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来世でも愛してる


「まあこんなに美しい人がこの世にいるだなんて、びっくりだわ」


「ウェディングドレスは女を一番綺麗に見せる服だけど、パノン様が着ると本当に聖女様のような神々しさね」


「そうでしょうそうでしょう! パノン様は、誰よりもお美しい花嫁なんです!」


 興奮するフィオルと感心しているご婦人方。


 姿見に映っているのは、完璧に仕上がったウェディングドレスに身を包んだ私の姿だった。


 ふんだんに布が使われた豪華なドレスには、フィオルがこだわっていた花の刺繍が入っている。

 美しいドレスに心が躍ったけど、何よりも領民たちが心を込めてつくってくれたことが私にとっては嬉しかった。


「パノン様っ。お気を付けくださいね。ヴェルメリオ様がそのお姿を見たら、気を失ってしまうかもしれません」


「相変わらずフィオルはお世辞が上手ね。大丈夫よ」


 相変わらず優秀な侍女の褒め言葉にくすくす笑っていると、ドアがたたかれる。


 結婚式前に一度ウェディングドレス姿を見ておきたいとヴェルメリオ様は言っていた。

 ちょうど約束の時間だ。


 「ふたりの邪魔をしちゃいけないから」と開けたドアからそそくさとご婦人方が去って行く。

 ドアを開けていたフィオルはヴェルメリオ様に入るように声をかけて、自分もひらひらと手を振って廊下へと出て行った。


 式前にふたりきりにしてくれようというフィオルの心遣いに思わず笑みがこぼれてしまう。


 ヴェルメリオ様は、私のウェディングドレス姿を見てなんと言うだろう。

 「綺麗だ」と褒めてほしいと以前お願いしたことがあったけど、ちゃんと言ってくれるだろうか。


 ドキドキしながら待っていると、ヴェルメリオ様は慎重に部屋の中に入ってきた。

 

 俯きがちに入ってきたヴェルメリオ様は濃紺色のタキシード姿だ。

 かっこいい姿に鼓動が早さを増す。


 ゆっくりともったいつけるように顔をあげたヴェルメリオ様と目が合う。


 その瞬間、ヴェルメリオ様は呆然とした表情を変えることなく、一粒の涙を流した。


 それは初めてヴェルメリオ様に出会ったときを思わせる涙だった。

 絵画のように美しいその涙を見ていると、私まで泣けてきてしまう。


 せっかくメイクをしてもらったのに、フィオルにはもう一度やり直してもらわなければいけないかもしれない。


「っ……パノン、綺麗だ」


 喉を詰まらせながらヴェルメリオ様は笑顔で言う。


 私は「ありがとうございます」と涙声で答えた。


 歩み寄ってきたヴェルメリオ様が私の身体をかき抱く。

 このまま一生離れたくないと願ってしまった。


「キスしたい」


 ヴェルメリオ様の声が耳元で聞こえる。


 式はもうすぐだ。

 あともう少しで大勢の人前でキスするというのに、せっかちな話だ。


 でも、私はこのときヴェルメリオ様と同じ気持ちだった。


「私も、です」


 顔をあげると、愛しげに微笑むヴェルメリオ様が私の頬を撫でる。

 涙に潤んだ緋色の瞳は吸い込まれそうなほどに綺麗だった。


 唇と唇が重なる。


 ヴェルメリオ様の頬を伝った涙が私の頬にポタポタと落ちてきた。


「愛してる。来世、記憶がなくても俺はきっとパノンを愛してるよ」


 教会の鐘が鳴る。


 結婚式当日であることを人々に知らせるための鐘だ。


 前世から続く愛は今日ここからまた幸せを紡ぎ始めた。


 ▽▽▽


「うーん、わかりました。これは戦時中につくられたものですね。量産品だったので、価値はあまり高くないかと」


「そんなぁ。じゃあ、こっちは?」


 『緋色の悪魔』と呼ばれた公爵が『目覚めの聖女』と婚姻した恋物語の時代から数百年。


 私は生まれ変わって、新しい名前になっていた。

 それでも世界には魔物がいて、冒険者がいて、鑑定士という仕事がある。


 鑑定士の試験を前世で突破し、女性の社会進出の先駆けとなった過去がある私にとって、現世で鑑定士試験を突破することは難しいことではなかった。


 次から次へと冒険の途中で拾ってきたガラクタを見せてくる冒険者の品をギフトと知識を使って鑑定し、ようやく一息をつく。


 お茶を持ってきてくれたのは、助手のロキだ。


「よかったね、これは絶対価値あるものだー! とか言ってごねる客じゃなくて」


「見事にガラクタばかりだったものね。本当によかったわ。お茶ありがとう」


 ロキに宿った神の力は、もうほぼ無に等しいものになっていた。

 「そろそろ寿命かなぁ」なんて言っているけど、ロキはずっと美少年みたいな見た目のままだからあまり実感がない。


 お茶をひとくち頂いて、ドアに目を向ける。


 この鑑定屋を構えてからというもの、私はドアが開く度に期待している。

 生まれ変わったヴェルメリオ様がそのドアを開けて入ってきてくれるのではないかと。


 ずっとずっと待ち望んでいる瞬間。

 ――それは唐突に訪れた。


 ドアにぶら下げていたベルが鳴る。


 ドアの隙間から顔を覗かせたのは、私より年若い顔の整った男の子だった。


 一目見た瞬間、わかった。

 わかってしまった。


 あなただと。


「元気だった?」


 青年がとまどっている。


 ああ、今私ははじめてヴェルメリオ様の気持ちを理解している。

 待ちわびた人に再会したとき、その人が健やかに幸せに生きていたことをまず確かめてしまいたくなるものなのだ。


 初対面で微笑みながら涙を流す私に戸惑う青年を店へと招き入れた。


《終》

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