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09 前世から愛してる


「パノン様! パノン様、もうやめましょうよ!」


 負傷者の手当に回っていたフィオルが私にすがる。


 追憶の煙の被害者と負傷者は別の場所に搬送されていた。

 

 『ヴェルメリオ様の婚約者を名乗る女がふらふらしながら眠っている人の手を握って祈ると、その人は目覚める』


 そんな噂は混乱の最中にある騎士団営所をあっという間に駆け巡り、フィオルの元まで届いてしまったようだ。


 眠っている人々であふれていた営所の広い廊下は、目覚めた人とその人の帰還に喜ぶ人々であふれている。


 次の被害者の元へと歩みをすすめる私に「ありがとう!」と泣いて感謝する人に顔色の笑顔で手を振ってから、フィオルに向き直った。


 オレンジ色の瞳から大粒の涙をぼろぼろこぼすフィオルに、私は死ぬかもしれないなんて言ってない。

 それでも優秀な侍女であるフィオルには私の覚悟が伝わってしまったのだろう。


「フィオル。ダメな主でごめんね。でも救う力があるのに、目の前の人を助けないなんてことはできない」


「イヤです! イヤ! パノン様に何かあったら、あたしは生きていけません!」


「そんなことないわ。フィオルはこの城に残って、ヴェルメリオ様を助けてあげて。ヴェルメリオ様って不器用なとこあるでしょ。自分を良く見せることが下手なんだと思う。

味方になってあげて。フィオルが味方になってくれたら、それだけで元気になれるの」


「そんなっ。そんないなくなっちゃうみたいな言い方しないでください」


 顔を覆ってフィオルは泣きはじめる。


 本当に私はひどい主だと思う。

 こんなにも尽くしてくれる侍女を置いて逝こうとしてるんだから。


 フィオルをそっと抱きしめる。

 「うああ」と声をあげて泣くフィオルの背を撫でた。


「フィオル、ごめんね。でも私、今最高に自由よ。自分で決めて、自分の力でみんなを救えてるの。わがままになるって夢を、今この瞬間に叶えてるの。だから私は幸せよ」


「パノン様っ……! さみしいです」


「大好きよ、フィオル。お願い、私の味方でいて」


 「ズルいですよ」とフィオルが私の腕の中で言う。


 それでも私は譲れなかった。

 泣きやんだフィオルが私の腕からすり抜けていく。


 ぐいぐい涙を拭ってフィオルは胸を張った。


「パノン様の夢が叶うことをあたしは願ってきました。パノン様がボロボロになるところを見たくないです。でも……でも私はパノン様の味方ですから。パノン様の意思を尊重して、傍でお支えします。--最後まで」


「ありがとう」


 正直魔力はほぼ底をついているのだと思う。

 立っているのだってやっとなほどの疲労感が全身を襲っている。


 それでも私はフィオルに笑顔を向けた。

 苦しそうな表情を見せないこと。

 それが遺す人たちにできる最後のことだと思ったから。


 おぼつかない足取りで歩き出した私をフィオルが支えてくれる。


 「少しはましになるはずだよ」と言ってロキが渡してくれた薬草を溶かした水を飲んでから、私は残り数人の眠っている人々を起こしてまわった。


 歓喜の声が廊下に満ちている。

 感謝してくれる人たちに「お元気で」と声をかけて、私はようやくヴェルメリオ様の元へ帰ってきた。


 ヴェルメリオ様を最後のひとりにしたのは、先にヴェルメリオ様を起こしてしまったら他の人々を助けようとしたときに力尽くでも止められてしまうかもと思ったから。

 それに何より、ヴェルメリオ様がどんな夢を見ているか知るのが怖かった。


 今まで起こしてきた人々は、子どもが小さかった頃の幸せな時や結婚式、夢を叶えた瞬間など様々な幸福の瞬間を夢の中で繰り返していた。


 ヴェルメリオ様がもう一度繰り返したいと思う過去。

 それはきっとスノウとの記憶なんだろう。


 ゼヴェルとしてヴェルメリオ様がスノウと過ごした幸福の日々。

 そんな日々を夢見ているから、きっとヴェルメリオ様はこんなにも幸せそうな表情で眠っている。


 その夢に潜ることには勇気が必要だった。


「パノン。ヴェルの夢に行くんだね?」


 薬草をかき集めるために走り回ってくれていたロキが駆け寄ってくる。


 フィオルに支えられながら私は「うん」と答えた。


「いってきます。怖いけど、ヴェルメリオ様が目覚めるならどんなことでもできるわ」


「終わりって雰囲気だしちゃってるけど、パノンも生きて帰ってきてよ。そうじゃないとヴェルに怒られるのは僕なんだから」


 冗談交じりに言っているロキだけど、本気で私の生還を望んでくれていることを知っている。


 でも私は自分の体がもうギリギリだということもよくわかっていた。


「そうね。がんばる。ヴェルメリオ様は怒ったら怖いものね」


 辛くても苦しくても冗談っぽく笑い返した。

 ロキにもフィオルにも、これ以上不安な思いはしてほしくなかった。


「それじゃあ、いってきます」


 ヴェルメリオ様の手を握る。


 この夢に潜ったら私はきっと、もう目覚めない。


 体が悲鳴をあげている。

 最後の力を振り絞って、ヴェルメリオ様の手に意識を集中させると景色が変わった。


 ギフトを使ったとき特有の浮遊感にはもう慣れた。


 突然変わった目の前の光景に動揺してしまう。


 ヴェルメリオ様の夢の中。

 そこは想像していた前世私たちが住んでいた里ではなかった。


 活気に満ちた人々。

 背後には灰色の城と大きな門。

 行き交う冒険者。


 ここは間違いなく現在のクロムズ城の城下町だった。

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