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01 前世から愛してる


「ヴェル、帰ったよー。って、あれ? なんかへこんでる?」


 朝の訓練後、執務室に籠もって書類と格闘していた俺は聞き慣れた声に顔をあげる。


 俺の顔色を見た瞬間にへこんでいることを理解したロキは机の前まで歩いてくると「ふむ」と顎に手を当てる。


「あの子にマジで振られちゃったとか?」


「振られてない。おまえが居ない間にいろいろあったことは確かだが、むしろ良い感じになってたんだ」


「へえ。じゃあなんでへこんでんの?」


「……好感触だと思っていたデートの日以来、パノンに元気がないからだ」


 街にデートに行った日は、これはもう今日いい返事がもらえるかもしれないと思うほどに好感触だった。

 なのに返事はもらえずじまい。

 しかも翌朝からパノンは覇気の無い笑顔ばかり見せるようになった。

 ……原因は考えればキリがない。


 ロキは「ふーん」と言いながら首を傾げる。


「どうせ好感触だって浮かれて、手繋ぎたいって言ったり、ちょっと押せ押せなことしちゃったんじゃないの? それで引かれちゃったとか」


「……やはり、そう思うか?」


「思う。調子乗ってグイグイやっちゃいがちだよねぇ」


 うんうんと頷くロキにとどめを刺された俺はガクリと項垂れる。

 

 パノンから結婚するかしないかの返事をもらう予定の約束の日までは、あと数日しかない。

 それまでになんとか挽回できることを祈るしかないだろう。


 それでも挽回できずにパノンを手放すしかなくなってしまった場合は、パノンを違う手で幸せにする作戦を考えなければならない。

 そのためにロキをゼメスタン伯爵領まで調査に行かせていたのだ。


「それでロキ。調査はどうだったんだ?」


「はいはい調査結果ね。パノンの好きな人とゼメスタン伯爵家を調べてきたけど、どっちから聞きたい?」


「……ゼメスタン伯爵家の内情から聞こう」


 デート中は極力考えないように努めていたが、パノンに好きな人がいるのだということは考えるだけで落ち着かない。

 この間のデートのときは心を奪えたような気がしていたが、それ以来パノンが曖昧な笑顔を見せるのはその男と俺を天秤にかけているのではないかという可能性も考えていたところだ。


 パノンの想い人が誰なのかを知ったら、俺はきっと冷静に話を聞くことはできない。

 まずはゼメスタン伯爵家についての報告を受ける方が賢明だろう。


 ロキは「おっけー」と緩い返事をしながら、ポケットに突っ込んでいたメモ帳を取りだした。


「まあ、まずパノンが養子だったのは事実。孤児院から伯爵家に引き取られてきたのが3歳のときだね。

当主のディメイスは一人娘のマウラが生まれたときに妻を亡くしてる。マウラを甘やかし放題だったディメイスは、きょうだいを欲しがるマウラの遊び相手としてパノンを引き取ったらしい」


「パノンは街にも出たことがないと言っていた。正当な扱いは受けていなかったのではないか?」


「ご名答」


 言いながらロキはピンと人差し指を立てる。

 その表情は動きに合わず、苦いものだ。


「ディメイスはパノンを引き取ったはいいものの、あの子が思っていたよりも美しく育ってしまった。使用人にも『あの娘はマウラを引き立てない』って愚痴ってたらしいよ。それで、ディメイスはパノンを外には決して出さなかった。

義理の姉のマウラもマウラだね。大わがままのマウラはパノンを召使いみたいに扱ってたらしい。だからパノンは学校にも行けなかったし、パーティーにも参加したことはないはずだよ」


「それで自由になりたがっていたのか」


 養子として不当な扱いを受けてきたことは理解していたが、ここまでとは思っていなかった。

 なんでも自分で決めてみたいなんてささやかな自由を夢として語るまでに至った過去に胸が痛む。


 もっと早くパノンを見つけてやれていれば、辛い思いをさせずに済んだのに。


 不毛な後悔を抱いたところで、疑問が浮かぶ。


 パノンは美しいことを理由に外界との接触を断たれていた。

 そうなるとパノンはどこで好きな男に出会ったというのか。


「パノンは外に出たことがないんだよな? それなら、好きな男というのは使用人か何かか?」


「好きな男については調査したけど、はっきりはわからなかった。パノンが恋をしていたなんて話は誰も聞いたことがないみたいだから、恋人がいなかったことは確かだと思うよ。片思いか両思いだったのかはわかんないけどね」


 使用人を愛していたというのであれば、一般人になっても構わないと言っていたことも理解できる。


 相手が使用人だろうがなんだろうがパノンは渡したくない。

 それでも、どうしてもパノンがその男が良いというのであれば手放してやることもパノンの幸せに繋がるんだろう。


 だがそれは、その相手の職がなんであれ『まとも』だった場合の話である。


「相手が誰かはっきりわからない以上は、パノンを幸せにできる人物なのかはわからんな」


 この先どうやって手を打ったものか。


 悩む俺にロキは「ふう」とため息を吐く。

 呆れた様子を見せるロキには何か案があるというのか。


「何かいい案があるのか?」


「あるね、ずっと前から。好きな男は直接パノンに聞いてみればいい」


「……は?」


 パノンの口が俺以外の男について語るところを見ろと?


 ぽかんとしている俺にロキは続けた。


「ゼメスタン伯爵家については調査が必要だろうと思ったから、文句も言わず調査に行ったよ。けどパノンの好きな人に関しては、直接聞くのが一番手っ取り早いとずっと思ってる。誤解も生まれないし、こじれない。もしかしたら、パノンはもうそんな男よりヴェルが好きって言ってくれるかもしれないじゃん」


「……言ってくれなかったらどうするんだ。最近のパノンは俺に対してよそよそしい」


「言ってくれなくても仕方ないじゃん。恋愛なんてビクビクしててうまくいくわけないんだから。パノンに『そういや好きな人って誰?  俺よりいい男?』ってさらっと聞いちゃいなよ」


「聞けるなら、苦労していないだろう」


 苦々しく反論するとロキは肩をすくめる。


 この元・神様はいつも容赦なく正論をたたきつけてくる。

 俺だって聞ける勇気があるなら聞いてる。


「『緋色の悪魔』に婚約破棄を迫るパノンの方が、ヴェルなんかよりよっぽど勇気があるね」


「意気地なしと言われても、そう簡単に聞けるものじゃないだろ」


「聞くも聞かないもヴェルの自由。ただ勇気を出すなら早めがいい。抱え込んだ不安は最悪のタイミングで爆発する可能性がある。イヤな形でこじれる前に、解決しておいた方がいいよ」


 こじれるもなにも、今はパノンの気持ちがまたわからなくなってしまっている状況だ。

 こんなタイミングで聞けるわけがないだろう。


 「わかった」と拗ねた子どものように一応の返事をすると、ロキは「それじゃ僕も仕事に戻るから」と言って部屋を出て行く。


 ひとりになった部屋で机に突っ伏した俺は「パノンは俺をどう思ってるんだ」と呻きながら仕事を続けることになった。

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