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隣界のイルミナ  作者: 高級塩
3/8

残りの2匹

 ◇


 真実は事実とは限らない。

 最初にそう思ったのは彼女が失踪してから半年が過ぎたころでした。

 狂った環境で、狂った人による、狂った会話。

 狂ってる。間違ってる。理解できない。

 彼女の失踪に暗い意図があったことは明白でした。隠す気も無かったのかもしれません。

 それほどまでに、他愛もないことなのだと。

 当時はわたしに優しく語りかけていた人たちも、しばらくすればまるで予定調和のように、全ては丸く収まったのだといった顔でわたしの前を横切るのです。

 強烈な違和感を覚えたままの日々は耐え難い苦痛でした。

 狂ってる。狂ってる。狂って、狂って、狂うことが正常なんて。

 でも、最大多数の共通認識の前に、わたしのちっぽけな反論は誰の耳にも届きません。

 怪訝な目。心配する声。優しい言葉からの思想誘導。

 狂ってる。端から端まで、残らず全員。

 そう思っているのはわたしだけ。

 その場で、その主張はどこまでもズレているのでした。

 どんなに我が身の白さを訴えても、周りが全て黒ならば、白くあってはならないのです。

 わたしが私であるために、真実は必要ないのです。

 以降、わたしは彼女のことを話さなくなりました。


 ◇


 結局のところ一之瀬とは誰なのか。美雪に聞けば、その華々しい経歴がずらりと並べたてられる。あまりの超人っぷりに途中でこめかみを抑えた祐は話を止めさせた。

 つまりは天上人なのだ。本来、並び立てる訳もない。そこまで聞いて、ようやく祐は理解した。

 美雪には関わるなと言われたが、しかし手伝うと言った以上やらないわけにもいかない。

 彼女のために手伝ってあげたいという思いも正直なところある。それだけの魅力がある人だった。

 そもそも今後関わろうにも関われないだろう。そう思い、祐は今回だけ、と協力を決めた。

 男って単純ねぇ、と半目になる美雪から目を逸らし、残りの精霊について尋ねる。

 何かを見つけるということに関しては美雪の得意なところであるからだ。

 しかし美雪も残りの精霊の姿形もわからなければ、これといった特徴も知らなかった。そもそも一之瀬とどうやり取りするかもわからない。

 早々に手詰まりとなった祐は一之瀬に直接聞くため、日を改めて美雪に聞いた教室へと足を運んでいた。

「――ここか」

 一之瀬の所属する教室を覗いてみるのだが、肝心の一之瀬がいない。

 加えて、なぜか教室内に男子が少なく、教室内はがらんどうとしていた。

 時間帯は放課後。すでに帰宅した可能性もある。

 祐の教室からは中々遠く、遅い時間になってしまった。もう少し早い時間にくるべきだろうか。

 残っている生徒に居場所を聞いてみても、訝しまれたり、全身を舐る視線にさらされたあげく『30点』と言われたり……完全に部外者として扱われ、相手にされなかった。

 もう一度日を改めようと考えていた時、残っていた数少ない男子の内の一人が声をかけてきた。

「一之瀬さんたちならもう向かったよ」

「向かった?」

 帰宅したのではなく用事があって席を空けているということだろうか。であれば今日中に話もできるかもしれない。

 あれ、とその男子生徒は首を傾げた。

「いつものだけど――あ、もしかして君、初見さん?」

 いまいちわかっていない様子の祐を見て、その男子生徒は眼鏡の縁を人差し指で押し上げた。

「毎日、放課後のこのくらいの時間は、一之瀬目当てのやつらが彼女を連れ出すのさ。ほら、教室にほとんど男子がいないだろ?」

 祐は一之瀬を探していた集団を思い出す。美雪は取り巻きとか、親衛隊とか言っていたが、あながち嘘でもないのかもしれない。

「一之瀬さんは、ここに戻ってくる?」

「あっちのことが終わり次第、そのまま帰るんじゃないかな?」

 男子生徒は窓から見える一際大きな広葉樹を指した。

「あの木が見えるだろ? 校舎裏のあのあたりが定番だね。何してるかは――行ってみればわかるよ」

 具体的に何をしているのかまでは教えてくれなかったが、ここで待っていても仕方がない。

 祐はその男子生徒にお礼を告げる。

 示された場所へ向かおうとして、ちょっとした疑問を男子生徒にぶつけてみた。

「君は行かないの?」

「……ふ、彼ら“一賛会”のようにそばでその輝きを感じたい気持ちもわかるがね、ボクのように遠くから彼女のことを想う道もあるのだよ。――そうだ、君もどうだい? ボクら“一崇教”は広く門戸を開けているよ! 彼女とこうして同じ星のもとに生まれただけでなく、同じ時を、同じ学校で過ごす! なんとすばらしいことか! それに――」

