降臨
ノルウェルが酒場から出て行った事を皮切りに、皆がゾロゾロと自席に戻り、先程ハナの行った神業を酒の肴に持ち帰っては各テーブルがワイワイと盛り上がっていた。
そしてハナは異世界での食事…しかも猫族と呼ばれる者達が食べる物が気なって他のテーブルをチラチラ覗き見ている。
やっぱり猫と言えば魚!と、言わんばかりの魚料理の数々…塩焼き、煮魚、葉で包んだ蒸し魚等等…
見た感じ、味付けは岩塩とハーブが混じったシンプルな物が気に入られているみたいだった。
と言うか、人間とあまり食べる物は変わらないのは猫と同じ雑食だからかも知れない…。
ハナはその内の一つのテーブルに自然と目を移してしまう。
隣の灰色猫族5人グループだ。
注文したであろう、1m程の大きさの焼き魚を持つ恰幅の良いエプロンにコック帽姿の白色猫族が、ドカンッ!とテーブルの真ん中に叩きつける様に置く…周囲に置いていたグラスがその衝撃で飛び跳ねるが、そんなのお構いなしとドデカい焼き魚が堂々と主役の場所を陣取っていた。
焼き魚の香ばしい香りを深呼吸をする様に嗅ぎ、コレを食べたかったと目を輝かすその内の一匹が、ずっと持っていた箸で器用に自分が食べる分の身を切り分け、摘む…骨と身の内側で籠っていた熱が白煙として上がり食欲を唆る。
その大きな切り身を口一杯に詰め込み、目尻が垂れる様に満足げに食べていた灰色猫族だったが、ハナは食い入る様に見ていた事により違和感を感じたのか、流石に気付かれてしまいハナは気まずくなり目を逸らした…。
衝撃の事実
猫族って箸使えるんだ…!!
テーブルに置かれてる箸が普通より細かったのは猫族達の手?指?若しくは肉球?の形、そして挟み易さを考慮してだったのか…勉強になる…。
まぁそんな事より、こちらも漸く皆んなからの熱苦しい視線が無くなったので、落ち着いてご飯にあり付けれると思うと少しテンションが上がった。
自席のテーブルのど真ん中には、トーニャがパパッと注文した魚料理や、サラダ等が置かれており、コチラもかなり美味しそうである。
その中に私好みの煮付けがあったので、それを取り皿に移すと箸で骨と身を分け食べる…
『……美味しい!!私の知ってる味付けだ…異世界なのに!!』
ハナが食べた煮魚は醤油の香りと、砂糖の甘み、生姜の様な風味を感じ、よくあるカレイの煮付けとほぼほぼ同じだった。
旅行に行くと醤油とかが恋しくなると言う事を聞いた事がある…、流石に異世界に来たからには食事は慣れないといけないと腹を括っていたが、嬉しい事にどうやらその必要は皆無だったようだ。
あの朝ご飯から夜まで食べてなかった為お腹が空いているせいか、物凄いペースでテーブルの魚料理が消えていく…。
それは隣の灰色猫族5人グループもそのペースに驚き釣られて見てしまうほどだった。
トーニャは『お口に合ってよかった』とニコニコ笑い、ハナの喜ぶ姿に嬉しそうだった。
暫く猫族の魚料理の美味しさに感動し、まだまだ食べるぞと息巻いていたハナだったが、
『そろそろ私もハナと話していいですかねぃ?』
こちらの様子を伺う様に見ていたアーチナはトーニャに確認する様に装いふと話かけてきた。
『…ん?あっ!え?いいよ?』
次の品定めをするべく色んな料理に目を配らせていたが、アーチナの声に気付き我に帰る。
その返答の後、対面にいたアーチナはマタタビミルクを持って隣に移動しコソコソとハナに話し出す。
『飲ませた霊薬の効果はどう?あの薬は…その…言ってなかったけど…、治験も済んで無い完全オリジナルだったからねぃ…少し心配だった』
その言葉に驚き顔を引き攣らせるハナ
えぇ…何飲ませたんだ…
身体に関しては[紋]を使う前と比べるとかなり楽になった?と言うべきか…、重たい荷物を下ろした感覚がかなり近いのは確かだった。
果たしてこの結果が薬の影響かは分からなかったけど…
『ま、まぁ飲む前と比べると確かに身体が楽になったよ!でも、そう言うのは前もって教えて欲しい事だから先に言って欲しから気をつけてね』
と程々に釘を刺すハナ…アーチナは少しバツが悪そうに『本当ごめんね』と言いながら頭を掻いた。
『あっ!そうそう!あの薬って何をベースにして作ったの?あんなハナの動きになれるなら飲んでみたいって思ってたの!』
トーニャは身を乗り出し、アーチナがハナに飲ませた薬を割って入る様に聞いてきた。
かなり気になっていたのか、トーニャにしては中々見ないアグレッシブな行動だった。
『それは……トーニャの良く知ってる馴染みのある薬だよ、ただ物凄い濃縮されてる物だけどねぃ…コレに関してはトーニャは飲んでもあまり効果はないよ?』
そう言いながら、アーチナは少し微笑むグラスを回しマタタビミルクを飲む…これ以上は話す必要は無いと言わんばかりにトーニャに目線を配らずに答える…、客観的だがそれがハナには少し冷めた印象に思えた。
『まぁ私の知ってる範囲の薬なら試した事あるし、やっぱりハナの強さの秘密ではなかったか…、あーあ、あわよくば少しでも強くなれるかなと思ったのに…』
『トーニャは今や南の街一番…いや、この国マタタビ1の[サモナー]なんだからそれ以上強くならなくて良いと思うがねぃ』
その言葉に気を良くしたトーニャは、『そう?そう思う?』とまた身を乗り出していた。その顔は少女の様にとても嬉しそうだった。
『また変なの飲ませてどうせ人体実験でもしたかったんだろ?全く…』
シズはハナから見て斜め前の席でマタタビ入りドリンクを飲み干すとカンッ!という音を立てながら机に叩きつけるとアーチナを流し目で見るとそう呟いた。
シズっていつもこうなのか…
ガタッ
『そんな言い草は辞めて貰いたいねぃ!私は皆の役に立つ様薬を日々開発し、それを有効に役立ててくれる者が居ればそれで良いと考えている!人体実験と批判する前に、貴方のやる気の無さのが迷惑を掛けていると思わないのかねぃ!』
ガガッ
『はっ!アタシはアタシのやり方があるのさ!誰にも邪魔はさせないし、仕事だってしっかりこなす、普段からずっとヤル気を出す方が馬鹿ってもんだよお前みたいにね!アーチナ!』
お互い座っていた席を跳ね除け吠える。
『まぁまぁまぁ!!落ち着いて2人とも!!
