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01 恋の病


 ヴェルメリオ様に婚約破棄を求めていた理由を打ち明けた翌朝。


 私はフィオルにきつめのメイクではなく、私に似合うメイクをリクエストした。

 全体的にやわらかなパステルカラーを使ったメイクは女の子らしくてドキドキしてしまう。

 髪の編み込みなんかお花の形をしてるんだから、女の子らしさはマックスだ。


 ワンピースは水色が似合うとフィオルに言われてそれを選んだけど、ドレスがあればよかったのになんて思ったのは人生で初めてのことだ。

 ヴェルメリオ様にかわいく見られたいなんて願望は恥ずかしすぎてフィオルには言えなかった。


「フィオル。変じゃないわよね? ちゃんとしてるわよね?」


「はいっ。大丈夫です、パノン様。今日もびっくりするくらいお美しいですよ!」


 朝食前にして本日5回目のしつこすぎる確認にも笑顔で答えてくれるフィオルは本当にできた侍女だ。

 この子がクビにならなくてよかった。


 フィオルの言葉に勇気をもらって食堂に向かう。

 いつも戦いに挑むような気持ちでくぐっていた食堂のドアだけど、今日はなにかの発表会にでも挑むかのような緊張感があった。


「パノン様? どうぞ?」


 緊張していて足取りが重い私に、ドアを開けてくれているフィオルが不思議そうにしている。

 「ええ」となんでもない風に装いながら食堂に入るとヴェルメリオ様がいつもの席に座っていた。


 頬杖をついて私の登場を見守ってくれていたヴェルメリオ様は目が合うと、小さく手を振ってくれる。

 めじりを下げて、口角を僅かにあげた柔らかい笑みに胸が締め付けられた。


 ドキドキを超えて、心臓はバックンバックン鳴っている。

 隣に座ったら死んじゃうんじゃないかと心配したけど、離れて座るのも嫌で、今日も大人しくヴェルメリオ様の隣に座った。


「お、おはようございます」


「おはよう。今日はいつもと雰囲気が違うな。かわいい」


 かわいいて!!

 頭の中でもう一人の私がガッツポーズをしている。

 よっし褒められたぁ! と大喜びしている自分を鎮めた。


「フィオルがやってくれたんですよ」


 体温が上昇しているのは隠せないけど表情は取り繕って、壁際に控えているフィオルを指し示す。


 ヴェルメリオ様はスッと立ち上がると、フィオルの前に立った。

 臆病なフィオルは「ひっ」と震え上がる。


「昨日はすまなかった。感情任せにクビを言い渡すなんてどうかしていた。今後もパノンの味方でいてほしい。申し訳なかった」


 ヴェルメリオ様は昨日の宣言通り、フィオルにきちんと謝罪する。

 きっとヴェルメリオ様は圧をかけているつもりはないんだろうけど元々の迫力がありすぎだ。

 フィオルは泡でも吹きそうな表情で、こくこくと人形のように首を振っていた。


「い、いいいえ!! あたしこそ、失礼で身勝手なことをしましたっ!! 申し訳ありませんでした!! あたしはダメな侍女ですぅ!」


「そんなはずはない。フィオルは良い侍女だ」


「はぇ!??」


「いつもパノンを可愛くしてくれる。今日なんて最高だ。やはりパノンはパステルカラーが似合う」


 なんでフィオルとの会話で私を褒めるのか。

 心臓が保たないからやめてほしい。


 喜びを隠すために渋い表情になってしまう私に気づくことなく、フィオルは目をキラッと輝かせた。


「そうなんですよ! パノン様は素材がいいので、本当はナチュラルメイクの方がお似合いなんです。今までのメイクではパノン様の実力を発揮できていませんでした! これからはガンガン魅力を押し出していけるよう磨き上げていきます!!」


「楽しみだが、余所に出したくなくなるな。男が集まってきてしまう」


「それが問題ですよね。パノン様は自分の美しさに気づいてないんです」


 ……なんで意気投合してるの?


