十兵衛、王都の手前に到着する。
久しぶりの、本当に久しぶりの更新です。
例によって超不定期ですが、お付き合いください。
――夢を、見ておる。
遠い遠い、昔の夢を。
『おうおう、痩せてんなあ・・・とにかく飯だ!飯!』
大きな手が、頭を撫でる。
固まった血と煤が、バラバラと零れ落ちた。
『食え食え!!田宮の忘れ形見・・・たしかに親父に良く似てやがらぁ!いい目しやがってよ!』
顔中に古傷を刻んだ恐ろしい顔の男が、大きな握り飯を差し出して子供のように笑っていた。
『おっとそうだ!俺は春蔵、南雲春蔵だ!今日からお前の・・・親父って柄じゃねえやな、ううむ・・・そう!師匠!師匠だ!!』
『し、しょう・・・?』
引きつる喉から絞り出した声に、その男はまたも破顔。
『ああそうさ!さあ坊主!名を名乗りな!自分でよ!!』
親父とは全く違うその男に・・・飛行服の親父がダブったような気がした。
『・・・たみや、田宮、十兵衛、です』
一面の焼け野原を背景に、冗談のようなでかい握り飯を持った男。
それを、こちらに押し付けてくる。
『いい名前じゃねえかよ、よろしくなぁ!!十兵衛!!』
絶望が満ちる景色の中で、師匠の周りだけが明るく輝いていた。
『いい目してやがる!この世で二番目に強くなれるぜ!・・・なに、一番?そりゃあ、勿論俺よ!!』
・・☆・・
「ジュウベ、ジュウベ」
優しく肩をゆすられて、目を覚ます。
何か、昔の夢を見ておったようじゃな。
「う、ぬ・・・?」
薄目を開けると、ラギが見えた。
目が少し赤いのは、そちらも寝ておったからか。
「オハヨ!」『おっはよ~!』
その肩には天鼓が乗っておる。
「うむ、おはよう・・・もう朝か?」
客室のソファから体を起こす。
窓に移る景色は・・・雲の中におるのか、真っ白でなにもわからんな。
「子供のような顔でよく眠ってらしたことですわよ」
じゃれついてくる天鼓をいなしていると、向かいの席に腰かけたセリンが声をかけてくる。
いつも通りの澄ました顔じゃが、この前リトス様の前で白目を剥いて気絶しておったのは忘れぬぞ。
「んがぐ・・・ごごご・・・」
「それに引き換えこちらは・・・ペトラ!はしたないですわよ!まったく・・・せめて足を閉じてお眠りなさいな!」
その横には、酒瓶を抱えて大股開きで眠りこけるペトラの姿が。
・・・嫁入り前の娘がなんということじゃ。
もう慣れたがのう。
「起きたねえ、ジュウベエくん・・・もうそろそろ『空港』に着くよぉ」
わしの横から、レイヤが肩を突いてきた。
相変わらずの大美人じゃ。
起き抜けに見るには心臓に悪いわい。
じゃが、胸がないのが残念無念じゃな。
「さすが竜よ、あっという間じゃなあ・・・馬車ならまだ隣町にも着いておるまいよ」
ヴィグランデを出発し・・・まあ、途中少し寄り道したが・・・それから2日後。
魔導竜は夜通し飛び続け、国の端から中心までたどり着いたようじゃ。
この国の正確な大きさは知らぬが、地球の飛行機よりも速いかもしれん。
「おや?セスルがおらんようじゃが」
寝入る前までは近くで酒を飲んでおったが、今は姿が見えぬ。
途中で陸に下りたわけでもあるまいに・・・
「ああ、彼女はね・・・御者席に行ってるよ」
「御者席とな」
たしかに、この客車の前部分に操縦席のような部分があった。
狭そうに感じたものだが、この客車の拡張した空間から察するに向こうもかなり広かろう。
しかし、なんでまた。
「王都に近付いたんでねぇ、『屠龍隊』の本部と通信の魔法具で連絡を取るんだってさぁ。ま、私は優しいからね・・・許可してあげたんだよぉ」
「ほう、通信機まで積んでおるのか・・・便利なものよな」
至れり尽くせり、じゃな。
この世界に来てからそこそこの時間が経つが、これほどの便利さを知ってしまうとこの先少し難儀じゃな。
一部では地球を凌駕しておるが、インフラなんぞはまだまだ未熟。
このちぐはぐさが、なんとも面白いのう。
「おっと」
くら、と揺れを感じる。
これは・・・速度を落としたな。
そろそろ着陸か。
思えば、この竜に乗ってからちゃんと降りるのは初めてじゃな。
前回はリトス様に掻っ攫われたからのう。