アーチナもシズも言い過ぎですよ!』
お互い毛を立てて今にも飛び掛かりそうな雰囲気の中、トーニャは割って入ると一触即発の中を取り持った。
フンっと言う言葉と共にお互い首を振るとドカッと席に座る…とりあえずトーニャが宥めたお陰で落ち着いたのかな?。
『本当いつも会う度に喧嘩するんだから…ハナもびっくりするでしょ?』
えぇ…私を巻き込まないでぇ…
『ははは…ま、まぁ喧嘩は程々にね?』
『ハナも次からは気を付けなよ、アイツに何されるか分かったもんじゃない』
『まだ言うか!』
『もー!!シズ!』
前言撤回…全然落ち着いてないわこりゃ
このまま私をキッカケに争いが止まらなそうだったのでトーニャに断りを入れ、席を外した。
宥めていたトーニャからハナの背中へ『ごめんねー!また後で!』っと声をかけられ、ハナは振り向いて親指を立てトーニャを応援する。
何故ならシズとアーチナはお互い飛び交う…まさに我慢の限界その寸前だったのだから。
『おっ!喧嘩か喧嘩!』
『またアーチナとシズか!』
『誰に賭ける?俺は薬屋に賭けるぜ!』
『なら俺は受付嬢だ!』
ここは酒場…娯楽に飢えている猫達はまた続々とハナがいた席に集まってくるのだった…。
ーーーーー
ーーー
『もー、シズさんも、アーチナさんも喧嘩ばっかり…折角美味しいご飯だったのになぁ…』
ブツブツ言葉を垂れ流しながら、1人で中央の招き猫の噴水まで歩いてきた…
辺りはすっかり暗くなっていたが、等間隔に並んでいる街灯が優しく辺りを照らしている。
噴水は夜は流石に水を噴き出さないようにされているのか、光も相待っておしゃれな水溜りと化していた。
招き猫のオブジェの近くに座り、今日一日の出来事を思い出していた…。
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私はやっぱり元の世界で死んだのだろうか…
あの痛みは夢ではないのはわかる…全身の骨が折れていたと思うし…。
その後いつのまにかあの森の中で倒れていて、猫族達に捕まって…この街に来て、猫族の人を助けて欲しいってお願いされて、トーニャに[紋]を教えてもらって…
その後、急に色々出来るようになって…
とまぁこんな感じか…。
そもそも何で急に[紋]を使えるようになったのかが謎だけど…
ふー、っと溜め息を吐くと天を見上げる、今後は猫族皆んなを助けながら私が帰る為の情報収集かなぁ…向こうの時間も止まってるってノルウェルさんも言ってたし…。
あっ、また[紋]使っちゃおうかな?シズさんとアーチナさんの闘いの行方も気になるし、トーニャに今日寝る場所とか聞いてなかったからね…[月兎の耳][鷹の目]だったらこの辺りでも酒場の中まで筒抜けでしょ。
頭の中で、[月兎の耳][鷹の目]を出すイメージをする…何故かさっきと違う感覚がある…暖かく優しい光に包まれるようなそんな感覚。
-シャン…シャン…-
鈴の音?何処から?
シャンシャン…シャンシャン…シャン
え?近づいてくる!
シャンッ
ん?なにこれ?
音が止み周囲を見渡しても特に変化は無かった…が、
多分この目の前に浮かぶ小さな光の粒が音の正体だったようだ…
興味本意でそれに触れようと指先をそーっと近づけ…触れる。
それに応えるように小さく輝くと、光はシャボン玉の様に膨れ上がりハナを飲み込んだ。
この妙な感覚は覚えがある!!
朝のあの黒いやつ!あれだ!また振り回される!!
でも今の私には[紋]がある!
早く…、早く![紋]で守らな…けれ…ば…
立ち上がろうにも、途轍もない眠気により抗う事も指先すらも動かす事が出来ずにハナは意識を手放し、寄りかかるように身体を隣の招き猫に預けた。
【ようこそ[全てを捧げし者]よ】
そんな声が聞こえた気がした。