12 幸せをめざして
一張羅だったドレスはもうない。
マウラ様からもらったドレスに袖を通す気にはもうなれない。
帰った私はワンピースを身にまとった。
「あたしが不甲斐ないばっかりに!」と泣くフィオルをなだめて、私はバラバラに切られた髪を整えて、今の私にできる最高に美しい姿となった。
それは私がヴェルメリオ様の隣に立つにふさわしい女なのだということを、マウラ様に見せつけるための武装だった。
寝込んでいたマウラ様が目覚めたとロキが報告をしに来てくれたのは、さっきのこと。
その瞬間を今か今かと待ち望んでいた私はヴェルメリオ様と共に玄関ホールでマウラ様の登場を待っていた。
玄関ホールの大階段。
そこをゆっくり降りてきたマウラ様は、中央の踊り場で可憐にお辞儀をした。
「ヴェルメリオ様、この度はお世話になりました。父の粗相がわたくしは許せません。わたくしを思ってこその所業だとわかってはおりますが、パノンを人さらいに売るだなんてとんでもないことですわ」
瞳を潤ませるマウラ様はシナリオを書き換えたらしい。
この事件はすべてゼメスタン伯が考えたこと。
そんな無理なシナリオを私が許容するはずがない。
「ああ、パノン。あなたが無事でよかったわ。とっても心配していたの」
マウラ様が階段を降りてくる。
天使のような微笑みで私の手を取り、無事を確かめるマウラ様。
休憩して魔力を回復していた私がギフトを使ってマウラ様の過去を覗くことは簡単なことだった。
「マウラ様。あなたはゼメスタン伯爵家の宝石と呼ばれていましたね」
「ええ。ありがたいことにね。でも、急にどうしたの?」
「その宝石がどれほど血塗られたものなのかを知って、驚いているんです」
マウラ様は「なんのこと?」とかわいらしい顔を不安そうに歪める。
『緋色の悪魔』の妻にふさわしい冷徹な表情で私は淡々と告げた。
「マウラ様は手に入れたいと思った男性に恋人や婚約者がいた時に、今回と同じように私兵を使って抹殺してきたのですね。欲しい宝石があり、お金が足りなければ怪しげな商人と手を組んでお金を儲けていた」
「……ひどい言いがかりだわ。わたくしはそんなひどいことを思いつきもしなかったもの」
「ではゼメスタン伯爵家の裏庭を掘り返してみましょう。そこには多くの無残な死体が埋まっているはずです」
マウラ様の目が見開かれる。
「どうして」と口には出さずとも、その表情が語ってしまっていた。
今話したことはすべてギフトで見たマウラ様の血塗られた過去。
事実を言い当てられて、マウラ様の嘘の仮面ははがれてしまった。
「ゼメスタン伯爵家の裏庭だな。王国騎士に伝えよう。捜査してくれるはずだ」
「ま、待って!」
ヴェルメリオ様が淡々と告げる言葉にマウラ様は真っ青になる。
震える唇でマウラ様はこの期に及んで言い逃れを口にした。
「それは、それはすべて父がやったことなの。わたくしは、それを知ってはいましたわ。ですが、言い出すことができず……」
「もう言い逃れはできませんよ、マウラ様。私から大切な者を奪おうとしたあなたが罰を受けずに逃れるというのであれば、『緋色の悪魔』の妻として恥じない罰を私があなたに与えます」
脅しとしては十分だっただろう。
マウラ様は泡でも吹きそうな表情で崩れ落ちた。
ヴェルメリオ様の指示でやってきた騎士がマウラ様を取り押さえる。
俯いて連れて行かれるマウラ様は、私が憧れた姿ではもうなかった。
「終わりましたね……」
「ああ。がんばったな」
引きずられるように連れて行かれるマウラ様の姿が見えなくなる。
育った家が重ねていた数々の悪行に呆然とする気持ちやそれに全く気づいていなかった自分の鈍さを呪う気持ちもある。
でも今はこの解放された喜びに身を委ねていたかった。
「これで後は私たちが幸せになるだけですね」
脱力して笑うと、ヴェルメリオ様も同じような笑みを浮かべる。
「苦しみを乗り越え、手に入れた幸せなんだ。誰よりも幸せになろう」




