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05 恋の病


「鑑定屋というのは……?」


 はじめて聞くお店の名前に首をひねる。


 ヴェルメリオ様は私の隣に立つと、さっきまでのからかうような雰囲気を消してきちんと説明してくれた。


「鑑定士の店だ。物品の価値を鑑定してくれる。この街では魔物の素材を持ち込んで価値を確かめる冒険者の客が多いだろうが、美術品なんかの価値も見てくれる。貴族や一般人も出入りする店だ」


「物の価値を決めてくれるお店ってことですね」


「そうだ。だから、その価値の決まった物を買い取る骨董品店や素材屋もこの通りには多い。そしてその角の向こうにあるのが、アイスクリーム屋だ」


「アイスクリーム!」


 実家で時々デザートに出たことがあったけどアイスクリームは至高のスイーツだ。

 口に入れた瞬間とろっと溶け出すあの甘みが想像するだけで口内に広がっていく。


 目をキラキラさせてしまう私にヴェルメリオ様は得意げに口角をあげる。


「更に、そのアイスクリーム屋には特別な味のアイスクリームがある」


「何味なんですか……?」


「プリン味だ」


 プリンにアイスクリーム!?

 そんなものはおいしいに決まっている!


 考えるだけでも神が考えたかのような組み合わせに衝撃を受けていると、ヴェルメリオ様はくすっと笑った。


「食べたいだろう?」


「食べたいです!」


「今日のデートに付き合ってくれた礼だ。買ってくるから、ここで待てるか?」


 言いながらヴェルメリオ様はすぐ傍の街路樹の木陰にあったベンチを指さす。


 買いに行かせてしまうのが申し訳なかったけど、ヴェルメリオ様の華麗なエスコートにより私はいつの間にかベンチに座っていた。


「あ、あれ? 私も行きますよ」


「人気店でな。並ぶんだ。歩いて足も疲れただろう。休んでいてくれ」


「……いいんですか?」


「ああ。かっこつけさせてくれ。ここなら人通りも少ないからな。パノンに声をかけるような輩はいないだろう」


「はっ、一応私は公爵の婚約者ですもんね。誘拐されてご迷惑をかけたりしないよう、しっかりと警戒してお待ちしています」


「……まあ、そっち方面の心配もあるにはあるんだが、まあいい」


 ヴェルメリオ様が心配していた方面ではなかったらしいけど、じゃあどっち方面を心配していたんだろう。


 検討がつかずに怪訝な表情をしていると、ヴェルメリオ様はふっと笑って背を向けた。


「じゃあ良い子で待っていてくれ」


「はい」


 早足で角の向こうに消えていくヴェルメリオ様を見送ってから、深い深いため息をつく。


 もうずっと緊張しっぱなしだ。

 ヴェルメリオ様は終始かっこいい。

 笑った顔もからかうような表情も全部がぜんぶズルすぎる。


 今までの私はよくこんなに優しくてかっこいいヴェルメリオ様を好きにならないなんて思えていたものだ。

 好きにならないなんて、もう絶対無理な話。

 こんなに優しくされたら、きっと全人類ヴェルメリオ様を好きになると思う!


 ベンチでひとり頭を抱えて大きすぎる感情に胸を苦しめられていたところで、ふと顔を上げる。

 視界の端にうろうろしている子どもの姿が映ったからだ。


 さっきヴェルメリオ様が教えてくれた鑑定屋の前で男の子が落ち着きなく歩き回っている。

 その顔は不安に染まっていて、何か困っていることは明白だった。


 ……街に出たことがないからわからないんだけど、こういうときに話しかけるのって普通のこと?