こけてもつまらんので、しっかり座るとするか。
「ジュウベ!ジュウベ!コレ見テ!」
横のラギが身を寄せてきた。
手で指し示す胸元を見ると・・・以前リトス様から貰っていた鏃がネックレスの形になっておる。
なんちゃらとかいう、弓の神様の持ち物じゃったかのう。
「おう、器用なことよな。立派なお守りじゃの」
「ウン!一生ノ宝物ニスル!」
「そうかそうか」
初めて会うた時は厳つい武人に見えたが、今ではすっかり年頃の娘じゃな。
そもそも、年齢から言えば地球なら中高生じゃ。
それを考えれば立派なことよのう。
「ジュウベノ、オカゲ!」
「なんのなんの、日頃の行いじゃよ」
窓から見える景色が変わった。
降下しておるな。
「ワワワ」
重力を感じて驚いたのか、ラギが縋り付いてきた。
『あわわわっ!?』
・・・浮いておるのに、何故驚くのじゃ天鼓。
よくわからん精霊じゃのう。
慌てて肩に飛び乗る天鼓を見つつ、窓の景色を楽しんだ。
・・☆・・
「久方ぶりの地上ですわぁ~!」
客車から出て、セリンが大きく伸びをしている。
おお、足元が揺れておる。
船に乗った時を思い出すのう。
「んむみゅ・・・なんだァ、もう朝かァ」
ペトラは地面の上で、ストレッチめいた動き。
マイペースじゃな。
『空港って広いね~』
「ヒロイ!」
そして、ラギと天鼓は周囲の状況に目を丸くしておる。
降りた場所は、まさしく『空港』と呼んでおかしくない所じゃった。
「・・・これは、作った奴か関係者に『同郷もの』がおるな」
広い滑走路めいた空間。
遠くには、空港施設のような2階建ての建物。
なるほど、空港じゃな。
「やっぱりぃ?この原型500年くらい前に作られたんだよね。外国で活躍した建築家なんだけど、『ムナカタ』さんって言うんだけど」
ムナカタ・・・棟方、か?
大工の頭領でも転移してきたのかのう?
しかし、500年前には地球にも空港はないし・・・時間がズレておるのかな。
「意外と来ておるのかのう、地球から」
「うーん、明らかに文明や文化にそぐわない考え方やモノが時々出るからねえ。そうかもしれないね」
御者席から護衛とセスルが出てきた頃に、向こうに見える建物から馬車がこちらへ向けて出るのが見えた。
ほう、シャトルバス付きか。
「ここから王都まではどのくらいじゃ?」
「天気もいいし、2日ってとこかなぁ・・・途中の宿場町で一泊するよぉ」
ふむ、意外と近所まで来ておるんじゃな。
「お主ともここでお別れか、王都まで直接乗りつけるのかと思っておったが」
「クルルルル・・・」
魔導竜を見上げると、向こうもこちらを見つめ返してきた。
喉を鳴らしておる。
ふふ、かわいらしいの。
「残念ながら、王都近縁の空港は王族専用ですわ。それ以外が近付いたらあっという間に魔法を叩き込まれますわよ」
さもありなん。
王都ともなれば、防衛機構も充実しておるじゃろうなあ。
「お疲れさん、ゆっくり休めよ」
こちらに顔を寄せてきた魔導竜の頭を撫でると、目を細めて手を舐められた。
・・・やはり魚臭い。
「ジュウベ、行コ」
「おう、達者でな!」
「キュルルゥ!」
ラギに促され、馬車へ向かう。
空港の係員らしい者たちが乗った、別の馬車も来るのう。
あちらは、魔導竜の世話係じゃろうか。
「王都、タノシミ!」
『ねー!行くの初めて!』
キャッキャとはしゃぐラギ達を見ながら、わしは魔導竜にもう一度手を振った。
「広いのう、森がほとんどない」
馬車の窓から見える景色は、どこまでも広がる平原。
ヴィグランデ周辺とは、まるで景色が違う。
さすがは王都近郊と言った所か。
「しかも馬車が揺れねえ!こりゃあ上等の【建国道】だぜ!」
ペトラが言うように、街道も比べ物にならんほど整備されておる。
元々の【建国道】に・・・さらに手を加えたようなものじゃろうか。
「フフン、この街道の整備には我が一族も携わったのだ」
セスルはどこか自慢げじゃ。
エルフがのう・・・
「キミのとこは大地の魔法が得意だもんねぇ」
・・・大地、ふむ。
「整地や石畳を魔法でやったのか。魔法とは便利よのう」
「ジュウベエは工事にも詳しいんですのね?意外ですわ」
セリンが目を丸くした。
さほど驚くようなことかのう?
