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遠足のおやつ

作者: こへへい

 明日、7月2日は遠足。場所は動物園。

 天気予報では、晴時々曇り。結構暑いことが予想される。

 お弁当は母が作ってくれる。楽しみ。

 遠足の思い出を絵日記で書き残さなければならない。うんざり。


 そして、遠足と言えばおやつ。限度額は300円。

 スーパーのお菓子売り場の陳列棚に対峙している小学生男子二人は、この300円という僅かなリソースで、上記決められたルールの元、おやつを選ばなければならないのだった。




「まず、チョコ類や飴類は無理だね、この暑い中そんなの持ち歩いたら、お昼ご飯の時にはドロドロに溶けてとても食べられない」


 康太は、楕円柱形の透明な容器に小さなチョコレートが詰め込まれたベビーチョコを手に取り、試験管の液体を揺らすように中身をフリフリし、そう呟いた。溶けたならベトベトして食べられない、という意味を込めて言ったのだろうが、加えて、溶ければ容器の内面にへばりついて取り出すことができずに食べられない、という意味も込めていたのだろう。


「いや、チョコ全般を否定することは出来ないぜ、これを見てみろよ」


 春斗はチョコベビーが陳列されていた高さの、更に上にある商品を指さした。そこには、チョコレートをベイクすることによって、熔解しにくく加工されたチョコレートだった。それを見て康太はうなずく。


「確かに、あれなら俺の言っていた溶ける恐れもないし、ベビーチョコと違って一つ辺りの体積が大きい分、クラスの奴らとトレードする時にも難色はない。ただ」


 ただ。そう言って康太は見上げた。春斗が肘を伸ばして指し示したその商品を。その商品名と並べられた、「150円(税込み)」という表記を。苦々しい表情をして。


「高い」


 予算に対しての値段が高いこともさることながら、康太の言った「高い」は値段以外の意味もあった。康太は身長が高いことに自信を持っているため、自分の手の届く以上のモノを取ることに抵抗があった。というのも、このベイクチョコを籠に入れるためには、康太の身長ではつま先立ちでも届かない。それでも入手するためには、スーパーの店員に言って取ってもらう必要がある。それは康太にとって筆舌に尽くしがたい屈辱だった。昔存在していた駄菓子屋ならば、子供の身長を考慮した棚の高さ設定が為されたのであろうが、昨今お菓子を買うならば、スーパーである。その煽りを受けて駄菓子屋が営業停止に追い込まれた影響が、まさか遠足のおやつ決めにまで波及するとは思わなかった康太は、爪を噛んだ。


 康太のそんな性格を生まれてから熟知している春斗は、気付いていながら、別の選択肢を提示することで話を逸らした。


「ま、まぁ遠足のおやつはチョコだけじゃない、他の選択を模索しようじゃないか」


「あ、ああすまない」


 康太もまた、春斗が気遣いができる幼馴染であると熟知しているため、春斗の優しさには大人しく首を縦に振る。


「この若気ドーナツなんか良いんじゃないの? 数は4つで40円だ。これならトレードを視野に入れても自分の分を確保できるし、コスパも良い」


 と言った春斗だったが、康太が少しばかり唸った後、首を傾げた。


「確かにコスパも良いし、若気ドーナツは昔ながらに愛されているおやつではある。だが、いやだからこそ、トレードという観点においては、難しいと言わざるを得ない」


 しばらく考えて、春斗は見開いた目を康太に向けた。康太の思惑が分かったのだ。


「そうか、そんなコスパ良いおやつを『他の奴ら』が買わないわけがない。それに昔ながらに愛されたおやつならば、家で食べ慣れている人も多いと予想される。そう考えると、トレードには向かないな。ありがとう、危うく40円をどぶに捨てるところだったよ」


 どぶに捨てずとも、若気ドーナツは普通に旨いんだから、トレード抜きにして普通に自分で食べればいいのでは? という考えも無くはなかったのだが、康太の性格上、引っ込みがつかなかった。それに康太は若気ドーナツが大好きなので、少し肩を落とした。


「ん-、300円かぁ、これっぽっちで小学生の遠足を楽しめって方が無理ってもんだよなぁ。俺の好きなパイやノレマンドも買えないし」


「仕方がないさ、それがルールなんだから。僕達がルールを破ることは簡単さ、けど、ルールを破るということは、人間社会においてそれだけで無駄なリスクを被ることになってしまうのさ。それこそ、コスパが悪い」


「そうかねぇ、俺的には、コスパよりもそんな理由が曖昧なルールに従順な社会が悪いと思うけどな」


 違いない。と康太は嘆息して、再びお菓子の陳列棚に視線を戻す。


「だが実際問題、お菓子を決めるのって難しいよな。こんな沢山の選択肢があるのに、300円に収まるようにしか買っちゃいけないなんて」


「学校の意図としては、平等にする為だろうね。ほら、山口っていつも仮面ドライバーの鉛筆を自慢するじゃないか。でもそれは裕福な家庭だからこそ買ってもらえる。この鉛筆がお菓子になったらどうだろう」