 もしかしたらすごく常識外れのことをすることになるかもしれないという恐れはあったけど、困っている子どもを見て見ぬふりはできなかった。


「どうしたの? 迷子になっちゃった?」


 ベンチから立ち上がり、男の子に声をかける。


 男の子は精一杯背伸びをして、鑑定屋のドアについている小窓から中を覗いている様子だった。

 私の声に振り返った男の子は一瞬驚いた顔をした後に眉を下げる。


「迷子じゃないよ。ぼく鑑定屋さんに用があるんだけど、前の冒険者さんがずーっと鑑定しててぼくの番が回ってこないんだよ」


 どれどれと男の子と一緒に小窓を覗いて店内を確認してみる。


 狭い店内では鑑定士と思われる初老男性と筋骨隆々の冒険者が話し込んでいる様子だ。

 冒険者の傍らには大きな箱があって、そこからたくさんの素材が覗いている。


「これはまだまだ時間がかかりそうね。急いでるの?」


「うん。お父さんの具合が悪くて病院に行きたいんだ。でもお金がなくて……。この指輪を売れば少しはお金になるだろうからって言われて持ってきたの」


 言いながら男の子は大事にハンカチに包んでいた指輪を見せてくれる。

 銀色のなんの変哲も無い指輪に見えるけど、これが純銀ならそれなりの値段で売れるのかもしれない。


「鑑定屋さんはこの街なら他にもあるんじゃない? 余所を当たった方が早いかもしれないわよ」


 この街の鑑定屋の客は冒険者が多いと聞いた。

 つまり冒険者が多いこの街なら、鑑定屋がこの小さな店ひとつだけということはないだろう。


 だけど男の子は私の助言に困り顔で俯いてしまう。


「鑑定料が他のところは高いんだ。ここならお父さんの顔見知りの鑑定士さんだから、事情を話せば負けてくれるかもしれないって……」


 鑑定料がいくらなのかはわからない。

 だけど顔見知りっていうだけで鑑定料を負けてくれると確定はできないだろう。


 先客である筋骨隆々冒険者の鑑定が終わってから男の子が鑑定をしてもらうとして、そこで「鑑定料は負けられない」と言われたら?

 そもそもこの指輪が純銀じゃなかったら、負けてもらった鑑定料すら払えないかもしれない。

 そうなれば、この子のお父さんは助からない可能性がある。


 何かできることはないか。

 考えて、ひとつの案が浮かんだ。


 そう。私には過去を見ることができるギフトがある。


「ねえ、あなたお名前は?」


「タップ……」


「タップ。お姉さんにこの指輪の鑑定をさせてもらえないかな?」


 「へ?」とタップが目を丸める。


 私は鑑定士じゃない。

 価値をはっきり決めることはできないかもしれないけど、この指輪の過去を見ることができれば純銀かどうかくらいはわかるはずだ。


「タップはそのまま指輪は持っていて。取っていったりしないから、少しだけ触ってもいい?」


「……持って行っちゃわない?」


「不安ならお姉さんは今ここで靴を脱ぐわ。裸足で逃げ回れるほど厚い足の皮じゃないの」


 それでも不安だと言うなら、腰に巻いたリボンを外してタップの手首と私の手首に結びつけるところまで考えていた。

 けどタップは私を信じてくれたらしい。


 そっと指輪を持っている手をこちらに差しだしてくれた。


「靴脱がなくていいよ。怪我しちゃうよ。……ちゃんと鑑定してね」


 今までは繋いだ手に意識を集中すればその人の過去が見えた。

 物に対してギフトを使うのも、意図的に使うのも初めてのことだからうまくいくかはわからない。


 でもどうしてだろう。

 私にはできるという自信があった。

 それこそ遠い昔はこうして人々を助けていたような、そんな気さえするほどに。


「信じてくれてありがとう。大丈夫。ちゃんと鑑定するわ」


 タップの期待に応えてあげたい。

 これが純銀であることを祈りながら、指輪に手を触れる。


 指輪の中に意識を潜り込ませるようなつもりで集中すると、視界が突然変わる。


 肉体を失い、魂だけになったような感覚。


(うまくいったわ!)


 声が声にならないこの空間、間違いなくギフトは成功していた。


 目の前に広がるのは薄暗い部屋。

 ベッドに誰かが横たわっている。


 タップのお父さんだろうかと思って覗き込んでみると、そこには若い女性が苦しげに横たわっていた。

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