召喚聖女モノって嫌いなんだよね。
初投稿です。
主人公の少女の口が悪いです。
とある王国の王城の地下。
床の上に複雑に描かれた魔法陣から眩い光が放たれる。
「おお…」
「成功だ…!」
その日、魔物の脅威に喘ぐ王国は聖女召喚を行った。
現れたのは、短いスカートをはいた十代前半と思しき少女。
肩下辺りまでの髪は伝承にあるのと同じ黒髪。
やや平坦ともいえるその顔は愛らしいと言えなくもないが、不機嫌そうに眉を顰めている。
「………は?」
「聖女様!」
召喚の儀を行った神官が叫ぶ。
「聖女様、どうぞ我々をお助け下さい!」
きょろりと、少女は頭を動かし周りを見る。
少女の周りには縋るような言葉を喚く連中数人(主に中年オヤジ)、少し離れたところにやたら煌びやかで偉そうな親父一人、孔雀みたいに着飾った女一人、身なりと顔の良い若い男五人、その周囲、偉そうなのと孔雀みたいのを守るのと部屋を囲うように配置された金属鎧を纏った騎士たち、そこに交じってクラシカルなメイド服を着た若い女が三人。
「あー…」
少女は一度天を仰いだ。
―――上を見ても王城の地下の天井しか見えないが。
「…滅べばいいのに」
「…は…?」
少女の発した言葉によって地下室に静寂が訪れた。
「これってあれでしょ?よくある異世界からの聖女召喚。
そんなことする国は滅べ」
「せっ…聖女様?!」
「うるせーよ誘拐犯共」
「ゆっ…?!」
ぎろりと、少女が神官らしき中年男を見下ろして言う。
「誘拐犯だろクソ犯罪者
勝手に拉致してんじゃねーぞウジ虫共が」
「っ……??!」
少女のあまりな暴言にその場に居た者たちは驚愕する。
幼さの残る顔立ちの小柄な少女が発する言葉とはとても思えない。
信じられなかったのだ。
「どうせあれだろ?誘拐しておいて強制労働させんだろ?
適当に顔だけいい下半身クソ野郎を宛がっていい気にでもさせてさ
死ねばいいのに」
「なっ…ぐ…??!」
少女の言葉に少女の近くに居た者が胸を押さえて苦しみだす。
聖女の力―――。
聖女の力は、聖女が望むままに働く…。
「そんで勝手に呼び出しといて帰れないとか言うんだろ?
マジクソだわー
異世界の人間に頼らなきゃどうにもならんような世界なんか要らねえだろ
存在する価値も無えわ」
「がっ…?!」
ばたばたと、少女の周りにいた神官たちが倒れだす。
異様な光景に、その場に居た者は動けなくなる。
「…聖女の力?とか言うの使えば帰れそうな気がする…
なんか魔法陣あるし」
狼狽える周囲をよそに少女は足元をしげしげと眺めた。
「うーん…さっぱり分からん
でも帰ろう
よし帰ろう
なんとかなるっしょ…どうせ夢だし」
少女は身を屈め魔法陣を撫でながらぶつぶつと呟いていた。
部屋を囲む騎士たちがじりじりと少女に近付く。
「ねー、そこのお姉さんたち」
徐に少女は立ち上がり、少女に迫る騎士たちがぴたりと動きを止める。
少女が部屋の隅にいたメイド服の少女らに声を掛けた。
三人のメイド服の少女らの顔は蒼白だ。
「…お姉さんたちは生かしとくわ。生き証人になってね。
異世界から人を拉致して強制労働させる国は亡ぶよって。いやむしろ滅べ。
こんなアホなことする奴らはみんな死ねばいいって、しっかり伝えといて。」
異界の少女はただ只管に滅べと言葉を紡ぐ。
死ねと、宣う。
そしてそれを伝えよと。
「…は…?」
メイド服の少女たちは、震えることしかできない。
「みんなー!〇ラに〇気を分けてくれー!」
少女は唐突に、まるで何かの儀式のように、ばっと両手を天に掲げた。
「………!!!」
再び、眩い光が辺りを包む。
ばたばたばた、と、次々に人が倒れていく。
がしゃがしゃと、鎧のぶつかる音がする。
どのくらいの時間が経ったのだろうか。
永遠のような、一瞬だった。
メイド服の少女らが再び目を開けたとき、召喚されたはずの少女の姿は消え、周りに生きた者は居なかった。
―――その日、王都の生きとし生けるものの命が潰えた。
たった一人の少女を異界から召喚してしまったが為に、夥しい命が消えた。
生かされた三人の少女以外、皆死んでいた。
傷ひとつなく、ついさっきまで生きていたのに。
生きていた…はずだったのに。
人も、馬も、犬も、鳥も、虫も、植物までもが枯れ果てていた。
王都でたった三人、生き残った少女らは行儀見習いで城にいた貴族の娘である。
聖女召喚という国家機密に備えるべく呼び出された、それなりに高位の家の娘たちだ。
気が狂いそうな恐怖の中、少女たちは必死で領地に向かった。
