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07 目指せ婚約破棄! 手に入れろ自由!

「ヴェル。そんな落ち込んでても仕方ないでしょ。しっかりしなよ」


 椅子に腰掛け、抱えた膝に額をくっつけた俺の真っ暗な視界が、肩を掴んでくるロキにぐらぐら揺らされる。

 ロキに慰められても、俺はまだ顔を上げる元気すら湧かない。


 つい先程、長い間再会を望み続けてきた少女と再会した。

 だというのに……。


「スノウが俺を覚えていないなんて……。そんなことがあっていいのか」


「あのさ、普通は覚えてないよ。前世の記憶なんて」


 ロキの言うとおりだ。

 わかってはいる。

 わかってはいるが、悲しくて仕方が無かった。


 スノウ。

 彼女は約300年前に生きていた、俺の一番大切な女の子だ。


 里を守る神子という生まれもあってか全体的に儚げな印象はあったが、スノウはとても活発な少女だった。

 そんなやんちゃ娘だったスノウの教育係を務めていたのが前世の俺だ。


 幼い頃から知った仲だった俺とスノウは、やがて恋仲になった。

 だが、その関係が続いたのはたった1年の間だけのこと。


 スノウが神子としての役割を果たし、里を守るために16歳にしてその命を散らしたからだ。


 スノウのお陰で、里は当時の『魔王の目覚め』による魔物の群勢による襲撃から守られた。

 だが、彼女がいなくなった里は、俺にとってはからっぽも同然だった。


 俺は絶望しながらも、53歳で寿命が尽きるまで神と共に里を守り続けた。

 それは、俺の命がスノウによって救われたものだったからだ。

 

 俺たちが住んでいた里の神は、生涯に一度だけ人間の願いを叶えてくれる。

 スノウは幼い頃、不治の病を(わずら)った俺を救うために、その願いを使ってしまったのだ。


 俺は、スノウに会いたかった。

 もう一度、どうしても会いたかった。


 会って、今度こそふたりの寿命が尽きるその時まで、彼女を大切にして過ごしたかった。

 だから、前世の俺は死に際に神に願った。


「ロキ。俺は願ったよな。『生まれ変わったら、もう一度スノウに会いたい』と」


「うん、願ったよ。だから叶えてあげたよね」


「スノウは忘れているんだぞ? これは、もう一度会えたと言える状況なのか?」


 ゆらりと恨めしげに顔をあげると、ロキは笑っているとも困っているとも言えない表情でこちらを見ていた。


 この胡散臭さの塊みたいなロキこそが、俺たちが住んでいた里の神だった男だ。


 里は俺が死んでしばらく後に滅んだらしい。

 里の信仰を失ったロキは、今や神ではない。


 残された長い命を、ただ暇つぶしをして生きている男だ。

 そんなロキは俺がヴェルメリオとして今世に生まれたときから傍にいる。


 乳母の子として俺の遊び相手となり、今は俺の執事を務めているロキだが、もちろんそんな経歴はすべて嘘だ。

 神としての最期の力を振り絞ってまで、歴史を塗り替えて俺の傍にこいつはいた。


 そのことを思い出したのは、スノウがパノンとしてこの世に誕生したときだ。

 ロキが神であったことを思い出し、詰め寄った当時6歳の俺にロキは言った。


 『この国にスノウが誕生したことは間違いないよ。いつかは再会できる。でも、それがいつかはわからない。願いに時期の指定はなかったからね』


「ロキ。俺が力を磨き上げ、この国を守り抜いてきたのは、すべてどこかで生きているだろうスノウのためだった。いつか再会できることを夢見ていたからだ。

だというのに、あちらが覚えていないという再会の仕方はありなのか? これは再会したとは言えないだろう?」


 ロキの笑顔もさすがに崩れてきた。

 情けない声で責め続けられて、ロキも困っていることだろう。

 だが、責めることをやめられなかった。


 ロキは前世から変わらない童顔を歪める。


「僕だって願いをどういう形で叶えられるのかまで選べるほど力の強い神なら、そうしてたよ? けど、そこまで出来るほど僕の力は強くなかった。

悲しんでるのが君だけだと思わないでほしいね。僕もずっと、スノウに会いたかったんだから」


 ロキが珍しく眉を寄せて視線を落とす。

 

 ロキは神子だったスノウを我が子のようにかわいがっていた。

 スノウに覚えていてもらえなかったことを悲しむ気持ちは、ロキも一緒だろう。


 自分のことで頭がいっぱいになっていた自分が、途端に恥ずかしくなる。

 情けなく、視野の狭い自分が嫌になった。


「……悪かった」


「いいよ。一番辛いのがヴェルなことは間違いないよ」


「パノンはスノウだった頃のことを思い出す可能性は、もうないのか?」


「どうかな。里の神子は代々過去見の力を持ってたんだけどね。スノウの生まれ変わりのパノンなら、僕らを見て思い出してくれるんじゃないかって、正直期待はしてたよ? でもまったく、そんな(きざ)しは無いね」


 うーんと唸ったロキは、いたずらっぽく小首を傾げる。


「パノンがヴェルの婚約者として来てくれたっていうだけでも十分な奇跡だからね。まずはその奇跡に感謝した方がいいのかもしれない。そう何度も奇跡は起こらないだろうから、あまり期待はしない方がいい」


「……その婚約も破棄したいと言われているんだが? しかも、好きな男がいるとか言っていたぞ」


 話していたら腹が立ってきた。

 こちとら50年以上スノウのことを思ってきたというのに。

 どこのどいつだ、俺のスノウをたぶらかしているのは。


 イライラする俺に、ロキは呆れたように肩をすくめる。


「まあ、当然の結果だよね。『スノウじゃないと結婚したくない! お出迎えもしたくない!』ってわがまま言って、部屋から出てこなかったんだから。印象は最悪でしょうよ」


「うっ、それは……。まさかスノウの生まれ変わりが婚約者として来るだなんて、思わないだろう」


「誰にでも分け隔て無く親切な男の方がモテるんじゃないの? 前世の頃から言ってるけど、ヴェルはコミュ障を直した方がいいね」


 ロキが前世で子どものようにかわいがっていたのは、スノウだけではない。

 スノウの教育係だった俺も、ロキにとてもかわいがってもらった。


 前世では親のように俺たちをしつけてくれたロキに、今でも頭が上がらない。 

 ズバッと言われた一言に、何も言い返すことはできなかった。


「まあ、スノウに思い出してもらえることはあまり期待しない方がいいね。今のヴェルメリオ・ロッソ・クロムズとして、パノン・ジマ・ゼメスタンを愛して、愛されるように努力するしか道は無いでしょ」


「……俺に、できるのか?」


 前世で生きた53年間。

 俺はずっとスノウに恋をしていた。

 現世での23年も、もちろんスノウに思いを馳せていたのだ。


 女を口説いたことなんて一度もない俺が、何も覚えていないスノウ……いや、パノンと恋愛なんてできるのか。

 不安しかない俺に、ロキは後光の射すようなぴっかりとした笑みを浮かべた。


「やるしかないぞ、ヴェルメリオ様」

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