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05 幸せをめざして


 屋敷の廊下。

 応接室の前で私は深く息を吐いた。


 隣にいるのはヴェルメリオ様。

 ノックをしようと手をあげているのはフィオルだ。


 このドアの向こうにお義姉様とお義父様がいる。

 絶縁状をたたきつけたふたりに会うと思うと、胃どころか心臓まで痛い。


「パノン。――自由になるんだろう?」


 緊張で動けずにいる私にヴェルメリオ様が微笑みかける。


 包み込むようなその表情が私の硬くなっていた身体をほぐしてくれた。


「はい、自由になります。フィオル、ドアを」


「は、はいっ」


 緊張しきった表情のフィオルはドアをノックする。

 中からお義父様の返事が聞こえて心臓が跳ね上がった。


「失礼します」


 先に入ったヴェルメリオ様に続いて応接室に入ると、出迎えのためにソファーから立ち上がったお義姉様とお義父様がいた。


 懐かしくも感じられるふたりの顔を見て、私はできうる限り優雅に微笑む。

 それから練習に練習を重ねたお辞儀(カーテシー)を披露した。


「お久しぶりです。わざわざご足労いただきありがとうございました」


 カーテシーのために視線を下げると深紅のドレスを着た自分の身体が見える。


 そう、私はふたりに会うこの日のためにドレスを用意していた。


 このドレスは私が自分の働きで手に入れた報酬で購入したものだ。

 先日、追憶の煙で助けた冒険者のひとりが礼をしに来てくれたときに「鑑定士がわからないものがある」とこぼしていたものをギフトで見た結果、相当に価値のあるものだと判明。

 冒険者が「命の恩人であり、財布の恩人だ」とたくさんくれた報酬で、自ら購入した。


 初めて自分で買ったドレスの色を深紅にしたのは、私はもうヴェルメリオ様のものだということをふたりに表すため。

 ヴェルメリオ様の色を身にまとっているというだけで、私は強くなれた気がした。


 顔をあげて強気に笑む。

 自信に満ちた笑みを見せる私にお義姉様とお義父様――いえ、マウラ様とゼメスタン伯は衝撃に目を見開いていた。


「まあ、パノン。久しぶりに会えたと思ったら、あなたとっても綺麗になったのね。磨けば光るものなのね」


 先に口を開いたのはマウラ様だった。

 上品に口元を押さえたマウラ様は感想を述べてから、ヴェルメリオ様に向き直った。


「お久しぶりです、クロムズ公爵。パノンがお世話になっております」


「こちらこそ今までパノンをかわいがっていただき、ありがとうございました」


 美しい金髪を揺らして愛らしく挨拶をするマウラ様に対して、ヴェルメリオ様は欠片の笑みも見せない。

 仮面のような無表情で形だけ礼をしたヴェルメリオ様は『緋色の悪魔』としての一面を前面に押し出していた。


「それで本日はどのようなご用件でしょう、ゼメスタン伯。パノンはゼメスタン伯爵家とは絶縁するという書状をお届けしたばかりかと思いますが」


 ヴェルメリオ様が冷徹な声で告げる。

 呆然としていたゼメスタン伯はハッとした様子で私を睨んだ。


「本日は娘に話をしに参りました。絶縁だなんてとんでもないことですよ。クロムズ公爵家と我がゼメスタン伯爵家との繋がりをつくる絶好の機会だというのに、この子は育ててもらった恩を忘れてしまったのかと説得に参りました」


 ヴェルメリオ様が何か言おうと口を開く。

 その前に私は一歩前に踏み出した。


 これは私の決別だ。

 ヴェルメリオ様ばかりを矢面に立たせることは間違っている。


 できる限り凜と胸を張り、私はゼメスタン伯のもったりとした顔を見上げた。


「寝食をご用意していただいた恩は忘れません。本当にありがとうございました。ですが私はその恩はゼメスタン伯爵家に居た間の労働で十分お返ししてきたかと思います」


「……どういう意味だい?」


 不愉快そうにゼメスタン伯が表情を歪める。


 ここまでまっすぐゼメスタン伯の顔を見上げるのは初めてかもしれない。

 こうして向き合ってもらえるのが決別のときだけだなんて皮肉すぎて苦笑が漏れた。


「私はゼメスタン伯爵家の屋敷から出ることを許されず、勉強もさせてもらえず、ただひたすらに家事をさせられる日々を送ってきました。私に愛情と学を与えてくれたのは屋敷の使用人たちです。あなた様から教えて頂いたことはひとつたりともありません」


 ゼメスタン伯の表情が歪む。

 マウラ様が「まあ」と悲しげに眉を下げた。


「もう一度言いますが、私は寝食をご用意して頂いた恩は十分にお返ししてきました。これ以上返す恩はありません。あなた方と親戚付き合いするのも、もうごめんです。先日お届けした書状の通り、私はゼメスタン伯爵家とは縁を切ります」


「愚かな娘だ、パノン」


 この期に及んで私を娘と呼ぶゼメスタン伯に嫌気がさす。

 今まで一度も娘として扱ったことなんてないくせに。


 嫌悪を隠さずにいる私にゼメスタン伯は呪詛を吐くように口を開く。


「王家の血を引くクロムズ公爵とどこの血ともわからないおまえの婚姻など、王家が許すと思うか? おまえの血が汚らわしい血ならどうする? 生まれる子が化け物かもしれない。そんな血を由緒正しい公爵家に持ち込むなど許されない行為なんだよ」


 ヴェルメリオ様は一般人との結婚は何の問題もないと言ってくれた。


 私の不安を揺さぶるようなゼメスタン伯の言い方にも惑わされない。


「ヴェルメリオ様は身分やその身に流れる血で人を差別するようなお方ではありません。侮辱はおやめください」


 ハキハキと告げる私にゼメスタン伯がたじろぐ。


 緊張感に満ちた部屋にノックとほぼ同時の勢いで入ってきたのはロキだった。


「お取り込み中のところ失礼いたします。取り急ぎ皆様にご報告したいことがございます」


 よそ行きの笑顔を貼り付けて登場したロキにヴェルメリオ様が報告を促す。


 書類を手にしたロキは私とヴェルメリオ様、そしてゼメスタン伯とマウラ様の間に立つと「こほん」とひとつ咳払いをして得意げに言った。


「ヴェルメリオ様は確かに身分やその身に流れる血で人を差別するようなお方ではありません。ですが、貴族にはゼメスタン伯のようにお心が狭い方がおられることもまた事実。ですので、パノン様の出生を調べて参りました」


 さらりと馬鹿にされたゼメスタン伯が「なっ」と声をあげたけど、そんなことより全員が私の出生に意識を向けていた。


 物心ついたときには孤児院にいた私は本当は一体どこの誰なのか。

 解明されないと思われていた謎が明かされようとしている。


 緊張感の中、ロキは一枚の写真を撮りだした。

 それは赤ちゃんを抱いた妻とその傍らで支える夫の家族写真。

 微笑む妻の顔が私に似ていて驚いた。


「お父様とお母様……?」


「ええ、そうです。パノン様のご両親はアリオラ男爵夫妻で間違いないでしょう」


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