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06 目指せ婚約破棄! 手に入れろ自由!

 

 稲光に照らされたヴェルメリオ様の影が濃くなる。


 強ばった表情をしたヴェルメリオ様は怒っているように見えて、心の底から怖かった。

 でも絶対に、婚約破棄はしてもらいたい。


 雷鳴の(とどろ)く中。

 恐怖に負けずに私はヴェルメリオ様に食い下がった。


「どうしてですの? わたくしには好きな人がいるんですのよ? 伯爵令嬢であるわたくしから、公爵であるあなたに一方的に婚約破棄をたたきつけることはできませんの。だから、こうして頼んでいますのに」


「わかっている。だが、断ると言った」


 眉間に深いしわを刻んでヴェルメリオ様が言う。


 彼の声音は怒っているように聞こえたのではない。

 今度こそ間違いなく怒っていた。


 勇気を絞りきった心が小さくなるのがわかる。

 力んでいた肩から力が抜けてしまって、次に出た声はひどく弱々しいものになってしまった。


「なんで? あなたはわたくしみたいな女と結婚したいとおっしゃるんですの?」


「ああ、そうだ」


 こんな礼儀もなっていない、他に好きな男がいるなんて言う女と結婚したくないでしょうという意味で言った。

 けどヴェルメリオ様は、想定外にもあっさりと頷いた。


 ぎょっとしてしまうと、ヴェルメリオ様は拗ねた子どものように表情を歪める。

 目を伏せ、唇を僅かに尖らせる姿は『緋色の悪魔』という二つ名が似合わないにも程があった。


 ヴェルメリオ様は婚約者を歓迎しなかった。

 なのに、私と目が合った瞬間に泣いた。

 「はじめまして」と言われてショックを受けて、婚約破棄を要求されて拗ねている。

 極めつけには、私と結婚したい……?


 まさか。ねえ?


 婚約破棄したいと望む私にとって、最も恐ろしい仮定が頭に浮かぶ。

 その仮定を脳内で否定していると、ヴェルメリオ様が訊ねてきた。


「好きな人とは誰だ? どんな奴なんだ?」


「へ? え、と。かっこいいんですのよ。すてきで、優しい」


 私の生活に、恋愛という余暇(よか)はなかった。

 好きな人なんて本当はできたこともない。


 適当にそれっぽい特徴を並べると、ヴェルメリオ様は更に眉間のしわを深めた。


「名は?」


「い、言えませんのよ!」


「何故だ?」


「えっと、彼が大事だからですの」


 苦し紛れに言った言葉に、ヴェルメリオ様の不機嫌さは倍増する。


 ゾッとしない仮定が、真実味を帯び始めた。

 まさか。本当にヴェルメリオ様は私のことを……?


 拗ねた目で見つめてくるヴェルメリオ様を見つめ返す。


 ヴェルメリオ様が自分をどう思っていようとも、私は婚約破棄して自由になりたい。

 その決意は変わらない。


 意思を込めてヴェルメリオ様を見つめていると、彼は僅かに頬を赤らめた。


「……あまり、見るな」


「あなたが見てくるからじゃないですの」


「ッとにかく、婚約破棄はしない! 絶対にだ」


 一方的に告げると同時に、ヴェルメリオ様はソファーから立ち上がる。


 乱暴な仕草で扉に手をかけたヴェルメリオ様は、最後にこちらを振り返る。

 鬼のような形相をしているかと思ったのに、その表情は捨てられた子犬のようだった。


「……パノンに会えて嬉しかった。俺はな」


 今までからは想像もつかないようなか細い声で言って、ヴェルメリオ様は出て行く。

 しょんぼり丸まった背中が、かわいそうに思えるほどだった。


 直後に飛び込んできたのはフィオルだ。


 廊下で待機していたらしいフィオルは、ソファーに座っている私の足にすがりついて涙目で見上げてきた。


「パパパパ、パノン様ぁ! 大丈夫でしたか!? 婚約破棄できましたか!?」


 小声ながらも勢いよく訊ねてくるフィオルに、眉をさげて(うな)る。


「うーん、思っていた以上に難しいかもしれないわ」


「だ、だめだったんですかぁ?」


「ええ。なぜかわからないけど、ヴェルメリオ様は私をどこかで見たことがあるのかもしれないわ。それでね、私の自惚れじゃなければ……、私に惚れてるっぽいのよね」


 思わず困り顔でへにゃっと笑ってしまう。

 こんな状況、笑うしかない。

 

 フィオルは私の笑顔に凍り付いた直後、ぶわっとオレンジの瞳に涙を浮かべた。


「そんなぁ。難易度激高じゃないですかぁああ!」


 私の(もも)に額を押しつけて泣くフィオルの頭を撫でる。

 泣きたいのは、私も同じ気持ちだった。


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