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05 前世から愛してる


 ロキに自室へと連れて帰ってもらった私は至れり尽くせりの対応を受けていた。


 ロキはお水を持ってきてくれただけでなく、目が腫れるからと冷やすための氷を用意して、落ち着くからと飴までくれた。

 その後もロキは黙って傍にいてくれた。


「――落ち着いた?」


 よくわからないほどに混乱していた私がえぐえぐと情けなく泣いている傍にいてくれたロキは、私の泣き声がやんでしばらくしてからそっと声をかけてくる。


 小さく頷くと、ロキはふっと微笑んだ。


「ヴェルのこと嫌いになった? あんなタイミングで、あんなこと聞くのは馬鹿だよねぇ」


「……嫌いになれないから泣いてるの」


「それはよかった。ヴェルがあんな馬鹿なタイミングで不安を爆発させちゃったのも、パノンのことが好きだからだよ」


「どういうこと?」


 ヴェルメリオ様が私を傷つけようとして、あのタイミングで言ったわけじゃないことはわかっている。

 けど、私のことが好きだからという理論はわからなかった。


 泣きすぎて掠れた声で訊ねると、ロキは包みこむような優しい表情で教えてくれた。


「ヴェルはさ、パノンのことが大好きだから。前世から愛してるんだって伝えたら喜んでくれるんじゃないかって思ってたんだよ、きっと。

男ってロマンチストだからさ。感動の展開になると思ってたのに受け入れてもらえなかったらショックで、もしかしてパノンは他に好きな男がいるからそれでか!? なんてアホなこと考えちゃったんだろうね」


 ヴェルメリオ様は前世のゼヴェルだった頃から、スノウのことを愛し、求め続けていた。

 そしてスノウの生まれ変わりが私だということも理解した。


 だけど、私には前世の記憶がないんだからスノウだったという実感はない。

 前世から愛してるなんて言われても、それはスノウのことをでしょう? としか思うことはできなかった。


「……私に前世の記憶がないからややこしいのよね。ギフトがあれば私の過去を見ることはできないのかな」


「それは無理だね。自分の過去をいつでも見られるなんて能力は使用者の精神に負担をかけすぎる」


「ロキはギフトに詳しいの?」


「うん。驚かないで聞いてほしいんだけど、僕ってほら。神だから」


「……は?」


 ロキは急にどうしてしまったんだろう。

 私を励ますために冗談を言ってる?


 ぽかんとする私にロキは拗ねたように唇を尖らせた。


「あ、信じてないな。本当だよ。ま、神といっても元・神様なんだけど」


「……嘘よね? 励まそうとしてくれてる?」


「嘘じゃないし、こんな嘘じゃ励ましにもならんでしょ。スノウが神子として仕えてた神が僕。スノウの『ゼヴェルの病を治してください』って願いを叶えたのも、ヴェルの『もう一度スノウに会いたい』って願いを叶えたのも僕。おわかり?」


 お茶目に首を傾げるロキに出会ったときの台詞を思い出す。


 『……ただ、願い事は人生で一度きりですので、慎重にお考えくださいね』


 あのときはただの冗談かと思っていたけど、ロキが神様なのだとしたらあれは冗談ではなく本当のことだったのかもしれない。


「本当に神様なの?」


「本当。里はゼヴェルが死んだ後に滅んじゃってね。信仰を失っちゃったから、神としての力はほとんどなくしちゃったんだけどね。パノンにギフトがあるのも、きっと僕の力だよ。パノンの前世・スノウは僕の最後の神子だったからね」


「ギフトは神子としての力だってこと?」


「ギフトは神様から与えられる力って言われてるでしょ? まさにその通り。過去見の力は僕がスノウにギフトとして与えた。その力を使って神子は里の人々を助けてたんだ」


 信じられないような話だけど、ロキが神だという話は事実なんだろう。


 驚いている私にふっと微笑んだロキは「さて」と仕切り直した。


「落ち着いたところで、パノンはこれからどうするの? 結婚するのかしないのか決める日まで、あと数日もないよね。ヴェルもよく考えるだろうけど、パノンもよく考えなくちゃ」


「ヴェルメリオ様がパノンとしての私を好きになってくれないのなら、愛のない結婚で彼を縛りたくはないです」


「うーん? なんで好きになってくれないって決めつけてるの?」


 心底不思議そうなロキの言葉にキョトンとしてしまう。


 だって、ヴェルメリオ様はスノウがあんなに好きなんだから。

 スノウが居なければ、ヴェルメリオ様は私を好きにはなっていなかっただろう。


 わかりきっていることを告げたつもりだったのに、ロキは分からない様子で首をひねった。


「パノンはさ、ヴェルに好かれる努力ってやつをしてみたことはあるの?」


 好かれる努力。

 その真逆の嫌われる努力ならしてきたことがあった。

 だけど、愛されようと努力したことはなかった。


 ヴェルメリオ様は最初から私を大切にしてくれた。

 だから私はてっきり自分が愛されていると自惚れてしまっていたのだ。


 愛される努力もせずに、愛されないと嘆いていたことに気づくと途端に恥ずかしい。


 ヴェルメリオ様は、あんなに私に好かれるための努力をしてくれていたというのに。


「ロキ。私、がんばってなかったわ。ヴェルメリオ様に愛されたいって思うばっかりで、私からは何もしてあげてなかった。こんなんじゃ、愛されなくても当然よね」


「そう思うんなら、今から努力してみりゃいい。今日が約束の日ってわけじゃないんだから。考えて、やってみてごらん。それでもダメなら僕に願えばいい。生涯に一度の願い事で、ヴェルメリオからスノウの記憶を消すことだってできる」


 にんまりと意地悪な笑みを浮かべるロキは、優しさで言ってくれているのだろう。

 でもそんな残酷なことは私にはできなかった。


「スノウの記憶はヴェルメリオ様にとって大切なものでしょう。一生に一度の願い事は、もっととっておきのものにするわ」


「おお、よかった。『それなら消しちゃって』なんて言われたら、どうしようかと思った」


 くっくと笑ったロキは「それじゃがんばって」とひらひら手を振って部屋を出て行く。


 部屋に残された私は鏡台に映る自分を見る。


 泣きすぎて真っ赤になっている目尻をぐいとこすって、気合いを入れた。


「愛されるためには、愛していることを全力で伝えるのみよ」


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