11 前世から愛してる
「――パノン!!」
叫びながら身体を起こす。
眠りすぎた次の日のようなだるさが全身を重くしていたが、そんなことは気にもならなかった。
俺の手を握ったままぐったりと横になっているパノンが隣にいた。
「ヴェル、よかった。目が覚めて」
「よくないだろう! なぜギフトのことを教えた!」
パノンはスノウの時の記憶がない。
ギフトが何のために使われていたものかなんて知りもしなかったはずだ。
そうなるとパノンにその知識を吹き込んだのはロキ以外には考えられない。
かみつくように言う俺に対してロキは冷静だった。
「申し訳なかった。でも間違ったことはしてないと思ってる。ヴェルはこのままだと間違いなく死んでたはずだよ。パノンには目の前で死んでいく愛する人を救う力があった。そのことを隠しておく方が残酷なことだと思ったから教えた」
理屈はわかる。
だが心が追いつかない。
俺の手を握るパノンの手は氷のように冷たい。
「パノン様、ヴェルメリオ様が目覚めましたよ? パノン様も目を覚ましてください……」
冷たいパノンの身体を温めるように毛布をかけた背中をフィオルがさすっている。
それでもパノンの瞼は硬く閉ざされたままだ。
「ロキ。願いを……、俺の願いを叶えてくれ」
「パノンの命を救えるなら僕だって救う。でも僕は元・神だ。命を救うには、力が足りない」
ロキが身体の横で握った拳は真っ白になるほどに力が込められていた。
パノンが死ぬ?
そんなことあっていいはずがない。
俺はまだパノンを幸せにしていない。
これから先、俺はパノンの傍でこの子の無邪気な笑顔を見続けるのだ。
時々怒って、拗ねて、妬いて、そんな気持ちを不器用にぶつけてくるパノンを抱きしめて、生きていくのだ。
だからパノンが死ぬなんてことは許されていいことではない。
「パノン。パノン」
冷たいパノンの身体を抱きしめる。
弱くはあったが、まだパノンは息をしていた。
「愛してると言っただろう。結婚してくれとも言った。今日は約束の日だ。俺の答えは告げたのに、まだパノンの答えを聞いてない。なあ、俺と結婚してくれよ」
大勢の人々が見ている中だというのに、俺は人目もはばからず大粒の涙をこぼしていた。
ぼろぼろに泣きながらパノンの身体をかき抱く。
どうか、どうか。
どうかパノンを救ってください。
すがるような想いで祈っていると、俺の神であるロキがうつむけていた顔をハッとあげた。
「願って、ヴェル」
「パノンを救えるのか……?」
どこか呆然とした表情のロキは力強く頷いた。
「神の力は信仰心と願い。今ここにいる人々は全員パノンに救われた。パノンの生存を今ここに居る全員が望んでる。これだけの願いがあれば、命を救うなんて大きすぎる願いも叶えられる」
パノンが救った人々は俺達の周りを囲うようにして祈りを捧げていた。
「パノン様をお救いください」「命の恩人なんです。奪わないでください」
そんな願いの声が確かに届いていた。
「ロキ。一生に一度の願いだ。『パノンの命を救ってくれ』」
「その願い、叶えるよ」
ロキが静かに頷くと、パノンの身体が白く輝く。
大量の魔力がパノンに注がれていくのがわかる。
空っぽだったパノンの器に魔力が満たされていく。
抱きしめた身体は少しずつ体温を取り戻し、パノンの長いまつげが震えた。
そしてその下の美しい薄紫の瞳が覗く。
「パノン様! よかった、よかったですぅうう!」
フィオルの歓喜の声が響くと、周囲で固唾を吞んで見守っていた人々も歓声をあげた。
喜びと祝福の声に包まれる中、パノンは何度も瞬きをして俺の顔を見上げる。
目が合うと、パノンは一筋の涙を流して微笑んだ。
「会いたかったです、ヴェルメリオ様。どうか私と結婚してください」
たまらない気持ちがこみ上げてくる。
気づけば俺はパノンの唇を奪っていた。
恥ずかしがるかと思ったが、パノンも黙って目を閉じる。
わっと大きくなる歓声の中、そっと唇を離して一瞬のキスを終えるとようやくパノンは頬を真っ赤に染め上げた。
「……人前でのキスは今回と結婚式のときだけに、してください。心臓がドキドキしすぎて、今にも口からこぼれ落ちそうなので」
「善処しよう」
照れ屋なパノンが愛しくてしょうがない。
パノンの小さな身体を抱きしめて、噛み締めるように言った。
「おかえり、パノン」
「それはこちらの台詞ですよ。おかえりなさい、ヴェルメリオ様」
追憶の煙による被害から人々を救ったパノンの噂はあっという間に広がった。
その噂のおまけのように、俺とパノンの正式な婚約の話も民へと広がっていった。
誰かに会えば「おめでとうございます」と祝福される日々がはじまったが、俺とパノンには課題が残されていた。
2ヶ月後に控えた結婚式という大きな課題だ。




