表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

STORIES 038:Message In a Bottle

作者: 雨崎紫音

STORIES 038

挿絵(By みてみん)



2人でいること、それ以上の何を求めたのだろう?


10年の隔たり。

彼女の弟も僕より少し年上で…


でも、歳は離れていても、ふだん一緒に過ごしている時は気にすることなんて何もなかった。


話題が合わないことだってなかったし、デートだってそれぞれが行きたいところを交互に選んで楽しんだ。


でも、2人の将来を考えたとき…

それはふたりだけの問題ではなくなってしまった。


そうまでして手に入れなければならなかった大事なものって、何だったのだろう?

だいぶ年齢を重ねた今だからこそ、余計にわからなくなる。


2人でいられさえすれば、それで幸せだったのにね。


.


僕らが暮らしていた部屋には、電話を2回線引いていた。

いろんな事情で固定電話の番号が2つ必要で、各々が専用回線として使っていた。


ある日、早い時間に僕が出先から帰宅すると…


彼女の留守電に誰かがメッセージを残している最中のようだった。

聞くつもりはなかったのだけれど…


その男性の声は、どこかの業者や営業電話みたいなトーンではなく、親しみが込められたものだ。


また会いたい、と結んで切れた。


カバンをソファの横に下ろしながら…

深いため息を吐き出し、全てを悟った。


真面目そうなその声は、先週末に食事をともにしたお礼と、次の約束を取り付けたいという内容を簡潔に告げていた。


彼女は真剣にお見合いをしているらしい。

何となく悩んでいる様子はあったものの、そこまで具体的に進んでいたとは…


引き際だった。


.


彼女のことは好きだったし、一緒に暮らした期間もそれなりに長くなっていた。


課題はいろいろあるけれど、結婚という未来も見え始めて、僕なりにストーリーを考えてみたりもした。

案外、うまく行くんじゃない?


…そのはずだった。


でも彼女の思い描く将来には、

僕の姿はいなくなってしまったようだ。


哀しみとか怒りとかそういう感情は、全く湧き起こらなかった。

自分でも驚くくらいに、客観的な納得感。


何か吹っ切れた感じがして、安心すらしていた。

こうなることは、お互いに何となくわかっていたから。


そして、それを機に彼女の部屋を出ることにした。


.


あのさ、俺、ここを出て行こうと思う。

ひとまず自分のアパートに戻ってさ…

たぶん、近いうちに実家に戻ることになると思う。


「…いつ?」


そんなあっさりとしたやり取りだけで、言い争いとか言い訳とか、そんなものは何もなかった。


終わるべくして終わった、静かな終わり。

こんなことってあるんだね。


仕事も先行きを悩んでいた頃だったので、自分が借りていた部屋も引き払い、リセットすることにした。


全部やり直そう。


そうして都会の暮らしにもサヨナラして、実家のある田舎に戻った。

陳腐なドラマみたいな展開だったけれど…


結果的にはこれで良かったと思う。


.


その後、一度だけ手紙をもらった。


結局はそのお見合い相手とは長く続かず…

彼女もその街を離れることにしたそうだ。


あなたを好きではなくなった、という訳じゃない。

私はすぐに結婚したかったけれど、あなたを家庭に縛り付けるには、まだ早いと思っていた。


お見合いで知り合った彼も、とてもいい人だった。

でも、色んな気持ちを整理しきれなくて、すべて失ってしまった。

自分で選んだ道、後悔はしていないけれど…


そんな趣旨の手紙だった。

僕は返事を書かなかった。


もう、終わってしまったことだ。


.


あれから20年以上が経ち、いま彼女がどこでどうしているかはわからない。


留守番電話なんて廃れてしまった。


あの当時、携帯電話はようやく普及し始めたばかりで…

初めて教える連絡先としては、家の固定電話のほうが多かったのかな。


あのメッセージを聞いてしまった日、もしあと5分おそく帰宅していたら…


いつか彼女の口から別れ話を聞かされたのだろうか。


そんな結末にならなくて良かったな。

だって、あんなに静かな終わりを迎えられたのだから。


空になった瓶ビールのボトルを眺めながら…

たまに、そんな変わった出来事を思い出せるしね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