 ふたりがなにやら真剣に私の顔について話し合っていると料理が運ばれてくる。

 さすがに話を切り上げて帰ってきたヴェルメリオ様が隣に座ると、料理の匂いなんかわからなくなってしまうような爽やかな香りがした。


 しつこくない甘い香り。

 爽やかなその香りは男の人の香りだとわかる。


 ヴェルメリオ様の香りだ。

 そう意識した途端、顔が熱くなるのを感じてしまった。


「今日もデザートはプリンをお願いした。好きだろう?」


 「好きです」と。

 プリンが好きなんだから、そう答えればいい。


 なのにヴェルメリオ様の瞳の柔らかな輝きを見ると、その言葉がどうにも言えなかった。

 こくんと無言で頷いて、今日も最高においしいパンを口に含む。

 

 もそもそ食べ出した私にヴェルメリオ様が少し不思議そうな顔をしてから、自分も食事をはじめた。

 ……ああ、嫌われたいわけじゃないのにつっけんどんにしてしまう自分が嫌だ。


「パノン? プリンは今日はやめておくか?」


 私の返事がないから心配してくれているのだろう。

 ヴェルメリオ様が犬だったら、しっぽがシュンと垂れていることが容易に想像できる声音だ。


 あわてて首を横に振る。

 プリンは食べたい。


「食べます」


「……そうか」


 私ってヴェルメリオ様にどんな声で喋ってた?

 こんな突き放すみたいな言い方じゃなかったことは確かだと思う。


 好きだと気づいてしまった瞬間、ヴェルメリオ様にどう見られているかが気になって一挙手一投足がままならない。

 今までは嫌われようとしていたのに、嫌われたくないと思ったら何をしていいのかさっぱりわからなくなってしまった。


 ヴェルメリオ様は私がこんな態度だから、その後はあまり話しかけてはこなかった。

 そうなると私も何を話していいのかわからない。


 重たい沈黙が流れたまま朝食の時間は終わりを迎える。


 ああ、もう完全に嫌われちゃった気がする……。


「……ごちそうさまでした。今日もおいしかったです」


「口に合わなかったのかと心配していた。よかった」


 食後にどうにか口を開くと、ヴェルメリオ様は安堵した表情を浮かべる。


 こんな緊張感をヴェルメリオ様に味合わせたかったわけじゃない。

 早く気持ちを落ち着けてヴェルメリオ様との結婚をどうするか決めなくちゃいけないのに、こんなことじゃヴェルメリオ様から結婚は願い下げだと言われてもおかしくない。


 そこまで考えたら胸が痛んで辛かった。


「ヴェルメリオ様は本日もお仕事ですよね。いってらっしゃいませ」


「俺の事務仕事を手伝ってみるという話はどうすることにした?」


「ありがたいお話なんですけど、もう少し考えさせてください」


 こんな状態でヴェルメリオ様と過ごす時間が増えたりなんかしたら、私はおかしくなってしまう。

 ヴェルメリオ様は残念そうに眉を下げたけど了承してくれた。


「気が変わったらいつでも声をかけてくれればいい。他の仕事をやりたいならそれでも構わない」


「ありがとうございます」


「ではいってくる」


 食堂から出て行くヴェルメリオ様は名残惜しそうに私を見る。

 クールな顔を崩して、ふにゃっと笑ったかと思うと最後に手を振って去って行った。


 嫌われちゃったかもと不安に思っていたところにそんな好き好きオーラを出されたら、安心してまた好きになってしまう。


「う、うううう」


「パノン様!?」


 いろんな感情で胸がいっぱいすぎて、思わず私はその場で呻きながらしゃがみこんでしまった。

 当然心配したフィオルが飛んできて「どうされました!?」とこの世の終わりみたいな声を出している。


 このままでは医者を呼ばれかねない。

 恋の病だなんて診断を受けたら、恥ずかしさで命を落とす自信がある。


 今にも誰かを呼びそうなフィオルにすがりついて声をあげた。 


「フィオル、話があるの!! 作戦会議よ!!」


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