年末を調整して
「これ、どういうこと?」と僕は尋ねた。
「年末を調整してるんだって。」と少年は答えた。
「は?」
「って、おじさんが言ってた。」と言いながら、少年は数メートルほど移動してまた一つ竹とんぼを飛ばした。その竹とんぼも同じように、垂直に浮かび上がって2メートルほどの高さで回転を続けた。
少年に指示されるままに、僕も手渡された分の竹とんぼを飛ばした。上手く浮かび上がるか心配だったのだけれど、昔の感覚を覚えていたのかちゃんと真上に飛ばすことが出来た。全部で10本ほどの竹とんぼが、公園の草地の上で円形に浮かび上がった。近所の人がこの光景を見たら腰を抜かすだろうなと思ったけれど、幸か不幸か周りには誰の姿もなかった。
円になった竹とんぼを下から見上げながら、
「これ、何で浮かんだままなの?」と僕は少年に尋ねた。
「知らない。」と少年は答えた。知らないんだ。
それで僕たちはしばらくの間、竹とんぼが浮かんでいるのをじっと見上げていた。その様子はどことなく古代の儀式を彷彿とさせた。この後突然大雪が降ってきたりして、と僕は思った。でもそんな事は起こらなかった。ただ竹とんぼが回転を続けているだけだ。
「こうやって、みんなの煩悩を吸い込んでるんだって。」
と少年が竹とんぼを見上げながら言った。
「えっと・・・それは除夜の鐘みたいな感じ?」と僕は少年に尋ねた。
少年はうんと頷いた。
なるほど、年末ならではの儀式だったのか。
「でも、今日は日本中で除夜の鐘を打ち鳴らすはずなのに、何で竹とんぼまで飛ばす必要があるの?」
「良く分かんないんだけど、最近は煩悩が増えすぎちゃって間に合わなくなってるんだって。」と少年は竹とんぼを見上げながら答えた。
「ふーん。」
確かにそうかも知れない、と僕は思った。インターネットが登場してからというもの、現代人の煩悩は加速度的に増える一方だ。除夜の鐘だけじゃ打ち消せないレベルになっていてもおかしくはない。
よく見たら回転する竹とんぼの羽根の周りで、空気が吸い込まれて行くようにも見えた。ああやってこの辺りの煩悩が吸い込まれているのだろうか。何となくだけれど、周りの空間が浄化されて行くような雰囲気があった。僕は一つ大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐いた。気持ち良く澄んだ冬の空気だ。
「で、おじさんって誰なの?」と僕は少年に聞いてみた。
「おじさんはおじさんだよ。」と少年は答えた。まあそうだ。おじさんはおじさんだ。
やがて浄化が終わったのか、少年に言われて僕は竹とんぼを回収した。そこでようやく彼が僕に声をかけた理由が分かった。大人じゃないと竹とんぼが回転している位置に手が届かないのだ。
少年は全ての竹とんぼを黒い手提げ袋に入れて、
「よし。」とつぶやいた。
この後どうするのだろうと僕が見つめていると、少年は
「あ!」と言って空中を指さした。
何ごとかと思って見上げると、そこには青空が広がっているだけだった。何だよと思ってまた少年の方を見ると、彼はもうそこには居なかった。
「くそっ」と僕はつぶやいた。
まんまとやられてしまったみたいだ。
でも、良くは分からないけれど何だか楽しかったなと思った。彼はきっと、また次の場所に煩悩を回収しに行ったのだろう。ベンチを見ると紙コップが置きっぱなしになっていたので、拾って公園のゴミ箱に捨てた。それから僕は綺麗に晴れた青空を見上げて、大きく伸びをした。こんなに気持ちの良い年末は久しぶりだった。きっと彼のおかげだなと思って、僕は思わずふっと笑った。