「なに、昔はよく日雇いの工事夫なんぞもやったのでな。わしとていつも剣だけを振り回しておったわけではない」
そもそも、あの時代は武術を習おうなんという奇特な暇人は少なかったからのう。
師匠と一緒に、出稼ぎの日々じゃった。
・・・気が荒い工事夫相手に、散々喧嘩もしたのう。
思えば、アレで技に磨きがかかったような気もするわい。
「キミはいったいいくつなのだ?人族の年齢はわかり辛い・・・」
おっと、セスルには若返りのことは話しておらなんだ。
ここは触れずにおこう。
「・・・む」
馬車が停まった。
まだ近くには何も見えんが・・・はて。
「どうしたのォ?」
『は、アルゥレイヤ様。前方で何か起こっているようです、壊れた馬車があります』
「ふむ、特にへんな気配はないけどねぇ・・・見てきて」
『お任せを』
伝声管らしきものから、護衛の声が聞こえる。
これは、面倒事かのう?
「わしも出よう、座りっぱなしじゃと体も鈍るしな・・・少し散歩よ」
「あっ、ちょっとジュウベエ」
セリンが止めてくるが、邪魔はせんよ。
『わたしもー!』
肩に飛び乗った天鼓も続く。
扉を開け、外へ。
なるほど、確かに道の先で馬車が壊れておる。
「ジュウベエ様!?お手を煩わせるわけには・・・」
「様付けはいらんというのに・・・気にせんでええわい」
こやつら、何度言っても様をつけてきよる。
わしはどこに出しても恥ずかしくない平民じゃというのに、のう。
出てきた護衛の騎士は2人。
1人は剣を抜き、もう1人は杖を構えて歩き出した。
ほう、片方は魔法使いか。
わしは、その後に続く。
「何かおるか、天鼓」
『なーんも!』
左手を柄に添え、いつでも鯉口を切れるようにする。
わしも何も感じないが、用心に越したことはない。
「『風よ、集いて巡れ』」
騎士が呪文を唱えると、どこからか風の精霊が集まってきた。
『しゃーないなー』『とくべつだぞ』『まりょく、よこせー』
騎士は真剣じゃが、精霊殿との温度差が酷い。
「・・・シュールな光景じゃのう」
『あの人はわかんないから大丈夫でしょ』
ああそうか、理解しておらんのか。
・・・わしも黙っておこう。
馬車の残骸に近付く。
・・・これは、血の臭いじゃな。
「魔物か、盗賊か・・・ここも物騒じゃの」
「ジュウベエ様!お気をつけを!」
「応よ・・・天鼓、離れておれ」『あいあいさー!』
鯉口を切り、抜刀。
右手に刀を持ち、周囲の気配を窺う。
「・・・む」
馬車の残骸の隙間に、体が見える。
・・・死体、じゃな。
壮年の男の死体じゃ。
来ている服は仕立てがいい。
身分が高そうじゃな。
「この紋章・・・レドリッジ辺境伯のものか」
「御者の死体しかないとは・・・本人はどこへ?」
ほう、御者か。
辺境伯ともなれば、御者もいい服を着ておるのう。
わしはてっきり貴族かと思うたわ。
剣を持つ騎士が御者の死体を引き出す。
その後ろで、魔法使いは警戒の体勢。
「こ、れは・・・」
ずるり、と引き出された死体。
『ピエッ!?』
天鼓が悲鳴を上げたように、その有様は異様じゃった。
・・・腹の肉が、ごっそりと抉られておる。
肋骨の下から下腹部まで、内臓が一切ない。
血は乾き、服にこびりついておるばかりじゃ。
まるで、獣に食われたようじゃ。
「・・・天鼓、馬車に戻って知らせよ。これは尋常ではない」
『う、うん!』
視界の端で、天鼓が身を翻したその時。
―――違和感を、感じる。
「2人とも構えよ、何かが・・・おかしい!」
愛刀を引き寄せ、八相に構える。
相変わらず、周辺に気配はない。
―――ない、が。
「馬車から離れよ!!」
気配がないままに、馬車の残骸が動いた。
下がる騎士2人に反し、前に出る。
「っしぃい―――ああぁっ!!」
踏み込む勢いで、虚空を切り下げる。
気配も、予感もない・・・勘じゃ。
手の内に、感触―――何かを、斬った。
「GGGGGRGGGGGGGGGGGGGG!?!?!?」
ガラスが軋むような、不快な音・・・いや、悲鳴。
それと同時に、気配が『生まれた』
「GGGRGRGGRGRGRGRG!!」
空間が揺らぎ、風が動く。
後ろに跳ぶと、足元の土が弾けた。
着地しながら刀身を確認すると、紫色の体液が付着していた。
ふむ、何が何やらわからんが・・・なあに。
「血が出るなら、殺せるわい」
王都の周りは平和じゃと思うておったが・・・ははは!なんじゃ、わしの働き所はありそうじゃのう!!
