06 前世から愛してる
ヴェルメリオ様に愛を伝える。
そのための作戦を水面下で進めている間にも時は流れた。
食事の度に顔を合わせるヴェルメリオ様は気まずそうで、いつも何か言おうとしては口を閉じる。
私も私でそんな様子のヴェルメリオ様を見ると、なんて声をかけていいのかわからなかった。
気まずいながらも共に食事をし続けたのは私なりの意思表示だった。
どんなに気まずくなろうとも私はあなたの傍にいたいとという、意思表示。
それが伝わっているのかはわからなかったけど、ヴェルメリオ様から食事を断られることは今日までなかった。
隣で朝食をとっているヴェルメリオ様は今日も静か。
私のことを時々見ている視線は感じるけど目が合うことはない。
それがとても寂しい。
今日は約束の日の前日。
明日になれば、私たちは結婚をするのかしないのか。
その答えを出さなければならない。
ヴェルメリオ様の中ではもう答えが出ているのかもしれないけど、私はどんな結果になろうとも後悔だけはしたくなかった。
だってこの恋は、私の初めての恋であり、最後にしたい恋なのだから。
「ヴェルメリオ様」
意を決して声をかける。
ヴェルメリオ様はピクッと肩を跳ねさせて、こちらに顔を向けた。
数日ぶりに正面から見た緋色の瞳は揺れている。
その目が拒否することなく私を見てくれたことが、まずは嬉しかった。
「今日もお仕事ですよね」
「ああ。そうだ」
「明日は約束の日です。覚えていますか?」
ヴェルメリオ様は私の言葉に俯いてしまう。
だいぶ間が空いてから、ヴェルメリオ様は「ああ」と低く答えてくれた。
「どんな答えであろうと、私たちは明日決断します。だから今夜は、私にヴェルメリオ様のお時間をくれませんか?」
「……どういう意味だ?」
「私とデートしてください」
俯いていたヴェルメリオ様が、ゆっくりと顔をあげる。
驚いた表情もかっこいい。
やっぱり私はヴェルメリオ様のことが、どうしようもないほどに好きだ。
「共に、過ごしてくれるのか?」
「はい。今夜はこの間街に行ったときみたいに、楽しく過ごしたいんです」
あの街でのデートは本当に楽しかった。
今までの人生であんなにも幸福を感じた時間はなかったように思う。
ヴェルメリオ様は静かに頷く。
その口角は僅かに上がっていて、ヴェルメリオ様の微笑んだ顔を久しぶりに見られたことに安堵した。
「もちろんだ。難しいことは考えず、楽しい時を過ごそう」
「はい!」
「どこに行くんだ? また街に食事でも行くか?」
ヴェルメリオ様は、聞きながら柔らかく微笑む。
スノウの話から気まずくなってしまったことなんか忘れてしまうくらいに甘やかな微笑みがくすぐったい。
それでも胸のどこかでは、まだ「その笑顔はスノウに向けられたものなのかな」なんて思ってしまう自分が面倒な女でイヤだ。
複雑な乙女心は隠して、私はここ数日の努力を披露することにする。
今は今夜のデートを楽しくすることに専念すべきだ。
「私、お店をリサーチしたんですよ。すっごくおいしいオムライスのお店があるそうなんです。ヴェルメリオ様はオムライスお好きですよね」
「そうだが……、言ったことはあったか?」
「料理人さんに聞いていたんです。ヴェルメリオ様の好物や好きな味付けを。
それから、ヴェルメリオ様が好きそうなおいしいお店も調査してきたんですよ。これは騎士に聞いてまわりました」
「すごいな。だが、騎士は男連中も多いだろう。また前みたいに怖い思いはしなかったのか?」
「ヴェルメリオ様の助言通り、ロキに連れ添ってもらったので大丈夫です。みなさんすごく丁寧に教えてくださるんですよ」
以前は騎士からも悪評を買うことでヴェルメリオ様にふさわしくない女になろうとしていたけど、今の私の願望は真逆だ。
できる限り、ヴェルメリオ様の隣に立つにふさわしい淑女になりたい。
ロキとフィオルに特訓してもらって、ヴェルメリオ様の婚約者と名乗っても恥ずかしくないお辞儀を練習してから騎士たちに話を聞きに行ったのはそのためだ。
まだ完璧とは言えないカーテシーだったけど、ちゃんと一着しかないドレスを着ていったこともあって騎士達は私を令嬢として扱ってくれた。
公爵の妻たる者、毅然としていなければならない。
だから私は毅然とした態度で聞いたのだ。
「この辺りでおいしいオムライス屋さんを教えてください」、と。
騎士たちはみんな一瞬キョトンとしていたけど、きちんとお店を教えてくれた。
……淑女がおいしいオムライス屋さんを探すかと言われたらそんな気はしないけど、私はヴェルメリオ様においしいオムライスを食べてもらいたかったんだからそれでいい。
ロキは私がオムライス屋さんを聞く度に隣でクスクス笑ってたけど、いいの!