「ありがとう、そろそろ行くよ……!」

 どうやら何か心の火を点けてしまったらしい。

 彼には悪いが、なんだか関わってはいけないような気がして、祐はそそくさとその場を離れた。

 美雪の言う関わるなとは、なるほどこういうこともあるのかと思うのだった。

 外へ出て、大木の近くまで来て、祐はその大きさに嘆息する。

 建物の七階よりも高いであろうその木は他の木々と比べても突出しており、何かの霊木を思わせる。その根元には大きなうろが空いており、その中には祠が祀られている。

 学校の名物のひとつであり、『伝説の木』と呼ばれていたはずだ。

 実際に伝説があるのかはわからないが、長く大事にされてきたことは確かである。

 まあ、伝説の木の下で結ばれた二人は永劫の幸せが得られる――とかいう眉唾ものの伝説なら、あるにはあるが。

 その木の下では一組の男女が向かい合い言葉を交わしていた。

 まだ距離があり、内容は聞き取れないが、男子の方は遠目でもわかるくらいにはガチガチに緊張しており、対する女子の方は落ち着いていた。

 男子は直角に腰を曲げ右手を突き出す。

 なるほど、と大体のことを察した祐は近くの木陰に身を隠す。

「何かしてるってのはこの事か」

 向かい合う女子は一之瀬なのだろう。

 少しして、一之瀬は頭を下げた。

 男子は力を失ったように膝から崩れ落ち動かなくなる。

 一之瀬が心配する素振りを見せるが、それよりも早くどこからか現れた大量の男子たちが崩れ落ちた男子を抱え上げ、再びどこかえと消えていった。

 これは今話しかけていいものなのだろうか。

 緊張こそしないものの、空気をぶち壊すことは確実である。

 祐が頭を悩ませている間に、入れ替わるようにして別の男子が一之瀬の前に立った。

「おお、すごい人気だ……!?」

 他人事だから出てくる感想だが、毎日この調子なのだとしたら相当大変だろう。

 入れ替わった男子もまた、崩れ落ち、男衆に連れられていく。

 そうして次の男子が現れ――

 いつのまにか野次馬の一人になった祐が行く末を見守ることで夢中になっていた時、ボコッと低い音を立て、足元の土がこぶし大に盛り上がった。

「おぉ!?」

 咄嗟に飛び退くと、その土の中から細長い漏斗のようなものが突き出ていた。

 それはひくひくと揺れると、一度地中に引っ込んだ。

 一体なんだと祐が注意深く見ていると、一か所だった土の盛り上がりは、ミミズのように伸びていき、蛇行しながら祐の方へと近づいて来た。

 祐は逃げるように後ずさる。得体のしれないものが突然追いかけてくる恐怖といったらない。

 土の導線はピタッと止まる。つられて立ち止まった祐の真下から、ボンッと土が飛び出した。

「うおぁっ!?」

 油断した祐はその場でひっくり返ってしまった。

 盛り土の中から先ほどと同じ、細長い漏斗のようなものが出てくる。続いて下に埋もれて隠れていた顔と鋭利な爪が地表に現れた。

 目が合う。いや、目があるのか微妙であるが、そんな気がする。

「も、もぐら?」

 山吹色の体をしたその土竜は、両手の爪を器用に使って埋もれた体を引っこ抜いた。

 何かを言いたそうに土竜は祐をじっと見上げる。

 なんだか人に馴れた様子の土竜に、祐は首を傾げた。

 もしかしたら、誰かのペットだったりするのだろうか。土竜というのも珍しいが、あり得なくはない……のか?

