寒空
若い頃に書いていたもので、今の価値観で駆けませんので未完の形で投稿します。この後の話は、想像に任せます。いつかこれをリメイクする日がくるでしょう。その時は、手に取っていただけると幸いです。
11月の午後五時。唯々、山の端に夕日を見て、私は今日という日を振り返る。
思えばこんなに1日を長く感じたことが今までにあっただろうか。
思い返すと何だか暖かな気持ちになってくる。
嗚呼、私はなんて幸せ者なんだろう。
ーーー
朝 午前四時
その日私は夢見が悪かったのだろうか、起きると布団は汗でぐっしょり濡れ冷たくなっていた。
何を見たかは覚えていない。だが何かを見たのは覚えている。何とも矛盾に満ちたこの記憶がいつも後々になって私を苦しめる。
ふぅと一つ溜息をついた。
まるで一仕事終えたかのような、そんな溜息。
腰を馳しる痛みに耐えながらゆっくりと体を起こした。
体のあちこちにガタがきている。年相応といったところだ。
部屋を出てリビングに向かう。
思っていた以上に11月の朝は冷えている。
裸の足に床のフローリングの冷たさを感じ、足早になる。
私はいつも食卓で新聞に目を通すのが日課となっていた。
そして、テーブルには女房のカロリーなどというものを計算した薄めの料理が出迎えてくれる。
だが食卓には何もなかった。
まだあいつは寝てるのかと少し腹立たしくなる。
怒鳴って叩き起こそうとも考えたが、朝一番には声があんまり出ない、無理は禁物だ。心でそう言い聞かせ
黙って新聞を広げた。
今日は、1日快晴。降水確率は0%。天気予報の欄をざっと読んで、他に気をひく記事がないかパラパラと捲る。新聞をめくる音が乾燥したリビングに響いている。
しんと静まり返った早朝の空気に耐えかねた私は、暖炉に火を灯すことにした。
普段ならもうボウと灯りがチラつきながら、暖かさと共に私を迎えてくれるはずだったのだが、いつもそれは女房の係だ。少し呆れた溜息をつき、テーブルのライターを手に取り暖炉へ向かい火をつけた。
中々暖炉に火がつかない。いつもどう点けていたんだろう。こういう時に限って妻が起きていないなんて、とても不便に感じる。
点かない事が嫌になって、諦める事にした。
ライターを床に放ると無性にタバコを吸いたくなった。
暖炉の事は忘れて、とりあえず一服という事に気持ちを切り替えて炊事場の灰皿を取りに向かう。冷蔵庫のブウンという音が次第に近づくにつれ、ふと何かを忘れているような気がしていた。
私もすでに68歳だ、物忘れも時たまある。あまり気にしない事が長生きのコツであるとも確信している。
炊事場に着くと灰皿を探すために電気をつけた。するとそこには、山のような皿の洗い物が所狭しとシンクに詰まっていた。また洗い忘れていたのかと再度溜息が溢れた。
『何も見てない、何も見てない…』
そう繰り返し独り言を吐き、灰皿を持ってその場を後にした。
私はリビングに着くなり、テーブルの上にあったタバコを咥えた。だが肝心の火が見当たらない。
『あれ?ライターどこにいった?』
あたりを見回すが見当たらない。
どこに置いたか忘れてしまった。昨日吸う時に使った筈なのだが、そこから思い出せない。
最終手段としては暖炉の火を使うのもアリだが、と暖炉の方に目をやると床にライターが横たわっていた。
『あぁ、ここにあったか』そう呟き取りに行く。
さっき、そこで使ったばかりだったのをゆっくり思い出してきた。
手に取り早速火をつけた。肺を有害物質がゆっくり満たしていく。ふうと息をはいた。時計に目をやるとすでに6時前だった。歳をとると全ての物事があっという間に過ぎていく、もう慣れたが。
とりあえずこのタバコを吸い終わったなら、女房を起こしにでも行ってやろうと一息吸い、火種を潰した。
階段を上がってすぐ左手に女房の部屋はある。若い頃は同じ部屋で寝ていたのだが…まあ、夫婦とは長年連れ添っていると色々と問題が生まれるものだ。彼女にとっては私のイビキも、その一つらしい。
階段を上るのも中々に応える。この歳になってからというもの、すべてのことに何かしら障害が生じるから辛い。
全く皆が言う通り、歳なんてものは取りたくない。
ようやっと上りきる時には息が上がってしまう。
扉の前に立つ。何というか今になってから気恥ずかしさがジワジワとこみ上げてくる。いい歳をして慣れないことをするのは言葉に出来ない恥ずかしさがある。
あまり考えてしまうと、埒があかない。如何に気取られず仕方なく来たという感じを演出するかが、私のプライドを守るかに関わってくる。なんて何をくだらないこと考えているのだろう…。
『…よし』