後の授業も終わり、最後にHRを行うために担任が教室へ入ってくる。

「今日は来月行われる体育祭の実行委員を決めなきゃいけないんだが、クラス委員、前に出てきて進行してもらえるか?」

 クラス委員の男女が教壇に立ち、進行を始めた。

「それでは、体育祭の実行委員を決めていきます。というか体育祭のリーダーですよね?」

 学級委員の佐々木君が、確認のために担任の方へと視線を向ける。

「そうだ。俗に言う応援リーダーという奴だ」

「ありがとうございます。昨年も各クラスで決めたかと思うんだけど、どういう方法で決めたか教えてもらる?」

 佐々木君がクラスメイトに問いかけると、率先して手を挙げて応じる生徒がいた。大久保君である。

「ハーイ。前のクラスでは基本立候補制で、いないようだとくじ引きなりあみだくじで決めてたよ。というかオレ立候補してもいいけど」

 すると、よくぞ立候補してくれましたとばかりに拍手喝采が巻き起こる。流石は大久保君。みんなからの人望が極めて厚い。

「他に立候補がいないようなら大久保君で決まりだけどいいですか?」

 当然の如く他に立候補者は現れなかったため、クラスメイトからの二度目の拍手により男子の実行委員は大久保君に決まった。

 続いて、女子の実行委員決めに入ったのだが、案の定、女子の方は立候補も推薦もなく教室内は緊張感漂う、泥沼の様相を呈していた。

 男子が大久保君なら自分もと手を挙げる女子もいそうだが、そう上手くはいかない。これはあくまでも僕の憶測ではあるが、変に立候補すると彼目当てだと思われるのを嫌っているせいか互いに牽制し合う様子に伺える。仮に推薦を了承しても同様な類いで仲の良い友達がその子を推しても思惑がバレバレだし、だからといって、自分と接点の無い女子を推薦してもその子との仲が悪くなるだけだしな。

 そんな重苦しい空気のなか、くじ引きという常套手段に決まろうかという寸前に、一人の女子が手を挙げた。

「私、やってもいいよ」

 その声の主は葉月さんであった。

 無意識に僕は彼女に視線を向ける。僕だけでなく、小出さんも同様に驚きの表情を浮かべていた。

 どうして立候補なんか・・・・・・。単純に厄介事を背負ったとしか僕は思えなかったが、もしかすると体育祭リーダーに興味がある可能性もなくはないのだが。

「葉月さんが立候補してくれたけど、他にやりたいって人はいませんか?」

 結局その後、他に立候補する女子は現れず。すんなりと葉月さんが体育祭リーダーに決まった。

「大久保、葉月。実行委員の顔合わせが木曜の昼休みにあるそうだから出席してくれ」

 担任にそう言われ、二人はすんなりと承諾する。

「よろしく、葉月さん」

「こちらこそよろしくね、大久保君。みんなを引っ張っていってね」

 お互いに挨拶を交わしていると、小出さんが割って入ってきた。

「みっちょん!体育祭リーダーなんかになっちゃって大丈夫なの?」

 心配そうにそう問いかける小出さんに対して、葉月さんは、

「大丈夫だよ奏凛。ギター練習もしっかりやるし合わせの時間もちゃんととるから」

 と部活も怠らないことを小出さんに約束している。

「そういうんじゃなくってさ・・・・・・こっちが心配なの」

 小出さんは葉月さんの胸に拳を軽く当て、彼女のメンタルの心配をしている。そう、昨年に教室で浴びた唾棄であったり、いわれのない言葉を彼女が再び受けることを小出さんは憂いているのだ。

 その憂慮は僕のなかにもあって、それは、今回に限って助けてあげられない可能性が高いからであった。放課後の体育祭リーダーの打ち合わせには部外者が到底参加などできないのだから。

 僕は両肘を机にあて額に握った手を顔に押しつけながら考えこんでいると、前方から声が聞こえてきた。

「あーあ、カノジョが他の男子に取られたよぉ」

 田辺君である。彼は僕とは別のベクトルで心配をしてきた。

「・・・・・・」

「そんなに深刻な顔しなさんなぁ。冗談だよぉ。理人とは同じ部活だし、今のカノジョとラブラブだからさぁ」

「・・・・・・知ってるから敢えてスルーしてあげたんだけど」と目を細めながら彼に伝える。

大久保君に彼女らしき人がいるのは知っていた。帰り道に二人で歩いているのを何度も目撃していたから。ただその二人がカップルであってほしくはないと願っている自分もいた、

 それは、その相手が喜多川優であったからだ。

 はたから見たらどちらも容姿は申し分のない、ベストカップルかもしれない。でもそれは周囲が知る必要のない、彼らの内面を理解していないだけで、ただの無関心の延長線上でしかない。

