01 幸せをめざして
クロムズ領で大量の追憶の煙がまき散らされた事件の日から数日後。
私の部屋には大勢の人が忙しなく出入りしていた。
部屋に出入りしているのは女性ばかりで話し声が騒々しい。
その中でも一番喋りまくっているのはフィオルだ。
なにせウェディングドレスの生地を選んでいるのだから、おしゃれ好きなフィオルが興奮しないわけがない。
「刺繍は絶対にこの青い花がいいので、そのことを考えるとこっちの生地が合うと思うんですよ!」
「青い花に何か思い入れがおありなんですか?」
「パノン様とヴェルメリオ様の初デートはお庭だったんです。クロムズ領の魔力で青く光る花の海をヴェルメリオ様はサプライズでパノン様にプレゼントされたんですよ!」
「そんな素敵なことがあったのですね!?」
きゃー! と黄色い声があがる。
両肩に違う生地をそれぞれかけられた私は恥ずかしさを苦笑でごまかした。
こんな状況になっているのは、先日領民が城にやってきたことが発端だった。
人前で仰々しくプロポーズしてしまったがために、私とヴェルメリオ様の正式な婚約はあっという間にクロムズ領に広まった。
領民たちは厚い祝福を送ってくれたけど、中でも強い想いを持ってくれたのは追憶の煙による被害を受けた人たちだ。
『ヴェルメリオ様は魔物から、パノン様は追憶の煙から自分達を救ってくださいました。その恩返しをしたいのです』
そう言って大勢の人が城へとやってきたのは数日前のこと。
恩返しとして追憶の煙による被害を受けた人たちが私にウェディングドレスを贈りたいと言ってくれたのだ。
通常ウェディングドレスは夫側の家が用意するもの。
権力や財力を誇示するために、迎え入れる妻を最高のウェディングドレスで着飾らせてお披露目するのだ。
私としてはヴェルメリオ様にドレスを用意してもらうのも申し訳ないと思っていたのに領民が用意してくれるものを受け取るなんてとんでもないという気持ちだった。
それに何よりヴェルメリオ様の公爵としての面子に関わるだろう。
そんな私の遠慮や心配をよそに、ヴェルメリオ様はあっさりと許可を出してしまった。
『パノンは領民を救うために働いた。その報酬としてドレスを与えられるだけだ。パノンは仕事をしたいと言っていただろう? 立派な仕事を果たしたな』
ヴェルメリオ様がそうやって微笑んで言ったのだから、私は受け入れるしかない。
「お言葉に甘えさせていただきます」と領民たちに頭を下げたところ、大喜びで女性陣が採寸に来て生地選びなどの話を進めているというところだった。
次々に持ってこられる宝石や刺繍の見本、美しい生地。
フィオルや女性たちの意見も聞きながら、ああでもないこうでもないと言っている内にあっという間に時間は過ぎてゆく。
「――それではパノン様。今度は仮縫いしたものを持って参りますので楽しみにしていてくださいね」
「ヴェルメリオ様とお幸せに」
「ありがとうございました」
女性たちにお礼の紅茶を振る舞いお見送りをする頃には、もう日が暮れてしまっていた。
2ヶ月後に控える結婚式までに、ウェディングドレス以外にも準備することがたくさんある。
会場はこの城と決まっているけど装飾案や招待状に席次表の準備、それから食事のメニュー決め。
更に私は淑女としてまともな教育を受けていないから、お辞儀だってもっと練習しなきゃいけないし、社交界に出たことがないから見たこともない来賓の名前も覚えておかなければならない。
やらなければいけないことだらけの現状にため息は出るけど、ヴェルメリオ様と夫婦になれる日が近付いているのだと思うと幸せな気持ちの方が勝った。
「パノン。ご婦人方は帰ってしまったか?」
城門で女性陣をお見送りし、屋敷に戻ろうとしていた私の背に心地よい低音の声がかかる。
振り返ると騎士服を着たヴェルメリオ様が駆けてきたところだった。
「ヴェルメリオ様、お仕事お疲れ様です。みなさん今帰られたところですよ」
「そうか。礼を言いたかったんだが……。それと、パノンのドレス姿も見たかった。ロキが書類をやれと引き留めるから遅くなってしまったな」
しゅんと項垂れるヴェルメリオ様は拗ねた様子でわずかに唇を尖らせている。
端正な顔立ちで子どもっぽい表情をするヴェルメリオ様を見ると、改めて胸がキュンとしてしまった。
「その顔はズルいです」
「何がズルいんだ……」
「こっちの話です。それよりウェディングドレス姿は、ヴェルメリオ様がどんなにお仕事を早く片付けてこらえるようともお見せしませんでしたよ。ロキは正しいです」
「何故だ?」
「結婚式までウェディングドレス姿は秘密に決まってるじゃないですか。控え室で私のドレス姿を見て『綺麗だ』って言ってもらうのが理想です」
「言えるだろうか。涙で言葉に詰まるかもしれん」
くすくす笑い合ったところでハッとする。
これ、めちゃくちゃイチャイチャしてしまっている気がする。
ここは城門前。
門番もいれば、当然フィオルも傍で控えている。
バッとそちらに顔を向けると門番は生ぬるい笑顔でこちらを見ていて、フィオルは孫でも見るような微笑みを浮かべていた。
こんな醜態をいつまでも晒していられない。
真っ赤になってしまった私はヴェルメリオ様を見上げた。
「ヴェ、ヴェルメリオ様! 私そろそろ部屋に引き揚げます。こんなとこで立ち話も恥ずかしいです……」
「相変わらず照れ屋でかわいいな」
かわいいとか言わないで! より赤くなってしまうから!
そんな私の心の叫びは無視して、ヴェルメリオ様は砂糖を溶かしたみたいな笑みを見せた。
「それなら俺が部屋まで送ろう。式に向けての話もしたいところだしな。――悪いが、フィオルは下がらせてもらえるか?」
そこまで言ったところでヴェルメリオ様が一歩歩み寄ってくる。
なんだろうと身構える暇もなく、ヴェルメリオ様は私の耳元に唇を寄せた。
「ふたりきりになりたい」
ぼそっと耳に吹き込まれた低音にぞわっとしてしまう。
これ以上ないくらいに赤くなった私は羞恥心から逃れるためにフィオルに救いを求める。
察しのいいはずのフィオルは私の視線に気がついて、さっと頭を下げた。
「では、あたしはこの辺りで失礼させていただきます。お夕飯の時間になったらお呼び出しに行きますねっ」
にこっと最後にキラキラした笑顔を見せたフィオルはそのまま立ち去ってしまう。
こんなに好きな人と部屋でふたりきりになんかなったら、恥ずかしさで死んじゃうかもしれないんだけど!
焦る私に対して余裕なヴェルメリオ様は私の腕を取る。
そのままエスコートされる体勢にさせられてしまった私は、なにも言えないままヴェルメリオ様と共に自室へと向かった。




