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08 幸せをめざして


「どうなっているんだ……!」


 パノンが何者かに連れさらわれた。

 その報告を受けたのはしょぼくれるゼメスタン伯を馬車に乗せて追い返してすぐのことだった。


 報告をしに来たフィオルの顔面は蒼白。

 混乱するフィオルを落ち着かせた上で聞き出せた情報は少なかった。


 襲撃直前にマウラが紅茶を飲んで倒れたこと。

 パノンを襲撃した犯人の顔は覆われていてわからなかったこと。

 襲撃者はパノンを連れて、中庭の木を上り、外壁の向こう側へと飛ぶように去って行ってしまったこと。


 今の状況から、パノンを狙うことが考えられるのはゼメスタン伯かマウラしかいない。

 だがマウラが紅茶の毒で倒れているということが不自然だ。


「パノンの紅茶には毒物は入ってなかった。紅茶を入れたのはフィオルだから、冷静に考えたらフィオルがパノンをいじめたマウラをやっつけてやろうって思ったって線もあるけど、さらわれてるのがパノンなんだからわかんないよね」


 寝込んでいるマウラの横で俺はロキと共に頭を抱える。


 結婚式間際に花嫁を連れ去られる騎士団長なんていてたまるものか。

 

 パノンがマウラとふたりきりで話すと言っていた時から違和感はあった。

 だが、ここはクロムズ城内。

 何かあればすぐに対処できると思っていたその油断がいけなかった。


 現在は騎士団が捜索中。

 フィオルも「街を探させてください」と泣きながら懇願してきたため、深追いだけはしないようにと言いつけて送り出した。

 あれだけ敬愛している主君が目の前でさらわれたのだ。

 フィオルがじっとしていられるはずもない。


 俺だってマウラが目覚めたときの事情聴取さえなければ、今すぐにここを飛び出している。


「うっ」


 今か今かと待っていたマウラの目覚めがやってきたらしい。

 青白い顔をしたマウラは、長いまつげを震わせて目を開ける。


 ガバッと身体を起こしたマウラは周囲を見渡してから俺を見上げた。


「パノンは!? パノンはどうしましたの!?」


「それはこっちの台詞だ。パノンをどこへやった」


 貴族令嬢に対する態度なんて忘れた。

 容疑者に詰め寄る口調で問いかけると、マウラはわかりやすく怯える。

 男に媚びるような目に涙をためて、首をふるふる横に振った。


「どうして、わたくしに聞かれるのです? わたくしは紅茶を飲んだら意識を失ってしまって……。意識を失う直前にパノンが何者かに連れ去られていくところが見えたのです」


「なぜマウラ様の紅茶にだけ毒が混入していたのか、心当たりはございますか?」


 苛立つ俺の前に進み出たロキが冷静なよそ行き口調で問いかける。


 ロキの優しい声で少し落ち着きを取り戻したのか、マウラは青い顔のまま「そういえば」と呟いた。


「不審者は男性だったような気がしますの。パノンのことを敬称をつけずに呼んでいましたし、パノンも喜んで身を預けているように見えましたわ」


「パノン様の侍女は布で薬を嗅がされたように見えたと言っていたのですが?」


「わたくしは一番近くで見ていたのですからわかります。布で口元を隠して、何やらふたりで囁き合っているように見えましたの」


 憂いげな表情で、こちらを気遣うかのようにマウラはサラサラと言葉を紡ぐ。


 俺のはらわたはもう既に煮えくり返っていた。


「……それはつまり、パノンは俺以外の男と駆け落ちをしたと言いたいのか?」


「残念ですけれど、その可能性はあるのかもしれません」


 怒りを抑えた低い声で訊ねると、マウラは気遣うように小さく頷く。

 それから青い瞳に大粒の涙をためて、わっと泣き出した。


「申し訳ございません、ヴェルメリオ様。絶縁がなったとはいえ、あの子は気持ちの上ではわたくしの妹です。責任を持ってわたくしがヴェルメリオ様の妻となることも(いと)いませんわ」


 涙ながらに語るマウラの言葉に、狙いはそれだったのかと納得する。


 マウラの演技は見事なものだ。

 俺がパノンからの愛を欠片でも疑っていたのならば、この演技に騙されていたかもしれない。


 だが、それは俺がパノンからの愛を欠片でも疑っていた場合の話だ。


 俺はパノンからの愛を疑ったことはない。

 恥ずかしそうにしながらも俺のハグを受け入れて、「大好き」と言ったパノンの言葉が嘘なはずがない。


 パノンが生涯で愛した男は俺ひとりなのだ。

 これまでも、これからも、それは変わらない事実だ。


 パノンをさらったのはマウラの手の者で間違いない。

 そうとわかれば、こちらも一芝居を打つ。


「マウラ様。取り乱してしまい、無礼な態度をとってしまいました。申し訳ありません。体調も優れないでしょうから、今夜はここにお泊まりください」


「……ヴェルメリオ様。あまり気を落とされないでくださいね」


 眉を下げて思いやり深そうな表情をしているマウラに虫唾が走る。

 それでも俺は悲しげな表情をつくって一礼してから部屋を出た。


 共に廊下へと出てきたロキを振り返る。

 ロキも黒幕が誰かはもう気づいている様子だった。


「僕はマウラがどこにも行かないように見張ってた方がいいね?」


「欲しいもののためなら毒でも飲む女だ。しばらくは動けないだろうが、何をするかわからない。どこからも逃げないように見張っていてくれ」


「ヴェルはどうする?」


「ゼメスタン伯を呼びつけて、捜索を手伝わせる。マウラが誘拐を指示できる相手だ。ゼメスタン伯の私兵の可能性が高いだろう。パノンの居場所を知っている可能性が高い」


 それに絶縁が成るまでの会話から見るに、マウラよりもゼメスタン伯の方が頭は回らなさそうだ。

 ボロを出してくれることを期待して、探した方がいいだろう。


「騎士団にはゼメスタン伯爵領への街道を重点的に捜索しろと早馬を飛ばす。ロキはここを頼んだ」


「御意」


 真剣な表情で頷いたロキを置いて、足早に屋敷を出る。

 目指すはゼメスタン伯が泊まっていると言っていた宿だ。


 愛馬にまたがり、もう日の暮れかけた街へと飛び出した。

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