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第九話

           7

 楽観している風を良太には見せたが、亜紀が本当に見つかる可能性は、極めて低いものと思われた。

失踪した女性がいる。どこにでもいる、たとえ路上に坐っていたとしても不思議に思われないような格好をした女性が亜紀だ。見つけ出すために必要な確たる手がかりは、一つとしてない。良太の勘が当たり、仮に良太や正也たちの活動範囲内に亜紀がいたとしても、一人の、取るに足らない女性を見つけ出すことは、困難に違いなかった。探すのを手伝うと約束した武雄だったが、彼がしたことといえば、出かけた先々で気の向いたときに辺りを見渡す程度のことだった。

亜紀の失踪を知らされた正也は、智和や良太、崇たちと共に、知り合いにその旨を伝え、網を張った。武雄たちにできることといえば、それくらいが限界であった。出来る限りのことをしたとはいえ、亜紀の消息は、その手がかりすらも掴めない状態だった。

 そんな中、武雄はボンヤリと考えていた。これまでの亜紀の足取り。真治の家、ペンション、良太の家。一箇所だけ、真治の家にだけ、武雄は訪れたことがなかった。きっと崇のほうからこの件については知らされているだろうと思いながら、武雄は真治に連絡を取った。予想に反し、彼は亜紀の失踪を知らされていなかった。武雄は、真治の家まで赴くこととなった。

 崇は正也の命にもかかわらず、亜紀に関する情報提供を呼びかけていなかった。

「あの野郎…」

 それは真治の言葉であったが、武雄が心の中で何度も呟いた言葉と同じだった。

 真治の部屋も、良太のそれと大差のないレイアウトをしていた。コタツに入り、武雄は崇の変わりに事のあらましを話して聞かせた。

「あいつは結局、誰にも繋ぎとめて置けない女なんですよ」

 嘯いてみせる真治であったが、武雄は彼の口から、そんな言葉を聴きたいわけではなかった。

「お前の家を出て行ったときも、同じようだったのか?」

 武雄の問に、真治は少し思い起こすようにし、緑のマルボロのボックスに指を突っ込んだ。

「正直、わかんないっすけど、殆ど俺のときと変わらないと思います」

 期待はしていなかったが、それでも真治の答えに武雄は落胆を覚えた。

「でも、あいつ、ここを出て行くときは、ちゃんと出ていくって言ってから出て行きました。あいつ、他人に迷惑を掛けるのを一番恐れているんですよ」

「だから?」

「だから、良太さんに心配掛けるってわかりきっていることを好き好んでやったりはしないんじゃないかなって」

 そういった手前、真治は自分の発言を疑うように首を傾げた。

「…わっかんないんですよね。あいつ、なんで黙って消えたりなんかしたんでしょう?」

 そして心底残念そうに頭を掻き毟ると、

「ずっと一緒にいたって言うのに、やっぱりおれ、あいつのこと何ひとつわかってやれてなかったんですね」

 真治はボンヤリとそう自認してみせた。

 目立った収穫もないまま真治の家を後にした武雄は、まず崇に電話を掛けた。そして亜紀の件に協力していなかった節を正也や智和には黙っていることを条件に、今後の協力を取りつけた。渋々引き受けた体を隠さない崇であったが、武雄は構わず電話を切った。日が差していた。真治の住んでいる集合住宅地を囲む垣根に、まだ解け残った雪があった。雪は日陰に追いやられている。

 武雄は着信履歴を開き、未登録の電話番号へ電話を掛けた。が、どこか恐ろしくなり、呼び出し音が鳴る前に回線を切った。もどかしくなり、彼は幸へ電話を掛けた。しかし、それはすぐに留守番電話サービスへと切り替わったのだった。

         

 正也の結婚披露パーティーが迫っていた為、詰めの打ち合わせを兼ね、武雄たちはレストランを訪れていた。三ヶ月待たされた体で悪態をつく智和たちであったが、結果的にそれが適度な準備期間になったのに間違いはなかった。武雄の胸にも、珍しく周到なイベントになるだろうという期待を抱かせていた。

