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04 恋の病


「こんなに人が多いんですね」


 城の外には出たことが無かったから、正直に言えばこの街はもっと落ち着いた静かな街なのだと思っていた。


 でもそんな想像は大間違い。

 目の前に広がる街は活気に満ちていて、歩く人々には勢いが感じられる。

 大きな斧やハンマーをかついでいる人が目立つけど、街ゆく人たちのほとんどが腰に剣を()いているのが気になった。


「この町には冒険者が多いんですか?」


「そうだ。クロムズ領は魔物が活発な地域で、ここはその中でも大型の強い魔物が多い。ここにはその魔物からとれる希少な素材を狙う冒険者が多いということだ。そのおかげでこの街は商業も盛んだ」


 魔物を倒して、その皮膚や爪を素材として売ることを生業とする職業が冒険者だ。

 通りすがる迫力満点の人たちに目を輝かせずにはいられなかった。


「すごいですね。こんなにたくさんの人を見たのは初めてです」


「ゼメスタン伯爵領は確か農耕が盛んだったな。あまり冒険者は来ないのか?」


「えっと、たぶん。そうですね」


「たぶん?」


 ヴェルメリオ様が不思議そうにしている。

 自分の住んでいた領地のこともわからないなんて不思議だろう。


 けど私には本当に予想でしかゼメスタン伯爵領のことはわからなかった。


「街に出たことがないんです。窓からしか外を見たことはなくて。だからよくわからなくて、ごめんなさい」


「……一度も出たことがないのか?」


「私は養子ですから」


 お義姉様は時々従者を連れて外に遊びに行っていたけど、私はそんなことを許される立場になかった。

 舞踏会にも領地の視察にも行くことを許されなかったから外に出る機会なんてほぼなかったに等しい。


「なので街の常識にはうといんです」


 そんな状態で無計画に一般人になろうとしていたのかなんて思われていたらどうしよう。

 無知なくせに自由になろうだなんて、無謀な夢を持っていると呆れられたらと思うと怖い。


 そっとヴェルメリオ様の様子を窺うとヴェルメリオ様はなにか考え込んでいる様子だった。


「ヴェルメリオ様……?」


「パノンは仕事をして自分で稼ぎたいんだったな」


「は、はいっ」


 やっぱり呆れられてるのかも……!

 嫌な想像が当たっていた可能性に内心半泣きになっていると、ヴェルメリオ様は真剣な表情を見せた。


「それなら、今日はいろいろな仕事を知らなくてはな」


「仕事を、ですか」


「そうだ。自由になんでも選んだっていい。だがパノンは選択肢を知らない状態だ。知らなければ付け入られる。悪い奴らに騙される前にきみに選択肢を知る機会を与えられてよかった。

まずは冒険者という職については知っているか? 危険だからおすすめはしないが」


「し、知ってます。え、あの呆れたりしてないですか?」


「なぜ呆れる?」


 不安をぶつけてみた私にヴェルメリオ様はきょとんとする。


「だって私、何も知らないので……」


「知る機会を与えられなかったんだ。今から知ればいい。パノンに教えられるなんて嬉しいくらいだ。行こう」


 ヴェルメリオ様はほほえんで歩きだす。

 慌ててその隣に並ぶとヴェルメリオ様はあちらこちらを指さして「あそこは武器を売っているが、客が乱暴だ」とか「冒険者ギルドの受付は女性が多いから安心かもしれない」とかいろいろなことを教えてくれる。

