STORIES 038:Message In a Bottle
STORIES 038
2人でいること、それ以上の何を求めたのだろう?
10年の隔たり。
彼女の弟も僕より少し年上で…
でも、歳は離れていても、ふだん一緒に過ごしている時は気にすることなんて何もなかった。
話題が合わないことだってなかったし、デートだってそれぞれが行きたいところを交互に選んで楽しんだ。
でも、2人の将来を考えたとき…
それはふたりだけの問題ではなくなってしまった。
そうまでして手に入れなければならなかった大事なものって、何だったのだろう?
だいぶ年齢を重ねた今だからこそ、余計にわからなくなる。
2人でいられさえすれば、それで幸せだったのにね。
.
僕らが暮らしていた部屋には、電話を2回線引いていた。
いろんな事情で固定電話の番号が2つ必要で、各々が専用回線として使っていた。
ある日、早い時間に僕が出先から帰宅すると…
彼女の留守電に誰かがメッセージを残している最中のようだった。
聞くつもりはなかったのだけれど…
その男性の声は、どこかの業者や営業電話みたいなトーンではなく、親しみが込められたものだ。
また会いたい、と結んで切れた。
カバンをソファの横に下ろしながら…
深いため息を吐き出し、全てを悟った。
真面目そうなその声は、先週末に食事をともにしたお礼と、次の約束を取り付けたいという内容を簡潔に告げていた。
彼女は真剣にお見合いをしているらしい。
何となく悩んでいる様子はあったものの、そこまで具体的に進んでいたとは…
引き際だった。
.
彼女のことは好きだったし、一緒に暮らした期間もそれなりに長くなっていた。
課題はいろいろあるけれど、結婚という未来も見え始めて、僕なりにストーリーを考えてみたりもした。
案外、うまく行くんじゃない?
…そのはずだった。
でも彼女の思い描く将来には、
僕の姿はいなくなってしまったようだ。
哀しみとか怒りとかそういう感情は、全く湧き起こらなかった。
自分でも驚くくらいに、客観的な納得感。
何か吹っ切れた感じがして、安心すらしていた。
こうなることは、お互いに何となくわかっていたから。
そして、それを機に彼女の部屋を出ることにした。
.
あのさ、俺、ここを出て行こうと思う。
ひとまず自分のアパートに戻ってさ…
たぶん、近いうちに実家に戻ることになると思う。
「…いつ?」
そんなあっさりとしたやり取りだけで、言い争いとか言い訳とか、そんなものは何もなかった。
終わるべくして終わった、静かな終わり。
こんなことってあるんだね。
仕事も先行きを悩んでいた頃だったので、自分が借りていた部屋も引き払い、リセットすることにした。
全部やり直そう。
そうして都会の暮らしにもサヨナラして、実家のある田舎に戻った。
陳腐なドラマみたいな展開だったけれど…
結果的にはこれで良かったと思う。
.
その後、一度だけ手紙をもらった。
結局はそのお見合い相手とは長く続かず…
彼女もその街を離れることにしたそうだ。
あなたを好きではなくなった、という訳じゃない。
私はすぐに結婚したかったけれど、あなたを家庭に縛り付けるには、まだ早いと思っていた。
お見合いで知り合った彼も、とてもいい人だった。
でも、色んな気持ちを整理しきれなくて、すべて失ってしまった。
自分で選んだ道、後悔はしていないけれど…
そんな趣旨の手紙だった。
僕は返事を書かなかった。
もう、終わってしまったことだ。
.
あれから20年以上が経ち、いま彼女がどこでどうしているかはわからない。
留守番電話なんて廃れてしまった。
あの当時、携帯電話はようやく普及し始めたばかりで…
初めて教える連絡先としては、家の固定電話のほうが多かったのかな。
あのメッセージを聞いてしまった日、もしあと5分おそく帰宅していたら…
いつか彼女の口から別れ話を聞かされたのだろうか。
そんな結末にならなくて良かったな。
だって、あんなに静かな終わりを迎えられたのだから。
空になった瓶ビールのボトルを眺めながら…
たまに、そんな変わった出来事を思い出せるしね。