 裕福な家庭の山口が、高級で美味しいお菓子をいっぱい持ってきて、クラスの奴らを集めてトレード大会をしている様子を想像した春斗は、顔を歪ませた。


「殺したくなるな」


「止めろよ、コスパ悪いから」


「おっすガキども、おやつは決まったか?」


 二人は振り返る。そこには、康太の父がニタニタした笑顔で見下ろしている姿だった。押しているカートには、お客さんが来る時用の個包装のお菓子が色々(春斗の好きなパイやノレマンドも入っている)と、味気ない野菜がたんまりと詰みあがっている。康太の嫌いなニンジンも入っており、歪んだ目で見上げる。


「まだだよ、そっちは買う物決まったの?」


「まぁな、今日はカレーライスにするぞ」


「マジで!?」


 康太の父は春斗の輝かしい笑顔に「来るか?」と聞くと、「行くいく!」とはしゃいでいた。康太は父に向かって言う。


「父さん、僕達まだお菓子決まってないから、少し遊んでてくれよ」


「つってもなぁ、そろそろ昼時だろ? クイズ番組始まっちまうからさ」


 子供と父親の会話とは到底思えない内容だったのだが、父の言い分ももっともだったと、康太は気付く。父の言っていたクイズ番組を見たい気持ちももちろんあるのだが、今日という時間も刻々と終わりを迎えようとしている。つまり、時間もコストなのだ。そのことにさりげなく気づかせてくれるのがこの父なのだ。春斗もそうだが、父もなかなかの気遣いである。


 康太は春斗に一瞥するために振り向くのだが、その瞬間、あるモノが目に留まった。その様子を訝しんだ春斗は「どうした?」と眉をひそめる。


「春斗、時間もないし、アレ買おうか」


 示したのは、300円(税込み)のお菓子詰め合わせだった。


 ***


「春斗! お前のグミと俺の交換しようぜ!」


「康太君、私のとそれ交換しよ!」


 動物園の食事コーナーのテーブルで昼食を取っていた二人は、春斗の想像上の山口ほどでは無いにしても、周囲のクラスメイトとお菓子を交換することで色んなお菓子を入手することが出来た。だが、そんな中山口がしかめっ面で文句を言った。


「おい二人とも、お菓子は300円までなんだぞ? 特にそのパイはお徳用のお菓子なんだし!」


 だが康太は涼しそうに山口に見せた。それは、お菓子の詰め合わせを買った時のレシートだった。


「俺たちはこれを買っただけだよ、これがその証拠ね、これで分かったろ?」


 ぐぬぬ、と納得のいかない山口だったが、その山口のお菓子もまた、300円を越えるであろう高級な焼き菓子だった。それ一つを提示してお弁当のメインディッシュであるハンバーグを交換に指定しているのだから、そりゃ交換なんて成立しないだろう。


「覚えてろよ!」


 その悔しがる背中は、二人にとっては何よりも旨い肴になった。


 その遠足の帰り。二人は高笑いしながら帰路を歩いていた。


「いやー、最高だったな」


「ああ、絵日記が楽しみになったよ」


「それにしても、康太お前天才だな、あんな手を思いつくなんて」


「僕もこんなに上手くいくとは思わなかったけどね」


 二人は確かにあの時、お菓子の詰め合わせを購入した。そしてカレーライスを食べに来るということで、その手伝いに馳せ参じた春斗は、お菓子の詰め合わせも一緒に持ってくるようにと言われていたのだ。康太から。


 何事かと思いつつも、一度家に帰ってから隣の一軒家の康太宅に行った春斗。そこで二人は、リビングのテーブルに詰め合わせの袋を丁寧に開いたのだ。


「でもって、おじさんが買ったお菓子と詰め合わせのお菓子を交換するんだもんなぁ、詰め合わせにはチョコや飴もあったからそれらも交換できたし。あれは流石だった」


 陽気に笑った春斗に、声を抑えるように嗜める康太。だが本人もクツクツとこらえ切れていないらしい。作戦の立案者的には、してやったりといった気分だったから。


「僕だけだと、詰め合わせの袋の中身を勝手に入れ替えたと思われるかもしれなかったからね、春斗がいてくれて良かったよ」


 二人が同じ内容物の袋を詰め合わせと言い張れば、その信憑性が増す。お陰で二人で300円以上のお菓子を持っていくことが出来、ただの遠足は二人にとってとてもいい思い出となった。この思い出以外頭に残っていないくらいの一日で、パンダの名前すら曖昧だった。


 と、そこまで腹を抱えていた康太だったが、何かに気づいたのか、その表情が真顔になった。


「ヤバい、どうしよう、問題発生だ」


「ん? 何かあったか? 大成功じゃねーか」


 きょとんとする春斗に康太は青い顔で口を開いた。


「絵日記に書けない」


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