03 前世から愛してる
「あの、ヴェルメリオ様はお仕事中では?」
タップを出迎えるために用意してもらった屋敷の客室には、なぜか私より先にヴェルメリオ様がいた。
「婚約者に男が訪ねてきたんだ。顔を見なければならないだろう」
「男って……。まだタップは子どもですよ」
当然のような顔をしてソファーに腰掛けているヴェルメリオ様に若干呆れながら言う。
ヴェルメリオ様は私の言葉に涼しげな表情を崩して、拗ねた子どものような表情を見せた。
「そのタップとかいう坊主とは、いつ、どこで出会ったんだ?」
「ヴェルメリオ様がアイスクリームを買いに言っていたときに、鑑定屋の前で出会いました」
「そんなことあのときには言わなかったじゃないか」
「言う必要もなかったと思います」
ヴェルメリオ様は眉を寄せて押し黙る。
しまった。
ヴェルメリオ様の顔を見ていると「スノウって誰なんだろう」という考えが脳裏をよぎってしまって、少し冷たくあたってしまった気がする。
スノウのことはやっぱり早く聞いておいた方がいい。
このままだと私はまたヴェルメリオ様を傷つけてしまうことになる。
「パノン様。お客様を連れて参りました」
廊下からノックの音とともに聞こえてきた声はロキの声だ。
よそ行きの執事らしい言葉遣いをしているロキはタップを連れているのだろう。
傍に控えてくれていたフィオルがドアを開けると、そこにいたロキの後ろからひょこりとタップが顔を出した。
「タップ! ここに来たということはお父さんに何かあったの?」
タップの顔色が想像していたよりもずっと良いことに安堵しつつ、歩み寄る。
タップの表情がよく見えるようにしゃがみこむとタップは私に何かを差し出した。
それは一輪の小さな花だった。
「……これは?」
「これはお礼だよ! パノン様のおかげでお父さん元気になったんだ!」
「本当に!? やっぱり指輪をつけたら治ったのね?」
「うん! 指輪をつけてから、少しずつ良くなってお父さん今はもうすっかり元気になって働けるようになったんだ。これからはコツコツ稼ぐって」
にこにこと嬉しそうなタップの笑顔に、全身の力が抜けるような思いがした。
よかった。
私の力がタップの役に立つことができた。
誇らしさと安堵は、私の心に今まで感じたことのない達成感を与えてくれる。
礼として渡された一輪の花は、小さいものだけど今までもらった何よりも嬉しかった。
誰かの役に立って報酬をもらう。
それがこの喜びを私に与えてくれるのなら、また誰かのためにこの力を使いたい。
「ありがとう、タップ。お父さんのことを伝えに来てくれて。あなたのおかげで、私は自分に自信が持てたわ」
「……どういうことだ? パノンがこのタップの父上を救ったのか?」
傍らで見守っていたヴェルメリオ様は、訳が分からない状況に我慢ができなくなったらしい。
不思議そうに私とタップを交互に見ているヴェルメリオ様になんと説明すればいいのか……。
悩んでいる間に、無邪気な子どもであるタップはヴェルメリオ様にキラキラの瞳を向けて答えてしまった。
「あのね! パノン様はすごいの。ぼくの持ってた指輪に触っただけで、指輪に魔法がかかってるってわかっちゃったんだ」
「魔法? 触れただけでか?」
「うん。ぼくのお父さん具合がずーっと悪かったんだけど、その魔法の指輪をはずしたのがいけなかったんだって。パノン様は、どうして触っただけでわかっちゃったの?」
目を輝かせて聞いてくるタップから「えっと」と言って目をそらす。
そらした視線の先にいたヴェルメリオ様は困惑した表情を浮かべていた。
ヴェルメリオ様が目配せしたロキは神妙な表情をしている。
これは、なにか勘づかれたかもしれない。
大人にだけわかるピリッとした緊張感が走る部屋で、タップに笑いかけた。
「それは秘密。タップ、ここまで来てくれてありがとう。お菓子とお茶を出してもらうから食べていってね。食べきれないくらいあるから、お父さんにも持って帰ってあげて」
「わあ! やったー!」
「フィオル。お願いしてもいい?」
タップは私の客人なんだから私が最後までお相手すべきだろう。
でもこの空気の中でヴェルメリオ様を放置して、タップとお茶は楽しめない。
フィオルは察してくれた様子で「かしこまりました」と頷いた。
「さ、タップ様。お庭でお茶をしましょう! このお屋敷のお料理はどれもすべておいしいのですよ」
「わーい!」
喜ぶタップを連れてフィオルが部屋を出て行く。
バタンとドアが閉まった音がやけに大きく聞こえた。
「……パノン。触れただけで、なぜ指輪に魔法がかけられているとわかったんだ?」
腕を組んだヴェルメリオ様は恐る恐るといった様子で私に訊ねてくる。
壁際でいつも気配を消しているロキも今は固唾をのんで私の返事を見守っている。
ギフトは珍しいものだと聞いた。
それがどんな人にも「素晴らしい」と歓迎されるものなのかどうか私は知らない。
この部屋がなぜこんなにも緊張感に満ちているのか分からない中、私は追い詰められた犯罪者のような心地で重々しく口を開いた。
「私、触れたものの過去を見ることができるギフトを持っているんです」




