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04 目指せ婚約破棄! 手に入れろ自由!


 ヴェルメリオ様が治めるクロムズ公爵領は、普段から魔物が活発な地域だ。

 

 だからクロムズ公爵家は代々自ら王国騎士を務めながらも、私設騎士団を抱えている。

 つまりヴェルメリオ様はクロムズ騎士団の団長であり、王国騎士という身の上だ。


 そんなお堅そうな身の上の人が住む城にふさわしい灰色の城塞は、飾り気が何も無い。

 悪魔が住む城にふさわしく暗雲まで立ちこめているから、フィオルが怯えて仕方がない。


 さすがの私も城が近付いてくるにつれて緊張してきた。

 ドキドキしていた心臓の脈拍を更に上げたのは、ピシャーン! と派手に落ちた雷だ。


「キャァァアア! だだだ、だいじょうぶれすよ、ぱのんさま! おちついて、おちついてぇえ」


「落ち着くのはフィオルよ。ただの雷。大丈夫よ」

 

 直後ザアザアと勢いよく雨が降り出す。

 怯えるフィオルの肩を抱きながら、不吉な雨に緊張で喉を鳴らした。


 どんなに私たちが緊張で震えていようとも、馬車は進む。


 屋根のついたポーチに馬車が止まると、窓の外には執事服を来た少年が立っていた。


「ううう、あれは執事さん……? ヴェルメリオ様のお出迎えはないんでしょうか?」


 恐怖に震えながらぽそりと言ったフィオルに、にんまりと笑む。


「失礼な話ね。でも、ちょうどいいじゃない。相手も私を歓迎する気がないなんて好都合だわ」


 ゴロゴロと雷が鳴る。


 馬車が駐まると、フィオルが開けたドアからゆっくりと降り立った。


 貼り付けたような笑顔でこちらを見る黒髪黒目の執事は、正に美少年といった風貌だ。

 緋色の悪魔と呼ばれるヴェルメリオ様の執事が彼だというのは不思議な気がする。


 そんな考えはおくびにも出さず、上手いとは言えないお辞儀(カーテシー)をした。


「パノン・ジマ・ゼメスタンよ」


 よろしくも言わない最低限の自己紹介。

 無礼千万だけど、執事に対しても悪印象を持ってもらっていた方が婚約破棄を目指すには有利なはず。


 ポーカーフェイスなのか、本当になにも思っていないのか。

 執事は顔色一つ変えずに頭を下げた。


「足下の悪い中ようこそおいでくださいました。私はヴェルメリオ様にお仕えする執事のロキでございます。奥様になるご予定のパノン様は私の主人も同然です。なんなりとお申し付けください。

……ただ、願い事は人生で一度きりですので、慎重にお考えくださいね」


(願い事? クロムズ領流の冗談?)


 挨拶の間ずっと頭を下げていたというのに、最後の台詞だけ顔をあげた彼は薄く口角をあげて笑っていた。


 大きな黒い瞳が鋭い光を帯びたのは気のせいだろうか。

 そして、この瞳をどこかで見たことがあるような気がしたのも、気のせいなのだろうか。


 怪訝(けげん)に思ったのを、あえて隠さず表情に出す。

 冗談が通じなかったことも気にしていない様子で、ロキは「さて」と笑みを深めた。


「では、さっそくご案内いたしましょう。ようこそ、クロムズ城へ」


 言いながら、ロキは背後にあった両開きの扉を開ける。

 重たそうなドアを開けたロキが「どうぞ」と促すままに入った城内には、人の気配がしなかった。


 玄関に屋根があるとはいえ雷雨だ。

 外まで主人が出迎えに来ないとうこともあり得るとは思っていたけど、玄関ホールに入っても誰も居ないというのはびっくりだ。


 本当に、ヴェルメリオ様は私を歓迎していないらしい。

 

 ぽかんとしているとロキが呆れたように小さく肩をすくめた。


「旦那様がおらず申し訳ありません。まさか本当に出迎えないなんて……。ヴェルメリオ様は、あなたを見たら絶対に後悔すると思うんですけどねぇ」


 ぼそりと言われた言葉はお世辞?

