第8話 旅の記憶
(これは……?)
俺は机の奥、その壁に広がっていた光景に手をつき、此処で何があったのかを考える。
(血に僅かに残った魔力の残滓からラウネの魔力を感じる……、だが何故闇魔力まで?)
感じた魔力から、この血はラウネのもので間違いないだろう。
だが、何故かその魔力に覚えの無い闇魔力が混じっている。
これが彼女のものか、交戦した相手のものかでその意味は大きく変わるだろう。
(自身にも、闇魔力を付与する実験を行ったか、研究所を襲撃したのが魔族だったか。…………いや、もう考えるだけ無駄な事か)
俺はここまで考えてから思考を止め、立ち上がった。
この流した血の量からしても、ラウネはもう死んでしまっている可能性が高い。
生きているならまだしも、もう死んでしまった相手になど出来る事など無いのだし、得られる情報も無い。
考えるだけ時間の無駄だろう。
そもそも俺は彼女に拒絶された人間で、ここまでの情報だけでもそれからもう数年は経ってる事が予測できている。
そんな彼女の身に、今更何が起ころうとも、もう俺が気にするべき事では無いはずだ。
(ラウネは、もう無関係の他人だ)
旅の時の癖でつい考えてしまったが、彼女はもう仲間では無く、俺には関係が無い。
関係の無い人間に、構う必要は無い。
それは旅の時と変わらない。
俺はそう考えて本来の自分の目的、この研究所で自身の身に起きた事の手がかりだけを探すつもりだった。
『――エルトはぼ…………っても…………かい?』
瞬間、旅をしていた時の記憶がフラッシュバックする。
これは……思い出した。
これは旅の途中でラウネと2人きりになった時の記憶だ。
『――――だろうな』
『…………れ? ……なら……よ?』
『そ……なら、考え……み……う』
『うん、――――!』
朧気な記憶だが、段々思い出してきた。
俺はもう一度黒ずんだ血溜まりに手を当て、魔力の残滓を探る。
(……これがもし襲撃者で、魔族の魔力であるのなら、覚えておけばこの研究所で何があったか聞けるな)
これは自分の身に何が起きたのか知る為だ。
襲撃の影響で俺の身にも何か起こったのなら、それは関係の無い事ではない。
そのついでに、ラウネの身に起きた事も聞くだけだ。
俺は闇魔力の詳細を記憶し、部屋に残っていた資料を持ってその部屋を去った。
もう1話程施設探索の予定