10 7幸せをめざして
捜索に協力しろと言ったところ、ゼメスタン伯は意外な程にあっさりと協力してくれた。
「絶縁したとはいえ、長年育ててきた娘ですからね」と張り切る姿には違和感がある。
なんて言ったってこのゼメスタン伯はパノンを全く可愛がらずに、屋敷に閉じ込めてきた男だ。
これは何かボロを出す。
その確信は、すぐに実現した。
「ヴェルメリオ団長! ゼメスタン伯が捜索していた部隊が街道で壊れた馬車を発見したそうです!」
騎士が伝令をしに来たのは、もう夜も更けた時間。
時間がないのではないかと焦る気持ちを抑えて、俺は報告を受けた場所へと向かった。
「クロムズ公爵! こちらですよ!」
もったりした身体を大きく使って、街道で両手を振るゼメスタン伯が見える。
カンテラを片手に馬車から降り、ゼメスタン伯に案内をさせると確かに街道脇に壊れた幌馬車があった。
木に追突した様子の幌馬車はひしゃげてしまっている。
よく見ようと足を踏み出して、カンテラが照らし出したものに一瞬呼吸を忘れた。
「……これはパノンの髪、か?」
この国では珍しい桃色がかった金髪の髪が大量に幌馬車の周りにまかれている。
髪と一緒に落ちているのは緋色の布の切れ端だ。
かがんでその布を拾い上げると、溶岩のような怒りがこみ上げた。
緋色の布の切れ端は間違いなくパノンのドレスの布だ。
初めて手に入れた報酬で、パノン自身が購入したドレス。
「緋色にしてみたんですが……、ちょっと恥ずかしいです」と照れるパノンを思い切り抱きしめたら、照れながらもパノンは俺の背に腕を回してくれた。
「パノンは、もう助からないのかもしれません……!」
「うう!」とゼメスタン伯が背後で嗚咽を漏らす。
ゆらりと立ち上がった俺は、振り向きざまにこの男を斬らなかったことを褒められて良いはずだ。
それでも宿してしまった殺気を隠すことはしない。
下手な鳴き真似をしていたゼメスタン伯は「ひっ」と喉を鳴らした。
「ゼメスタン伯。あなたは娘にもう少し演技力を習った方がいい。そんな芝居で俺が騙されると思うか?」
「な、なんのことですかっ。この髪も布もパノンのもので間違いないでしょう。あの子はきっと、もう……!」
「死体を見ない限り、俺はパノンの生存を信じ続ける。ゼメスタン伯、あなたはどうしてどうでもいい養子のために嬉々として捜索の協力に応じたんだ? しかもこんな辺鄙な場所にある壊れた幌馬車をよく簡単に見つけられたものだ」
街道沿いとはいえ、この場所はゼメスタン伯爵領に行くルートからは若干外れている。
こんな場所にある幌馬車を短時間で見つけられることは不自然だ。
「ゼメスタン伯。俺は公爵である以上は、公爵として領地を適切に治めようと努めてきた。だが、領地を治められる者など他にもいる。パノンの夫になれる者は俺しかいないんだ。俺は公爵としての地位に執着はない。――つまり俺は、パノンのためならばこの手を血に染めることくらい簡単なことだ」
這うような低い声で言いながら、俺は剣の柄に手をかける。
「ひいい!」と情けない声をあげたゼメスタン伯は腰を抜かして倒れ込んだ。
剣の柄に手をかけたまま、俺はゼメスタン伯を鋭い視線で見下ろした。
「罰は与える。だが生きていたいのならば、パノンの居場所を今すぐに吐け」