「『―――纏い、逆巻き、抉れ』!『転変万華』!!」
『つっこめー!』『おっしゃらー!』『とつげきー!!』
勇壮な呪文に似合わない、気の抜けた声を上げつつ精霊どもが突っ込んでいく。
いきなり謎の魔物が出たというのに、初動が早いのう。
腕っこきの護衛、さすがじゃの。
「ジュウベエ様!ここは我らにお任せ―――っが!?」「許せ!!」
護衛を蹴り飛ばしつつ、勘に従って虚空を薙ぐ。
ある一点に刀が食い込み、空中に火花が散った。
―――硬い!
「っすぅ・・・!」
息を吸い、瞬時に丹田に力を込める。
「お、おおおおっ!!!!」
息を吐きつつ、気合を入れて斬り下げる。
一瞬の抵抗が消え失せ、飛沫が飛ぶ。
―――南雲流剣術、奥伝ノ五『鋼断』
「GGGGGGGG!?!?」
空間が歪み、紫色の体液を撒き散らしながら『腕』が出てきた。
バカでかい、虫のような腕じゃ。
「もう1匹おる!そちらは任せたぞ!!」
「っは、はいっ!!」
ふふ、楽しいのう!
やはりこの世界、退屈せんわ!
「南雲流ッ!」「GGGGGGGGGG!!!!」
未だに見えぬ『何か』が、腕だか脚だかを振る。
それを、跳んで躱す。
「田宮十兵衛、参る!!」
恐らく笑いながら、わしは名乗った。
「GGGRGGGRRRRR!!!」
「おっ、とォ!」
躱したが、目測を誤った。
肩口の着物が裂け、皮膚が薄く切れる。
見えんというのは、中々難儀じゃのう!
それにこやつ、相対しておるのに気配が薄いわ!
見えぬが、体は恐らく馬より一回り程大きい・・・ならば!
「っはぁ!!」
脇差を抜いて放り、蹴る。
南雲流剣術、奥伝ノ一『飛燕』
真っ直ぐ飛んだ脇差は、虚空に音を立てて突き刺さった。
吹き出る体液で、空間が染まっていく。
「はは、大きいのう!」
うっすらと見えた輪郭は・・・なんじゃろうな?
虫のようにも、爬虫類のようにも見える。
少なくとも、今まで見た何の生き物とも似ておらんことは確かじゃな。
―――じゃが。
だから、どうした?
斬れば死ぬ、それだけのことじゃ。
「―――るぅっオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
「GGGGGGGGRGRGRGR!?!?!?!?」
雄叫びとともに空気を裂いて飛んだ斧が、勢いよく魔物に突き刺さった。
ペトラ、来よったな。
「―――ジュウベッ!!」
「GRGGGGG!?!?!?」
さらに、太い矢が胴体らしきところに根元まで突き刺さる。
それも、3本。
「好機ッ!!」
吹き出る体液で、さらにその実体をハッキリさせてきた魔物。
わしへの注意が逸れた隙を突き、低く踏み込む。
「コオォオオ・・・!!」
息吹に呼応し、愛刀の刃が紫電を纏う。
ばじり、と空気が焦げた。
「―――しゃあっ!!!!」
低い体勢から、体移動と疾駆の勢いを乗せた突き。
それが、魔物の腹に根元まで埋まる。
「ぬううあっ!!!!」「GGGGGG!?!?!?!?!?!?」
柄を通じ、魔力の奔流が魔物に流れ込む。
魔物は痙攣し、わしへの反撃もできない。
「っふ!」
捻りながら刀を抜き、跳び下がって残心。
「GGG・・・RRR・・・G、GG・・・」
各所の傷から血を滴らせながら、魔物はぐらりと倒れ込み・・・動きを止めた。
しばしそのまま観察、残心は崩さぬ。
「ぬ」
体液によってではなく、じわじわと魔物の姿が現れてきた。
これは・・・なんと言うべきか。
カメレオンとカブトムシのあいの子、といった感じかのう。
そうとしか言いようがない。
魔物は完全に姿を現し、ピクリとも動かん。
・・・死んだ、か。
「うっひゃあ、『ヴァニシュ』かよ。久しぶりに見たぜ」
残心を解いたころ、ペトラがやってきた。
その後ろには、弓を構えたラギもおる。
「おっと、あちらは・・・」
騎士2人の方を振り向くと、そちらも戦闘が終わるところじゃった。
魔物の全身が刻まれ、首が飛ばされておる。
・・・ほう、強いな。
さすが、魔法ギルド腕っこきの護衛じゃ。
「こんな所にいるなんて聞いたことねえぞ、辺境から出てきやがったか?」
「ふん・・・この王都行き、まっこと楽しくなりそうじゃなあ」
ペトラの声を聞きながら、わしは浮かぶ笑みを隠すことができなかった。
やはり、良いのう・・・異世界!




