06 幸せをめざして
「アリオラ男爵は隣国の商家です。一介の商家に過ぎませんでしたが、疫病の際にアリオラ男爵が他国から薬を買い取るために奔走した功績を称えられて男爵の爵位を得たそうです」
「どうしてわかったの……?」
呆然としながら問う。
ロキは調べはじめたときから私の両親に心当たりがある様子だった。
こんなに短時間で調べ上げることができたのは、その心当たりが当たっていたからだろう。
「僕がパノンに与えたものはなんだった? ほとんど力はなくなってるけど、本気を出せば過去をのぞき見ることくらいできるよ」
ロキは口調を崩していたずらっぽく笑う。
ロキが私に与えたギフトは過去見の力。
ロキの神としての力が同一のものだということを今まで考えたことがなかった。
気がついていなかったけど、ロキは私の過去を見て両親の記憶を探し当ててくれていたのだ。
そして、その記憶で見た映像を頼りにアリオラ男爵を見つけてくれた。
「アリオラ男爵夫妻はゼメスタン伯爵領の近くに別荘を持っていました。その別荘に行く途中で夜盗に襲われ、夫妻は死亡。子は居なくなっていましたので、死んだのだろうという記録が騎士団の調査記録に残っています。その子がパノン様だったんでしょう」
言いながらロキが私に写真を渡してくれる。
そっと目を閉じてギフトを使ったのは、もう無意識によるものだった。
驚いているゼメスタン伯とマウラ様の姿が視界から消える。
代わりに目の前に現れたのは、美しい草原の丘に立つお父様とお母様、そして幼い私の姿だった。
「旦那様、撮りますよ!」
微笑みあうふたりにカメラを構えた従者が声をかける。
これはロキから受け取った写真の記憶。
この写真が撮られる瞬間の光景なのだろう。
「パノンも笑って。カメラのあのまあるいところを見るのよ」
お母様に声をかけられて、しゃがんで草をいじっていた幼い私は視線をあげる。
まだ歩き始めたばかりくらいの足取りでよちよちとカメラに向かって歩きはじめた私を、お父様が困り顔で抱き上げた。
「ほうら、じっとしていないとお母様似の美人が映らないぞ」
お父様に話しかけられて、私が声を立てて笑っている。
シャッター音がすると共に、視界は現実へと帰ってきた。
「お父様、お母様……。こんなに幸せそうな顔をなさる方々だったのね」
写真の笑顔を指でなぞる。
私はいつもどこかで誰にも望まれなかった子なのではないかと思ってきた。
そんな不安はこの写真の笑顔を見ればなくなってしまう。
こんなにも私は愛されていた。
お父様とお母様のためにも、私は幸せにならなければいけない。
写真に落としていた視線をあげる。
ゼメスタン伯とマウラ様は、まだ驚いた表情を崩すことなく私を見ていた。
「私の身分はこれで証明されました。私は立派な両親の元に生まれたようです。これでなんの心配もいりませんね」
一般人であろうとなんであろうと、きっとヴェルメリオ様は「問題ない」と言ってくださったはず。
だけど私に流れる血が貴族の血であったということがわかれば、ゼメスタン伯はもう何も言うことはできないだろう。
ゼメスタン伯は悔しげに視線をそらす。
これで私の絶縁は果たされた。
やりきった思いでいるとマウラ様が小さく声をあげる。
マウラ様は可憐な顔でぽろぽろと涙を流していたのだ。
「……お義姉様?」
思わず呼んでしまった私にマウラ様は「ごめんなさい」と小さく首を横に振る。
涙を拭う指先までマウラ様は美しかった。
「パノンのご両親がわかったことが嬉しかったの。よかったわ。パノンはこれで何の心配もなくヴェルメリオ様にお嫁に行けるわね」
「は、い」
マウラ様の殊勝な態度に、ぎこちない返事をしてしまう。
青い瞳を潤ませてマウラ様は私に歩み寄り、そっと私の手を握った。
「これであなたはわたくしの妹ではなくなってしまうのね。寂しいけれど、これは祝福すべきことだわ。最後にふたりきりでお話しさせて。あなたをお祝いしたいの」
想定外の申し出に、思わずヴェルメリオ様を見やる。
ヴェルメリオ様は不審そうな表情をしていたけど、答えは言わない。
私に判断を任せてくれているのだろう。
迷いはしたけどマウラ様の言うとおり、これで妹として話すことは最後になる。
私は意を決して頷くことにした。
「わかりました。庭の四阿でお話ししましょう」
「よかった! 嬉しいわ。パパは先に帰っていて。パノンと話をしたら、わたくしも帰るから」
「わかったよ、マウラ」
ショックを通り越して落ち込んでいる様子のゼメスタン伯はマウラ様の言葉にうなだれるようにして頷く。
マウラ様と四阿へ向かうために部屋を出るとき、ヴェルメリオ様がすれ違いざまに私に言った。
「気をつけるんだぞ」
マウラ様は頭の回る方だ。
最後まで何があるかわからない。
「はい」とヴェルメリオ様にだけ聞こえるように返事をして、マウラ様を四阿へと案内した。




