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09 幸せをめざして


「っ……」


 気がつくと、縛られて幌馬車に乗せられていた。


 堅い床に寝させられていたことと薬を嗅がされたことによって、全身と頭が痛い。


 ぐらぐらする視界がようやくクリアになると、馬車には私を襲撃した何者かが乗っていた。

 真っ黒な衣装を身にまとい、顔には仮面をつけている姿は不気味だ。


 ゾッとしてその何者かから距離を取ろうと動こうとして、動けないことに気がつく。

 手足が縛られていた。


「お目覚めですか、パノン様。手荒なまねをしてすみませんね」


 ガタガタと揺れる馬車の音に混ざって、掠れた男の声がする。

 仮面の男は不気味な声をしていた。


「あなたは……ゼメスタン伯の私兵なの?」


「ええ。貴族社会は物騒でね。ゼメスタン伯はその地位を守り、マウラ様の希望を叶えるためになんでもやってこられたお方です。その“なんでも”の中でも危険な仕事を担ってきたのが、オレらなんですわ」


 しゃべり方のイントネーションからして、この男は貴族階級や貴族社会で働く使用人ではない。

 本当に荒くれ者なのだろうという粗雑な響きを持った言葉に、自分が育った家の恐ろしさを実感した。


「私は、これからどうなるの……?」


 奥歯が鳴りそうになるのをこらえて、できる限り気丈に振る舞う。


 ここで泣いて叫んで恐怖するなんて情けない姿を晒すのは、ヴェルメリオ様の妻としてふさわしい姿ではない。


 マウラ様の思い通りになんかさせない。

 絶対に逃げ切ってやる。

 力強い思いを滲ませる私に、仮面の男は「ああ」と言って淡々と残酷なことを告げた。


「ゼメスタン伯爵領まで連れ帰って殺させてもらいますよ。他の領地で殺すと死体の扱いとか面倒なんでね。それにゼメスタン伯爵領まで戻れば臓器を買い取ってくれる商人がいる。そうそう、あんたみたいな綺麗な顔した女の首だったら高く売れるだろうな。世の中にはそういうコレクターがいるんだよ」


 恐怖で喉が震えた。

 顔は嫌悪に歪めたけど、もうこれ以上強がることはできない。


 今ここはどこなのだろう。

 自分はどれくらい眠ってしまっていたのだろう。


 ゼメスタン伯爵領まであとどのくらいで着いてしまうの?


 助けを呼ばなければ私は間違いなく殺される。

 どんなに喉が震えていようとも、大声をあげなくては。


 そう覚悟して口を開いた瞬間、仮面の男が立ち上がって私の首にリング状の何かをつけた。


「これ、は……?」


「これ着けると魔力が垂れ流し状態になるんだよ。魔力が枯渇して死んだ身体ってマジで綺麗なまんまなの。まあ割と苦しむけど、今は眠らせてあげるから安心しな」


 あのとき押しつけられた布らしきものを男が懐から取り出す。


 今意識を失えば、本当に助からないかもしれない。

 その恐怖から「いや、いや」と私は這うようにして後ずさる。


 でも、そんな抵抗で男がやめてくれるはずがなかった。


「だーいじょうぶ。死に際見たいから、ちゃんと起こしてあげるって。ちょっと馬車乗り換えるから寝てな。おやすみ」


 口元に布が当てられる。

 足をばたつかせて抵抗したけど甘い香りがしたら、もう私は意識を保っていることはできなかった。


 ヴェルメリオ様。

 ヴェルメリオ様に会いたい。

 もうヴェルメリオ様に私が死んでしまうかもしれないなんて不安を味合わせたくはないのに。


「ごめ、なさ……ヴェルメりお……さま」

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