 大久保君は別として、喜多川は欺瞞の化身だ。弱者を見下し自身は被害者ぶる、こちらに多少の非があるにせよ、到底納得のいかない言動の数々を僕は見てきたのだから。

 正直僕は、葉月さんと喜多川が再び相対するのを危惧せずにはいられない。

「そうなの?じゃあ何の心配をしてるのさ?」

「・・・・・・」

「何だよぉ。別に言いふらさないからぁオレ。ほら言ってみん?」

 田辺君の追求がいささか鬱陶しく思えたが、それでも彼には自然と話す気分に陥っていた。

「葉月さんの待遇をだよ」

「・・・・・・それって、葉月さんがまた、喜多川さんにいじめられるってこと?」

「察しがいいね。まあいじめのような直接的攻撃はしないだろうけど、執拗に詰ってはきそうだね」

「流石は当事者は知るだねぇ」

 妙に納得している田辺君を尻目に僕は、部活へ向かおうとする葉月さんの(ケツ)を追っかける。

「葉月さん、ちょっといい?」

「なに?どうしたの?」

 僕の問いかけに素直に応じる葉月さん。僕から話しかけてくることに何かしらの違和感を感じている様子だ。

「ちょっと言いづらいんだけど、場所を変えてもいい?」

「うん。いいよ」

 葉月さんと二人、場所を教室から移動する。この時、小出さんからは「頑張って説得してね」であったり、田辺君からは「また逢い引きしてるなぁ」という声が聞こえた気がした。

 僕らは別棟1階の階段下まで移動した。

「で、用事はなに?まさか愛の告白?」

 笑いながらそう話す葉月さんに、冗談とわかっていながらも僕はそれに付き合う気持ちにはなれなかった。

「・・・・・・何で体育祭の実行委員になったの?」

「なんか楽しそうだなぁって思って」

 僕の真面目な問いに、葉月さんは表情を変えずに笑ってそう答えた。

「・・・・・・あのさ、大久保君は今、喜多川さんと付き合っているんだよ。それで、もし葉月さんが大久保君と楽しそうに絡んでいたら、きっと彼女は・・・・・・また君に酷いことを言ってくるかもしれない。だから・・・・・・」

 その先の『体育祭リーダーは降りて欲しい』という言葉が口に出ずにいると葉月さんは、

「大丈夫だよ。だって喜多川さんも体育祭リーダーだから」

と変わらず笑顔を見せてくる。

「えっ?」

「バンドメンバーの佳乃子に聞いたから知っていたよ」

 葉月さんによると、先日同じバンドメンバーで喜多川と同じクラスである鈴木佳乃子さんに、彼女が体育祭メンバーに選ばれたことを話していたらしい。

「だったら何で・・・・・・」

 怪訝な表情を浮かべる僕に、葉月さんはその理由を話し始めた。

「聞いた話によると私たちの所属する青軍は男女になって踊るシーンがあるらしいの。それで喜多川さんは大久保くんとペアを組みたくって立候補したみたい」

「それは随分と早計な考えじゃないかな。僕らのクラスは今日リーダーが決まったというのに」

「喜多川さんは大久保くんに、絶対体育祭リーダーになってって懇願したらしいよ。そして、大久保くんがそれに見事応えたってわけ」

「随分と先見の明があるというか千里眼の働いた話だね」

 正直、大久保君が絶対に体育祭リーダーになれる保証などないのだが、そうなるように物事が運ぶのも彼女の神通力なのか。それともなにか?自分の彼氏以外にリーダーになれる器、素質も持った人間など他にいないと見下しているのかはわからないが。無論、単純に大久保君の日頃の行いによるものだと結論づけてもいいが。彼のリーダーシップは1年の頃にも十分発揮されていたし。

「まあ私はすんなりと喜多川さんに大久保くんを渡して、あとは私なりに上手くやるから。そもそも私たちの間にそこまでの軋轢なんてないから大丈夫だよ」

 葉月さんのその楽観的思考は何処から来るのだろう。僕は彼女の声にしっかり耳をかけても喜多川と相対することにやはり納得はできない。

「・・・・・・彼女がいても・・・・・・そうまでして葉月さんは体育祭リーダーになりたい理由は何?」

「・・・・・・そんな明確な理由なんてないから。他に立候補する子がいないし、少なからず体育祭リーダーに興味があったってだけだよ。川端くんはホント大袈裟だなぁ」

「・・・・・・」

 平静にそう話す葉月さんに、違和感なり猜疑心は芽生えなかったが、きっと彼女は何かしらの『きっかけ』を望んでいるのではないだろうか。それは、喜多川との和解であったり互いを披瀝することなのだろうか。それとも単純により高校生活を楽しみたい、青春したいという欲求の穴埋めなのだろうか。