 無愛想な主人を持つと、執事もいろいろ大変なのね。


 内心では同情しつつも、不機嫌に表情を歪めて腕を組む。

 こんな無礼を働かれたら、自信満々のイヤな感じの女であればキレるに違いない。

 ふんっと鼻を鳴らして目を眇めてやった。


「ヴェルメリオ様が無礼な方だということはよーくわかったの。とりあえず彼に会わせてちょうだい」


「もちろんですよ。夫婦になるんですからね。こちらです」


 演じている私自身がドキドキしてしまうほどに強気な態度に対して、ロキの笑顔はかけらも崩れない。

 ロキに続いて玄関ホールから続く階段をのぼった。


 見上げたシャンデリアは高価そうなものではあるけど、無駄な装飾はない。

 置かれている調度品も煌びやかというよりは重厚感のあるものが多く、騎士の家の誇りが感じられた。


 きょろきょろと不躾(ぶしつけ)にあたりを見回しながら歩く私の後ろで、フィオルがモジモジしている。

 何か言いたいのかと目を向けると、フィオルは恐る恐るロキに向かって話しかけた。


「……あの、この屋敷には使用人はいらっしゃらないんでしょうか?」


 それは、パノンも気になっていたことだ。

 この城には本当に人の気配がない。


「いますよ。最低限ね。ヴェルメリオ様は無駄がお嫌いなんです。少数精鋭というやつです。

栗色髪のお嬢さんも良い子にしていないと、クビを飛ばされてしまうかもしれませんね?」


「ひいいっ」


 口端をあげて、意地悪な笑みを浮かべるロキの言葉にフィオルが震えあがる。


 この執事、ドSなんだわ。


 フィオルの怯える姿が見たいだけよね?

 いたずらっ子みたいな態度を取るロキにため息を吐いて、私は口を開いた。


「フィオルは私の侍女なのよ。ヴェルメリオ様にクビを飛ばす権利はないの。可愛いのはわかるけれど、うちの子をいじめないでちょうだい」


「おっと、これは失礼。ついつい」


 くっくと楽しそうに喉を鳴らして笑うロキは、穏やかな男ではないらしい。

 厄介な執事に再び大きなため息を吐いていると、ロキの足が止まった。


「こちらがヴェルメリオ様の書斎です」


 黒塗りのドアをロキがノックする。

 中からの返事はなかった。


「返事が無ければ開けて構いません」


 にこやかに言いながらロキが容赦なくドアを開ける。


 ヴェルメリオ様って、本当に無愛想で無口な人なのね……。

 呆れながらも、ロキが開けた部屋の中に目を向けた。


 執務机につくヴェルメリオ様の背後にある大きな窓に稲妻が走る。

 その雷光に照らされたヴェルメリオ様の姿に、思わず息をのんだ。


 項よりやや長い艶やかな緋色の髪を垂らし、机上の書類を睨む同色の瞳は切れ長だ。

 知的な輝きを見せるその瞳は、女の心を流し目だけで射止めるような色気があった。

 手触りを想像させるきめの細かい肌は、彼が『緋色の悪魔』と呼ばれるほどに強い騎士であることを忘れさせられるものだ。

 

「ヴェルメリオ様。婚約者のパノン・ジマ・ゼメスタン伯爵令嬢がおいでになられました」


 ロキの声かけで、ヴェルメリオ様はようやく顔をあげる。

 緩慢な仕草でだるそうに顔をあげたヴェルメリオ様は、私と目が合った瞬間机に手をついて立ち上がった。


 なにごと?


 緋色の瞳が大きく見開かれている。


 驚いていると、その目にじわりと涙がにじんだ。


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