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01 絶対に惚れたりなんかしない


「おはようございます、パノン様っ。今日もキツい女な感じでいきますか?」


「そうね。口紅は真っ赤っかよ!」


 昨日の夜は長旅の疲れもあったというのに、よく眠ることができなかった。

 眠ろうとして目を閉じると、まぶたの裏にヴェルメリオ様の泣き顔が見えたせいだ。


 本当に綺麗な涙で驚いた。

 胸の奥がぎゅーっと狭くなるような不思議な感覚がした。


 この人を泣かせてはいけないんじゃないか。

 なぜかそんな気がした自分自身を「ええい、罪悪感に屈するでないわ、パノン! イケメンに負けるな!」と鼓舞していたら、ずいぶん夜が更けてしまっていた。


「できました! 今日も完璧にお美しいですよ、パノン様。昨日より少し顔色が悪い気がしたので、頬紅はちょっと厚めにさせていただきました。昨夜はあまり眠れませんでしたか……?」


 心配そうにこちらを見てくるフィオルは、本当にメイドにしておいたのがもったいない程にできる侍女だ。

 私の体調の変化に気付いてくれるフィオルに、隠すことなく頷いた。


「そうなの。どうしてヴェルメリオ様が私に惚れてるっぽいのか、考えても考えてもわからなくてあまり眠れなかったのよ」


「それは考えなくてもわかるお話ですよ、パノン様。パノン様がお美しいからです。ヴェルメリオ様は過去にパノン様をどこかでお見かけになって一目惚れしたんですよ。間違いありません!」


 フィオルが名探偵みたいな調子でお世辞を言ってくれる。

 本当にできすぎた侍女だ。


「フィオルはお世辞が上手ね。ありがとう」


「お世辞なんかじゃありませんよ! パノン様はお美しいから、パーティーにも学校にも行かせてもらえなかったのだと、使用人たちはみんな噂しておりました。マウラ様を食ってしまう美貌ですもの。マウラ様はもちろん、ディメイス様もお外に出すはずがありませんっ」


「あれは、ただ憂さ晴らしに意地悪されてただけよ」


 おしゃれに興味がなかった私は自分の美しさなんて考えたこともなかったから、そうとしか思ったことはなかった。


 フィオルが飾ってくれた鏡の中の自分を見る。


 昨日はシニョンに結んでいた髪だけど、今日は気の強さ重視でポニーテールになったらしい。

 サイドや結び目は複雑に編み込まれていて、どうなっているんだか見ただけではよくわからない。


 リクエスト通りに真っ赤な唇は、私の顔色の悪さを際立たせていた。

 目尻はツンとつり上がって見えるように影が入っていて、なんともわがままそうな雰囲気が出ている。


 意地悪そう。厄介そう。

 そういう雰囲気のメイクがされているのはわかる。

 だけど自分の顔だからか、美しいのかどうかまではわからない。


「フィオルが褒めてくれるのは嬉しいけど、自分が美しいのかってまったくわからないわね」


「愛する人ができれば、その方に褒められる内に自信が持てるようになるそうですよ。そうすれば、女性はもっと美しくなると聞きました。パノン様が自由の身になられた後、恋をして美しくなる姿を見られるのが楽しみです」


「フィオルはついてきてくれるの? 屋敷には帰らずに?」


「あうっ、よ、よろしければですけれど、どこまでもお供させてくださいっ」


 頬を赤くする私の侍女はとても可愛い。


 フィオルは私の侍女になれたことを最高の幸運だと言っていた。

 それは、私にとっても最高の幸運だったらしい。


 嬉しさ任せにフィオルの手を握ると、彼女は「ひぅっ」と肩を跳ねさせた。


「ああ、驚かせてごめんね、嬉しくて。どこまでもついてきて。私とあなたは一心同体よ!」


「パ、パノン様ぁ。いいにおいがしますぅ」


「あら、香水なんて振ってないんだけど……。そんなことより、婚約破棄よ。ヴェルメリオ様には、もっと失礼な態度をとらないと。良心の痛みに負けていられないわ!」


「大丈夫です、パノン様。失恋で相手を傷つけてしまうことは美女の宿命! ヴェルメリオ様が失恋に泣くことになっても、それはパノン様のせいではありません。運命なのです」


 なぜかもう既に泣かせてしまって、それで眠れないほどの罪悪感を抱えているわけだけど、怯んでいる場合ではない。


 フィオルの激励に頷いて、私はドアに向かった。


「いざ、朝食! ヴェルメリオ様を嫌な女だと失望させてやるわ!」


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