幸いと言って良いのか、食料などは無事で、王都内では野党や獣や魔物の類も死に絶えていたので、三人の少女らは力を合わせて王都から逃れ、ボロボロになりながらも一番近い領地へと辿り着けた。
王族をはじめ王城に出仕していた高位貴族の重鎮、騎士らが軒並み死に絶えた王国はあっという間に滅んだ。
それはさながら、少女の言った通りに―――。
異世界からたった一人の少女を呼び出したがために起こった悲劇は『王都の悲劇』、『聖女召喚の災禍』と呼ばれ周辺諸国を震え上がらせた。
あの悲劇から生き残った三人の娘は死ぬまであの時の恐怖を忘れず、生き証人としての務めを果たし後世にまで語り継いだ。
*********
「…んあ…」
ぱちりと、一人の少女が目を覚ました。
「うあー…制服のまま寝てた…?」
気が付けば見慣れた部屋の見慣れたベッドの上。
着ていた制服はくしゃくしゃだ。
「やべー、母さんに怒られる…
ってか今何時だ?!」
辺りは明るい。
部屋の電気はつけっぱなしだがカーテンを開ければ窓の外も明るかった。
床に放り出したままのカバンを漁ってスマホを見付け確認すれば日曜の朝9時であるという表示。
「ふー助かったぜ…」
日曜ならヨシ。
遅刻もしてない。
制服は…おとなしく母さんに怒られよう…。
少女はのそのそと着替えを始め、日常に戻った。
「あー、そういやさあ~」
週が明け、学校にて。
昼休みの教室内はいつも通り騒がしく、少女は購買で買ったメロンパンに齧りつきながら友人に話しかけた。
「こないだラノベみたいな夢見てさぁ」
「へー、どんな?」
五百ミリのパックジュースにストローをさしながら少女の友人が相槌を打つ。
「よくある聖女召喚」
「聖女?誰が?」
「わたし」
「クッソ受けるwww」
少女の友人、もう一人の少女がゲラゲラと笑う。
「うるせーwww」
少女も笑った。
「んで?
召喚された聖女サマはなにやったの?」
「文句言って帰った」
「は??!ナニソレ?」
今思えば出来のいい夢だったなあと少女は思う。
普段夢など起きたらすぐに忘れてしまうが、しっかり覚えているし。
「いやさ、わたし聖女モノって嫌いじゃん?」
「あー言ってたね
小娘一人に有事を押し付ける国なんて国として終わってるっつって」
少女の友人がラノベにハマっていたので少女も通学の電車内で暇潰しに読むようになったが、どうにも『聖女』とやらが出てくる作品が好きになれなかった。
特に、他の世界から呼び出すやつが。
「だってそうじゃね?終わってるっしょ」
「まあ終わってると思う」
彼女こそがラノベ好きの件の友人であるが、お互いの好みは否定しない。
友人のほうは何でも読む乱読派だが、少女のほうは好みがはっきりしていた。
「でしょ?」
「でも所詮ラノベだし」
「まーね、そういう世界観なのは分かるよ?
ただわたしが嫌いってだけでさ
だからそれ系の話読まなくなったし」
「あー、うん、そうね」
友人が勧めても「いや嫌いだし」でバッサリと切られるので、以降友人も少女に聖女モノは勧めなくなった。
「だから夢でも文句言って帰ってきたわけだ」
「そーそー
召喚直後にね、滅べばいいっつって帰ってきたわけさ」
「ひでぇwwwクソ聖女www」
友人がまたゲラゲラと笑う。
「しゃーねーじゃん
夢とは言えこんなの呼び出す方が悪いってのw」
「確かにwww」
夢の話とはいえ、呼び出すにしたってこの少女は無かろうと友人は思う。
だって彼女は聖女モノが嫌いなのだ。中でも特に召喚聖女モノが。
否定しかしないに決まっている。
「けどどうやって帰ってきたわけ?
ああいうのって帰れない設定多いじゃん?」
「えーっとね
元〇玉」
「は???」
「だから元〇玉
取り敢えずなにがしか力があれば帰れるだろって。
力こそパワーよ」
「クッソウケるwww」
力業過ぎると友人は笑った。
ウケて何よりであると少女も笑う。
「脳筋世界観クラッシャーじゃねーかw
著作権侵害し過ぎwww」
これは酷いと友人は更に大ウケだ。
「まあでも無事帰れたし。
なんか人がばたばた倒れてたけど」
「人倒れてたんかーいw」
友人の滑らかなツッコミ。
「根こそぎ奪うつもりでパワーもらったからなw
拉致誘拐の加害者にかける慈悲なんか無えべw」
「それは言えてるw」
友人も頷いた。
まあこの少女ならそうだろうと、納得すらした。
呼んだ相手が悪過ぎた。ご愁傷様である。
「つかその話サイトに上げていい?ウケそうw」
「ええよー」
どうせ夢の話だ。
友人のネタになるのならしっかり覚えていて良かったとも思う。
「やった!あんがと!
さす聖女w」
「やめろやw」
少女の日常は続く。
それは間違いなく、平和な日々である。