「そうか。ロキに連れ添ってもらったのなら安心だ。パノンは可愛いんだからな。まだきみが俺の婚約者だと知らない命知らずの騎士もいる。気をつけてくれてありがとう」
突然の甘い言葉の応酬にノックダウンされそうになってしまう。
可愛いだの、ありがとうだの。
さらっと言わないでほしい!
言われるたびに嬉しい気持ちと「やっぱりスノウとして私を見てるのかな」という面倒な不安がうずまいて、心が忙しいいことになってしまう。
私が返事をできずにいるとヴェルメリオ様は立ち上がる。
食事はもう終わってしまったらしい。
「俺のためにおいしい店を探してくれて嬉しかった。早く今夜が来てほしいくらいだ。今夜は急いで帰ってくる。……楽しみだ」
嬉しさを噛み締めるように言ってヴェルメリオ様は仕事へ行ってしまう。
ヴェルメリオ様を見送ったところで「やったぁ」と小さく喜びの声をあげた。
今夜はヴェルメリオ様と一緒に過ごすことができる。
この喜びはヴェルメリオ様がスノウのことしか考えていなかろうと、私のことも考えていてくれようともどっちだって一緒なのだ。
例えヴェルメリオ様に愛されていない可能性があったとしても、私はヴェルメリオ様の傍にいられることがこの上なく嬉しい。
「恋って不毛なものね」
ぽつんと呟いてから廊下に出る。
廊下で待機していたフィオルにデートに誘えたことを報告すると、感動屋さんのフィオルは泣いて喜んだ。
「よがっだでず! パノン様の努力をお見せでぎるんでずね……!」
「ええ! 師匠に習ったケーキの味を披露するときがきたわ!」
私が用意していた今夜のデートプランはオムライスだけじゃない。
ヴェルメリオ様は以前のデートでイチゴケーキ味のアイスクリームを食べていた。
甘い物好きのヴェルメリオ様のために、私はケーキを振る舞いたかったのだ。
男は胃袋を掴めば良いという言葉をどこかで聞いたことがある。
恋愛初心者の私は古典的なその方法に頼ってみることにしたのだ。
デート終わりにはヴェルメリオ様と食堂に来て、私が作ったケーキをデザートとしてふたりで食べる。
そこでゆっくりと私の思いを言葉を尽くしてヴェルメリオ様にお伝えしたい。
それでもヴェルメリオ様が愛している相手が『パノン』ではなく『スノウ』だというのならば、その時は潔く身を引こう。
そしてお城を出たところで、わんわん大声で泣くのだ。
「お城を出る未来になっても、ヴェルメリオ様のお嫁さんになれる未来になっても、後悔だけはしたくないわ。
今夜私はヴェルメリオ様に思いを伝えきった。そう自信を持てる夜にしたいの。そのためには、ケーキよ!」
「お手伝いさせていただきますっ」
この屋敷の料理人である師匠に頼んで、朝食後は調理場を貸してもらえることになっている。
数日間の修行で人並みのケーキはつくれるようになった私は、戦場に赴くような足取りで調理場へと向かった。




