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隣界のイルミナ  作者: 高級塩
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エピローグ

 ◇


「はァい、祐、あーん☆」

 幾ばくかの日が経ち、病院に厳封された祐のもとに美雪が手土産を持って訪れていた。

「いらん、やめろ近づけるな!」

「えー? おいしいのにぃ」

「じゃあ自分で食えよ!」

「ハァ? 嫌よ、こんなの食べられるわけないじゃない」

「そんなもん食わせようとするなよ!?」

 部屋に充満する異臭に顔をしかめながら祐は美雪を睨む。

「ひひ、とりあえず辛くなればなんでもいいという理念のもと、美雪ちゃんによって開発された激辛料理☆ ……帰ったら食べるって言ったもんねぇ?」

 ほらほらぁとどぎつい色の物体が乗ったスプーンを美雪が近づけてくる。

「病人!! 僕今入院中なんだけど!! 馬鹿かお前は!?」

「あ、あんですってぇ!? 馬鹿はどっちよ、あんだけ心配させといてェ! 罪悪感あるならとっとと食えこの馬鹿! それとも本当にあたしが食ってやろうか!? このままぶっ倒れて救急搬送、まあなんてこと! ここ病院内だからラッキー! あんたは食べなくてすんでハッピー! ってねぇ!?」

「ぐっ、ううぅ!」

「ひひ……ほら、あーん☆」

 半ば無理矢理ねじ込まれる。

 一瞬、あれこれいけるかも、などと思った矢先、口の中に激しい痛みが広がる。

「オ、オォァァァァッ!?」

 脂汗が止まらない。

「ふふっ……あはは……」

 美雪の隣では一之瀬がおかしそうに笑っていた。

「本当に、仲良しなんですね……っ、ふふ……」

「……いっちー☆」

「はい? はむ……!?」

 美雪は油断していた一之瀬の口にも劇物を突っ込んだ。

「っ!? けほっ、けほ……う、くぅ……っ!?」

「あっははは!ひひひ!」

「おまっ、一之瀬さんになんてもん食わせてんだ!?」

「ひひ……大丈夫よ。あんたのは特別製、こっちは良識の範囲内だから」

「僕のは良識の外なの!?」

「……材料知りたい?」

 祐は首を横に振った。

「や、やめとく……」

「んー、賢明ね」

 美雪は食器と劇物を一度置くと、いまだに咽る一之瀬の背中を擦った。

「ごめんネ? お詫びに今度、たすく……」

 美雪は一之瀬の耳元で何かを囁いた。一瞬自分の名前を呼ばれた様にも思ったが、その先までは聞き取れなかった。

 一之瀬の体がピクリと動く。辛い物を食べた所為か、一之瀬の顔はみるみる真っ赤になっていた。

 一之瀬が無言で美雪をポカポカ叩く。

「……というか、いつのまにそんなに仲良くなったの?」

「昨日は一緒にお泊り会してきたわ」

「仲良くなり過ぎだろ」

 絶対に噛み合わないタイプだと勝手に思っていた。そもそも美雪は関わりを持つことにかなり消極的だったはずなのに。

「んー、まあ割りとすぐ打ち解けた気がするわね」

「そ、そう、ですね……共通の話題があったというか……なんというか……」

「共通の話題?」

 何のことかわかっていない祐の顔を見て、美雪は口の端を吊り上げる。

 よくないことを考えている時の顔だ。

「ひひ……恋バナよ」

「っ!? みっ、みみ美雪ちゃん……!?」

 面食らった一之瀬が美雪の肩を掴む。ガタガタと揺らされるのも気にせず美雪は言葉を続けた。

「なんかさ、あたしが、付き合ってるって勘違いしてたみたいで――」

「美雪ちゃん、美雪ちゃんっ――!」

 一之瀬は涙目でふるふると首を振る。

「美雪、からかうのもほどほどにね……一之瀬さんも嫌だったらはっきり言っていいから。こいつに遠慮とかいらないから」

「ひっどい言われようね!?」

 美雪は頬を膨らませた。

「まあ、あんたもいっちーも、からかい甲斐があるのが悪いわ」

 美雪が一之瀬に抱き着く。あれだけウザ絡みされても嫌な顔ひとつしない一之瀬は懐が広すぎると思った。

 しかし、これだけ元気なら大きな問題は起きていないのだと安心もした。

「学校は、どう?」

 祐はともかくとして、一之瀬もそれなりの日数を休まざるを得なかったのだ。何も無かったとはいかなかっただろう。

 一足先に復帰した一之瀬が今どうなってるのかはかなり気になっていた。

「ちょっとした騒ぎになってたわ。昨日、いっちーと一緒に取り巻き連中とその辺の話もしてきた。トラブルの予兆にはなんとなく気づいてたみたいだけど、急すぎて対策が間に合わなかったみたい。……ひひ、あいつらの平謝りったらほんと傑作だったわ」

「美雪ちゃん、そうやって悪く言うのはよくないですよ?」

「えー? でも、いっちーも言ってたじゃない。『もっと普通に接してほしい』って」

「そうですけど……わたしを心配してくれてたのは事実ですから。悪い人たちじゃありませんし……」

 いい子ねぇ、と美雪は一之瀬の頭を撫でた。

「祐、あんたも覚悟しておきなさい。あんたがいっちーの怪我に関係してるの、勘付かれてるわよ~」

 祐はうへぇと顔をしかめる。

「大丈夫ですよ。わたしも、一緒に説明しますから」

 一人で行った日にはどんな目に遭うかわかったものじゃない。

 しばらく夜道には気を付けようと心に誓った。

 美雪は時計を確認すると、勢いよく立ち上がる。

「――さて、そろそろあたしたちはお暇するわ。この後二人でお買いものなの!」

 いいでしょ、と美雪は一之瀬に頬を寄せた。

 あそう、と祐は半目でそれを流す。

 祐は改めて一之瀬の顔を見た。

「一之瀬さん。今日は来てくれてありがとう」

 ついでに美雪も、と付け足すと美雪は馬鹿にするように小さく舌を出した。

「三上さんも、お大事に。さよ――」

 一之瀬は一度言葉を切った。次に顔を上げた一之瀬は、とびきりの笑顔を見せた。

「また、今度!」

 そして美雪にべったり引っ付かれたまま、一之瀬は病室を後にした。

『祐が来られなくて残念ねぇ?』

『美雪ちゃんっ!』

 遠ざかっていく声を聞きながら、窓際でちらりと光る鈍色のプレートに目をやる。

 大きな別れの原因となった虚空は、今回はひとつの出会いのきっかけとなった。

 あの日の後悔を、一度たりとも忘れたことはない。

 それでも、虚空が無ければ、今日という日は無かったのだと実感する。

 頃合いを見て、祐は窓を開ける。

 二人がこちらに向けて手を振っていた。

 祐は手を振り返しながら、小さく呟いた。

「こういうのも、悪くない――」

 今日も世界のどこかで虚空は開くのだろう。

 色々なものをもたらして、時に奪っていく。

 そんな世界で手に入れたものを、いつまでも大切にしていきたいと、祐は思うのだった。


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