 ヴェルメリオ様の美貌はこの街でも目立っていたけど、領主の顔はあまり知られていないらしく私たちは穏やかに街を歩くことができた。


 知らないことを馬鹿にもせず、できる限りを教えようとしてくれるヴェルメリオ様の優しさが嬉しい。

 私の夢を否定することなく叶える手伝いをしてくれるヴェルメリオ様と居られることが幸せで仕方がなかった。


「いろいろなお店があるんですね! 冒険者ギルドの受付なんて考えたこともないお仕事でした」


 楽しくて幸せで、私の足取りは羽のように軽い。

 跳ねるように歩きながら少し後ろのヴェルメリオ様を振り返る。


 世界にはいろいろな選択肢があふれている。

 どれにもメリットデメリットがあることを知らなければいけなくて、実際に選んでみようとすると勇気がいる。

 自由には知恵と勇気が必要なのだということがよくわかった。


「すごく勉強になりますし、とっても楽しいです! ありがとうございます、ヴェルメリオ様」


 心の底から湧き上がった笑顔でお礼を言う。

 ヴェルメリオ様は眩しそうに目を細めたかと思うと、私に歩み寄ってきて手を伸ばした。


 その指先は私の髪をゆっくりとくぐる。

 そっと私の耳に髪をかけてくれたヴェルメリオ様の表情は男の人という感じがして、緊張で固まってしまった。


「勝手に触れてすまない。けどどうしても触ってみたかった。抱きしめるのは我慢したんだ」


「だ、抱きしめるのは、ちょっと」


「嫌か?」


 メインストリートを外れているとはいえ、こんな街でそんなことできない。

 というかヴェルメリオ様に抱きしめられたら心臓が爆発して消し飛んでしまうかもしれない。


 嫌いだから嫌なんじゃない。

 恥ずかしいだけなのだと、ちゃんと伝えなければ。


「ヴェルメリオ様……っ、あの、私」


「嫌だったなら、もう()れない」


「そうじゃないんです! 嫌なんかじゃなくて、恥ずかしいんです」


 ドキドキする。

 好きな気持ちが伝わってほしいのに、バレたくない。

 抱きしめられたくないのに、本当は抱きしめてほしい。


 矛盾した気持ちが暴れ回る胸を押さえて、どうにか口を開いた。


「最近、ヴェルメリオ様にどう思われてるかとか嫌われないかとか、そんなことばっかり考えてしまって不安で……。それに、ヴェルメリオ様といるとドキドキしておかしくなっちゃいそうなんです。だから、だ、抱きしめられたら泣いちゃうかもしれないんです」


 自分でも何を言っているのかよくわからないくらい緊張している。

 でも思いは素直に伝えたつもりだ。


 ヴェルメリオ様を見上げる。

 ヴェルメリオ様は緋色の瞳を揺らして頬を赤らめていた。


「そんなこと言われたら、抱きしめたくなるだろう」


「だ、だめですっ!」


「ドキドキするからか?」


「ドキドキして死んじゃうかもしれませんよ! いいんですか!?」


「それは困るな」


 へんてこな私の脅しにヴェルメリオ様はクスクスと肩を揺らす。

 そんな笑顔見せられたら、それだけで心臓が止まるかもしれないからやめてほしい。


「わかった、我慢する。パノンに死なれたら、それこそ俺は死ぬかもしれない。それからひとつ、伝えておきたい」


「は、はい」


「俺は何があってもパノンのことが好きだ。たぶんパノンが想像しているより、ずっと愛してる。だから、俺にどう思われてるかは考えなくていいし、嫌われるなんてことは生涯ありえない。これからは安心して、俺にドキドキしていてくれ」


 いたずらっぽく微笑んだヴェルメリオ様が顔を近づけてくる。

 頬を寄せられたかと思うと、ヴェルメリオ様は耳元で囁いた。


「約束の日はまだ少し先だが、心が決まったなら返事をくれてもいいんだぞ」


「っまだです! まだ決めてないんです! 急かさないでください!」


 ぞくりと背筋を駆け抜けた感覚にびっくりして、思わずぐいぐいヴェルメリオ様の胸板を押して突き放してしまう。

 

 返事は決まっているようなものだけど、まだちゃんと決心できていないんだから待ってほしい!

 まだヴェルメリオ様とキスなんてできない! 心臓がそこまで強くない!


 ヴェルメリオ様は楽しそうに笑って、「あーあ」と言いながら肩をすくめた。


「残念だ。もう心は決まったのだとばかり思ってしまった。自惚れてしまったなあ」


「ほんとです! 自惚れてます!」


「ああまったくだ」


 楽しそうで余裕たっぷりなヴェルメリオ様に対して、私はもういっぱいいっぱいだ。


 「もう!」と怒ってから、空気を変えようと再び歩き出す。

 たまたま目に付いたちょっと古めかしい佇まいの店を指さして「あのお店は何ですか!?」と半ば自棄(やけ)になりながら聞くと、ヴェルメリオ様はからかうみたいに笑いながら教えてくれた。


「あれは鑑定屋だ」

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