 はて、最近似たようなことがあった気がする。

 土竜は出てきた穴の中に再び頭を突っ込み、何かを引っ張り出す。

「……あっ、それ!」

 咄嗟に祐は右ポケットに手を伸ばす。そこに入れていたはずの懐中時計は無く、大きな穴が空いていた。

「拾って届けてくれたのか」

 祐は懐中時計を受け取ると、土竜の頭を指の腹で撫でた。なんとも賢く不思議な土竜である。

 懐中時計は土で汚れてはいるものの、大きな傷などはないようだった。後で水洗いすれば問題ないだろう。

 ふと、思い出したように祐は顔をあげた。

「あれっ、一之瀬さんがいない」

「わたしがどうかしましたか?」

「っ――!?」

 背中からの予想外の応答に対し、辛うじて間抜けな叫び声は抑えることに成功した。後ずさりしている内に伝説の木の方へと近づいてしまっていたようだ。

 背後に立った一之瀬は地面に座り込む祐を不思議そうに覗き込む。

「あっ、ノームさん!」

 そう言うやいなや、一之瀬は土竜を掬い上げ、その頭を撫でる。

「早速見つけてくれたんですね! ありがとうございますっ!」

 あぁなるほど、と祐は納得する。

 似たようなこととは、何ということはない。あの緑色の鶏に対して思っていたことだった。

「そういえばあっちはほっといていいの?」

「その……皆さん、お話で夢中になるので、いつもこれくらいのタイミングでお暇させてもらってるんです。そうしたら、叫び声がしたので」

 なんてこった。思い切り聞かれているじゃないか。

 祐は両手で顔を覆う。

 対する一之瀬はその反応の意味が分からないのか、きょとんとしていた。

「あー……その土竜も、精霊ってこと、だよね?」

「はい。土精のノームさんです」

「なんで近寄ってきたんだろう?」

「うーん……精霊の好むことをすると、近寄ってくることはありますけど」

「身に覚えがない」

 一之瀬は可愛らしく首を傾げると、ありうる状況を述べていく。

「ノームさんですと、山を登るとか、畑を耕すとか、小石を蹴飛ばしたとか……」

 それでは偶然と変わらないのでは、と思う。

 微妙に納得のいっていない祐に気づいたのか、一之瀬は優しい笑みを向けた。

「ふふっ、精霊と巡り合うなんていうのは案外、そういうものですよ。気まぐれで、些細なことがきっかけになる。だけど人と同じ、一期一会です」

 手のひらのノームを祐の前へ持っていった。

「出会いはきっと幸運なこと。それでもこれだけ巡り合うのは、やっぱり三上さん自身が精霊に好かれやすい体質なのだと思います」

「精霊に好かれやすい、ね……」

「そういえば、三上さんこそどうしてここに?」

「精霊の特徴も知らないし、一之瀬さんと連絡も取れなかったから……とりあえずもう一度話しておこうかと」

「あーっ、確かに失念してました! そうですね、連絡先交換しておきましょうか」

 一之瀬がポケットから端末を取り出す。

 手に乗っていたノームは所在無さげに黄色い光点へと姿を変えた。

 祐も端末を取り出し手際よく連絡先を交換すると、早速『よろしくお願いします』とメッセージが来る。

 交換してからとんでもない人の連絡先を手に入れたものだと気づく。

 とりあえずクラスの男子には絶対にバレないようにしようと固く心に誓った。

「それで、最後の一匹、火精のヴルカンさんですが――」

 うーん、と一之瀬は指を顎に添え、思案する。

「どんな精霊なの? やっぱりなにか動物の姿をしてるのかな」

「そうですね……赤い、火を吹く鼠の姿をしています」

「火を吹く鼠!? ずいぶんと特徴的な……それならすぐに見つかるんじゃ……?」

 さらに頭を悩ませる一之瀬から、そうでもないということが見て取れた。

「ヴルカンは見つけにくい?」

「そうですね……まず、さっきのノームさんより小さいです。発火している時はまだわかりやすいんですけど、普段は暗めの赤で遠目だと気づくのは難しいですね」

 一之瀬は指で円を描き、大まかなサイズを示す。

 手のひらサイズくらいか、それより少し小さいか?

「それに、風・水・土と違って火はどこにでもあるわけではないので、縁が弱いんです」

 一之瀬は円を描いた人差し指をそのままピンと立て、【火焔(ファイア)】と唱える。

 小さな火がその指先から生まれた。

「こうして、火を起こして近寄って来てくれればいいんですけれど。火だとできることにも限りがありますし、何かに引火でもしたら大変ですから……」

 そうだ、と一之瀬は両手を合わせた。

「三上さんもやってみてもらえますか? 今ならもしもの時でも鎮火できますので」

 待ってましたと言わんばかりに一之瀬の背後からニンフが実体化し、触手をうねらせる。

 祐は言いにくそうに頬を掻く。

「あー……」

「……?」

 どうしたのかと一之瀬は首を傾げる。

「その……できない」

「……あっ、その、何も強力な魔法でなくてもいいんです。小さな炎でも興味を持ってくれれば来てくれますから」

「そうじゃなくて。僕は……【火焔】自体、全くできない」

 想定外の答えに、困惑しているのがわかる。

 当然だろう。【火焔】は基礎魔法のひとつで、魔法を扱う環境にいるのであれば大抵の人はできる。少なくともこの学校に入るような者であればできて当然というものだ。

 適正もあるため苦手な人は少なからずいるが、全くできないのは世間一般でも珍しい方だろう。

「それは、生まれつき……ですか?」

「そう。何しても、うんともすんとも言わない。だからごめん、その方法は難しい」

「【火焔】が苦手な方はよく見ますが……まったくというのは、初めてです」

 心底驚いているといった表情だった一之瀬は、咀嚼するように数度頷く。

「……わかりましたっ!」

 力強くそう言い、一之瀬は祐の手を包み込むようにぎゅっと握った。

「今度一緒に練習しましょうっ! 微力ながら、お手伝いできるかもしれませんし! うまくいけばヴルカンさんも来てくれるかもですっ! そうですね……今週末、空いてますか?」

「と、特に用事はなかったと思うよ……」

 ずいと顔を近づける一之瀬に祐は赤面する。

 よかった、と一之瀬ははにかんだ。

「でしたら、わたしと火遊びしませんか?」

 それの意味するものは分かっていた。

 だがしかし、祐も思春期男子。超絶美人の口から放たれた超絶危険なその単語に、祐の脳内で宇宙が広がった。



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