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03 恋の病


「本当にこのワンピースで大丈夫? じ、地味じゃない?」


「はい! パノン様はお顔が一番美しいのですから、お洋服はそれを引き立てるだけでいいのですっ」


 ヴェルメリオ様とのデート当日の朝。

 「楽しみだな」ばかり言うヴェルメリオ様との朝食を終えたあと、私はフィオルと身支度を整えていた。


 鏡に映るのは紺色のワンピースを身にまとった私の姿だ。

 袖や裾に白いレースが入っているワンピースは、最近お義姉様が「地味だしいらないわ」と言って私に寄越してきたものだった。


 背中を確認すると、腰に巻かれたリボンが後ろで結ばれている。

 昨日このワンピースを選んでくれたフィオルが言うには、このリボンが私の腰の細さを強調してくれて良いらしい。


 メイクはとても控えめ。

 ファンデーションと目元にほんのりピンク色のアイシャドウ、仕上げに軽くチークを載せただけの簡素なメイクに時間はかからなかった。


「結局あんまり飾らないことにしたけど……か、かわいいって言ってもらえるかな?」


「もちろんです! パノン様はナチュラルなお姿が一番かわいらしいのですから!」


 ヴェルメリオ様はこの部屋に迎えに来てくれることになっている。

 それを待っている間、鏡の前から離れられずに何度もフィオルに身支度を確認してしまう私は我ながら鬱陶しいことこの上ない。


 けどフィオルは笑顔で頷いて、何度だって励ましてくれる。

 本当に私にこの子がいてくれてよかった。


「ありがとうフィオル。私がんばって気持ちを伝えてくるわ」


「お気持ちを伝えるのは約束の日より前でも良いはずですもんねっ。あたしはウェディングドレス姿のパノン様を妄想してお待ちしております」


 うっとりとした表情を浮かべるフィオルに思わず笑ってしまう。


 今日のデートで、ヴェルメリオ様を前にするとドキドキして仕方ないということを伝えよう。

 そのせいで、ぎこちない態度をとってしまって申し訳ないということも。

 ヴェルメリオ様はきっと笑って許してくださるはずだ。


 ――コンコン。


「俺だ。楽しみで少し早く来てしまった。支度は済んだか? まだなら待ってる」


「いえ、済みました!」


 本来ならフィオルにドアを開けてもらうべきだったところだ。

 けど私は浮かれていて自分でドアを開けてしまった。


 廊下に立っていたヴェルメリオ様は、見ているこちらの胸がぽかぽかするような笑みを浮かべていた。

 ヴェルメリオ様がこのデートを楽しみに思ってくれていたことが伝わってきて恥ずかしくなってしまう。


 いつもの服よりラフな服に身をまとったヴェルメリオ様は白いワイシャツとスラックス姿だ。

 シンプルな装いだけど、スタイルが良いからそれだけでも輝いて見えた。


「お待たせしました」


「いや待ってない。ーー本当に待ってないんだが、ずっと待っていたような気もする。それだけ楽しみだった」


 自分の発言にくすっと笑ってからヴェルメリオ様は「行こう」と言って歩きだす。


 「私もです」って、言えばよかった。


 「いってらっしゃいませ!」と見送ってくれたフィオルに頷いてヴェルメリオ様と共に歩きだした。


 この屋敷には宿舎へと繋がる出入り口と来客用の馬車がとまる出入り口、それから街に一番近い裏口が存在している。

 今日はその裏口から街へと出ることになっている。


「靴擦れしない靴を履いてきたか?」


「はい。もうおんぶしてもらうわけにいきませんから」


「パノンをおぶることくらい、なんでもない。足が疲れたならだっこだってしてやる」


「だ、っこなんてダメですよ!」


「そうか? 残念だ」


 本気で残念そうにするヴェルメリオ様をじとりと見てしまう。

 私はヴェルメリオ様を好きだと自覚してから、こんなにも緊張しているっていうのにヴェルメリオ様は余裕そうだ。


 ヴェルメリオ様は私のことを好きなのだろうという自惚れた自信はある。

 けどヴェルメリオ様はこんなに余裕そうなんだから、今は私の方が好きレベルが上なんじゃないかしら。


 恋という感情は厄介だ。

 浮かれすぎたり、意味もない不安に陥ったり。

 こんなことは初めてで感情の制御にとても苦労する。


「パノン」


「はい」


 ちょっとだけ沈みかけていた気持ちをフラットに戻そうとしていた私はヴェルメリオ様に顔を向ける。


 歩調を合わせて隣を歩いてくれているヴェルメリオ様は、目が合うとめじりをとろんと下げた。


「言い忘れていた。今日のパノンは一段とかわいい。デートに来てくれてありがとう」


 かわいいって言ってもらえた!!

 いやそんなことより、ありがとうって……!

 ありがとうは、こちらこそなんですよ!?


 突然の嬉しい言葉の嵐に頭の中では言葉が踊ったけど、口はパクパクと動くのみで言葉が出てこない。

 ぐっと唇を噛んでいったん気持ちを落ち着けてから、こくんこくんと何度も頷いた。


「い、え」


 あああ、「私も楽しみでした」くらい言えば良かったのにぃい!


 胸も頭もいっぱいいっぱいで、どうにも舌が動いてくれない。

 もどかしい気持ちで「うう」と小さくうめいてしまう。


 こんな女嫌われても仕方ない。

 そう思うのに、ヴェルメリオ様は相変わらず愛しげに私を見てくれているのだから優しすぎる。


 ちゃんと気持ちを伝えなきゃと考え込みながら歩いていると、裏口に辿り着いた。

 外へと続くドアをヴェルメリオ様が開けてくださる。


「クロムズ領の街に行くのははじめてだろう。ちょっと騒がしいが、いい街だ」


「た、楽しみです」


 やっと口の中にこもっていた言葉を言うことができた。

 ヴェルメリオ様とのデートではなく、街が楽しみみたいになってしまったのは残念だけど、街も楽しみなんだから良しとする。


 ヴェルメリオ様の治める街。

 その街がどんな街なのか見るのは本当に楽しみだった。


 裏口のドアをくぐり、少し歩いたところにある裏門の傍に立つ騎士に声をかけると大きな門を開いてくれる。


 両開きの門が開くその隙間から見えた街が視界いっぱいに広がっていく。


「すごい、人がいっぱいです」


 クロムズ領の中でも、ここは魔物がもっとも活発な地域。

 そんな場所にある街だというのに街は巨大で、目の前に広がる通りには大勢の人々があふれかえっていた。

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