どちらにせよ、彼女の願いがそう易々と喜多川に通ずるとは到底思えない。あいつの自尊心がそれを許さないに決まっている。

 そんな卑しい感情を抱きつつも葉月さんの意志を最低限尊重した僕は、忠告を添えて彼女を激励することにした。

「君が望むのなら、僕がもうとやかく言う筋合いはないですね。だけどくれぐれも無理せず頑張って下さい」

「なんか他人行儀だなぁー。川端節もなんか心にグサッとくるし、おまけに急に敬語だし・・・・・・じゃあ私、部活行くね」

 憮然さが滲み出た僕の言葉に、葉月さんは機嫌を損ねたのかそっぽを向いて部活に向かおうとしている。

 これでいいのか・・・・・・。そうは全く思わなかった僕は、

「君の心中をひどく憂いているんだよ、僕は。きっとまた、辛い目に遭うんじゃないかと思うと、こっちも気が気じゃないんだ」

 と僕の真意を葉月さんに伝える。その本音を聞いた彼女はこちらを振り返り、一瞬ピリつかせた表情を崩しながらこう答えた。

「その時はまた、川端くんが助けてくれるって信じてる・・・・・・信じてるから」

 彼女の瞳の奥に強い何かを感じつつ、僕はその言葉に対して、胸にグッとくるものを感じた。

「いや、僕はヒーローでも何でもないんだから、葉月さんの危険を察知して助けになんて来れないよ」

「それでも信じてる」

 彼女の妙に真剣な眼差しに僕はつい圧倒される。そして・・・・・・。

「・・・・・・・善処するよ」

「よろぉー」

 軽い言葉を添えて緩く手を振りながら葉月さんは、部活動へと向かった。


 頭の中の(もや)が晴れない僕は、とりあえず鞄を取りに教室へ戻る。すると、ずっと待ち侘びていたかのような表情でいる小出さんと目が合った。というか意図して待っていたのだろう。教室には僕と彼女しか存在しない。

「どうだった?ちゃんと説得できた?」

「・・・・・・説得というのは、葉月さんに体育祭リーダーを辞退させることですか?」

「もちろん。君の切羽詰まった表情を見たらそうなのかなって」

 鋭いな小出さん。完全にあの時の僕の心情を読み取られていたようだ。それにしてもそんなに僕の表情が険しかったのか。全然気づかなかった。

 思わず頬に手を当てた僕に彼女は、

「大丈夫。今はいつもの川端くんに戻っているよ」

 と優しく言葉を投げかけてきた。そんな、ほぼほぼ話したことのない小出さんに対して、安心感を覚えた僕は、先ほどの一部始終を説明することにした。

「説得は試みたけど、葉月さんは折れなかったです」

「みっちょんらしいね。まあそれが彼女の良さなんだけどね」

「・・・・・・何となくわかります。でも小出さんも気がかりですよね。昨年のことがあるから・・・・・・わかってますよね?」

「うん。そりゃあ、まあね。みっちょん、私と出会ってから、始めはうちのクラスに来てばっかだったもん」

 感慨深げにそう話す小出さん。今となっては思い出話となっているが、当初は僕だけでなく彼女も葉月さんの今後を憂慮していたことだろう。時折見せる葉月さんの寂しげな笑顔に少なからず胸を痛めていたらしい。それでも気丈に振る舞うあたりが彼女の良さであるのだろう。通りで葉月さんが彼女に信頼を寄せているわけである。

「川端くんでも説得できないとなると、しばらくはみっちょんのやりたいようにさせておくしかないね」

「そうですね。小出さんは葉月さんのこと、気にかけてあげてください」

「うん。私だけでなくて君もだよ、音哉」

「えっ・・・・・・何で急に名前で呼んだんですか?」

「だってお互いにみっちょん親衛隊の協力関係にあるんだから、名前で呼び合ってもなんの問題もないでしょ?それにみっちょんの友達は私の友達でもあるわけだし」

 小出さんの発言に思わず突っ込みを入れた僕に対して、平然とそう言ってのける小出さんに、僕は好感を持たずにはいられなかった。それにしても親衛隊にしろ何にしろ本当に葉月さんのことが大好きだな。まさか二人は普通にゆりゆりな関係なのだろうか。

「随分と突拍子もないこと言いますね。まあ小出さんのそのワードセンスに免じて承諾しましょう」

「ふっ、ふぁはは。みっちょんの言う通り、面白いワードチョイスだね、おとやん」

「それはお互い様ですよ。というかもうあだ名で呼んでくるんですね」

「いいじゃん、いいじゃん。もう気兼ねなく話せる関係だし」

「・・・・・・まあいいですけど」

 一瞬言葉に詰まったのは、あまりにも小出さんが僕に対して流暢に話すので、違和感というか圧倒された感覚を覚えたためである。それでも、そんな彼女の言動に嫌悪感はなく、むしろ親近感が湧いたことで僕は相好を崩しかけた。

「じゃあ、私部活行くね。バイバイ」

 そう言って軽く手を振る小出さんに、僕も自然と腕を揺らしていた。彼女の空気感はいつしか僕の焦燥感を脱ぎ去ってくれていた。

 それにしても、葉月さんよりも先に小出さんに名前で呼ばれるとは思ってもみなかったな。しかもあだ名までつけられるし・・・・・・そうだな。僕もあと1、2回話したら敬語もやめてカリン様と呼ぶことにしよう。


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