「あいつエビフライがないと暴れだすから、メニューに入れておいてやるか」

 冗談半分でそういった智和は、メニューリストを指差し、

「エビフライ。衣がさくっとしてるやつ、んで、尻尾は硬くて噛み砕けないやつね」

 と真顔でオーダーした。

 昼時を過ぎた時間帯だけあって、客の数は疎らだった。テラス側の席では、中庭が視界に開けている。店内で目に付くものといえば、ピザを焼く石積みの大きなオーブンくらいのものだ。亜紀がしきりに主張していたのは、一体どのことなのだろう。店内を見回しながら、武雄はボンヤリとそう考えていた。亜紀の消息は、絶たれたままだった。

「噂なんですけど、幸さん、こっちに戻ってきているみたいなんですよ」

 打ち合わせの蚊帳の外に置かれていた崇が、悪戯に打ち明けた。武雄は驚いて、思わず彼を窺った。智和は話を止めた。

「いや、ついこないだ、幸さんのこと見かけたって話を聞いたもんですから」

 崇は少しうろたえた様子で、言い訳がましくそう告げた。

「確かなのか?」

 智和は居直り、崇を見据えた。

「本当かはわからないですけど、俺のタメから聞いたんです。そいつ、自分は中学時代、クラブで可愛がってもらったから、幸さんのこと見間違えることなんてないって言ってましたけど」

 智和はその場で携帯電話を取り出したが、取り出したままでいた。どこにも掛けるそぶりをせず、打ち合わせに戻った。

「確かめないのか?」

 レストランを出た直後、武雄は智和にそう尋ねた。武雄は、智和がいかに確かめたくても、確かめられないことを知りながらそう訊ねていた。正也は勿論、智和や良太でさえ、幸の両親からひどく嫌われていたのである。

「悪いが、変わりに確かめてみてくれないか?」

「ああ、思い当たるところは少ないが、幸が行きそうなところもあたってみるよ」

 智和の頼みを引き受ける体で、武雄は肯いた。大手を振って幸を探すことを認められたのである。僅かな満足感。それを押しつぶす焦燥。武雄は早々に良太たちと別れた。

 智和は自分のできうる限りのネットワークを張り巡らせるだろう。が、正也の協力がない場合、網の範囲はひどく狭くなる。彼は正也に協力を求めるだろうか。幸は、本当に帰ってきているのだろうか。幸に会いたい。智和に見つかった幸は、自分とのことを洗いざらい暴露するだろうか。幸にあいたい。武雄は考えを巡らし、幸の家を何度も通り過ぎた後、近くにあったレンタルビデオ店に車を止めた。まだその店が寂れた書店だった頃、武雄は智和に、奥の駐車スペースからなら、幸の家の二階にある、彼女の部屋が辛うじて確認できることを教わっていた。恐らく、そのことを知らされたときは夏だったのだろう。その時は柿ノ木に茂った葉に邪魔されて部屋の明かりが付いているのか否か程度のことしかわからなかった。が、葉が落ちた機の隙間からは、ありありと幸の部屋だった窓が見えていた。

 レストランを出て、大分時間が経っていたが、部屋の明かりをつけるには、まだ明るすぎた。武雄は重々しく閉ざされた窓を見上げながら、携帯電話を手に持て余していた。

 ビデオショップから中年の男性客が出てきたとき、武雄は幸に電話を掛けた。が、それはやはりすぐに留守番電話サービスに接続された。電話を切り、立て続けに幸の実家の番号を押した。呼び出し音が流れ、彼は幸の部屋の窓を見上げながらそれが途切れる瞬間を待った。彼の車からでは、幸の部屋以外、柿木と石塀に阻まれて家の中の様子は窺えなかった。彼は車から頭を出して塀の内側を覗こうとしたが、到底伺える高さではなかった。あきらめて、携帯電話を耳から外した。

 重々しいカーテンは、揺らめきもせず窓を閉ざしている。武雄は、凝り固まった首を揉みながら、Aと登録した番号に電話を掛けようか掛けまいか思案した挙句、電話を助手席に放り、車のエンジンを掛けた。



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