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09 侍女の奮闘


「……へ?」


 ヴェルメリオ様は私に夢を叶えるべきと言ったわよね?

 私は「自由になる」という夢を叶えるためには、この婚約を破談にしてゼメスタン伯爵家を追放されなければならないことも伝えたはず。

 ヴェルメリオ様は私の「自由になる」という夢が、つまり「わがままになりたい」という願望だと見抜くほどに、私の話を理解してくれていた。


 それなのに、何故。

 「婚約破棄してくださいますか」の返事が「したくない」なわけ?


 混乱で間抜けな顔をさらす私に対してヴェルメリオ様は真剣そのものだ。

 「ん?」と首を傾げて、どういう意味か説明してほしいとヴェルメリオ様に言外に伝える。

 ヴェルメリオ様は渋い表情で言った。


「パノンは自由に生きたいんだろう? 自由に選択すればいい。わがままに生きてかまわない。だが、それは俺と結婚してもできることだ」


「公爵の妻が自分で稼ぐということですか?」


「ああ構わん。やりたい仕事が見つかるまでは、俺の事務仕事でも手伝ってくれればいい。給金は仕事に応じて出す」


「そんなの、おかしいと思われちゃいますよ!? 私だけでなく、ヴェルメリオ様までおかしな方だと思われてしまいます!」


「自由に、わがままに生きるということは、利口な道からは外れるということだ。おかしいと思われても当然だ。俺はパノンの夢を叶えるためなら、奇人と呼ばれてもかまわん」


 ヴェルメリオ様の意見は正しい気がする。

 私は夢ばかり見ていたけど、確かに自由になることは利口な道からは外れることなのかもしれない。

 だってどう考えても、わがままやしがらみに耐えて貴族でいた方がごはんには困らない。


「パノン。1ヶ月はここに居ると約束したな」


 迷っている私にヴェルメリオ様が静かに告げる。

 うなずくと、ヴェルメリオ様は笑った。

 その笑顔は脳の奥がじんとするほど甘い微笑みだった。


「約束の日までに、俺と共にいるか出て行くか選べば良い。どちらの道を選んでも、パノンの夢は叶う。それまでにパノンの心を奪えなかったのなら、俺は男として潔く身を引こう」


 今の迷っている私なら追い込んで結婚を承諾させることだってできたはずだ。

 でもヴェルメリオ様はそれはしなかった。


 それは自由に生きるという私の夢を尊重してくれている気がした。


 嬉しい。

 なんだか胸の奥から熱があがってきている気がする。

 ヴェルメリオ様と離れなくても夢が叶うという選択肢があるのだということに、喜んでしまっている自分がいて戸惑う。


 今まで否定してきた思いを、否定しなくてもいいかもしれない。

 そう考えた瞬間、ヴェルメリオ様の傍にいることが恥ずかしくてたまらなくなった。


「わ、わかりました! じゃあ、考えさせていただきます! そうだ、フィオルのクビは撤回でいいですよね!?」


「ああ、当然だ。その件については本当にすまなかった。フィオルにも謝罪したい」


「じゃあ明日にでも! ああでも、あの子は臆病なのであんまりすごい勢いで謝るとびっくりすると思います!」


「わかった。気をつけよう」


「ではおやすみなさい」


 早口に告げて、ドアへと向かう。

 さっさと立ち去ろうとする私の背中にヴェルメリオ様が「パノン」と声をかけた。

 ぎこちなく振り返る。


「は、はい。なんでしょう」


「俺のことを嫌っているわけではないと言ってくれて嬉しかった。夢のことも話してくれてありがとう。ひとつパノンのことを知ることができた」


 心底嬉しそうに礼を言ってくるヴェルメリオ様に、どういう顔をしたらいいのかわからない。

 私のことを知れたってだけで、そんなに喜ばないでほしい! くすぐったいから!


「っいえ、今まで無闇に傷つけてすみませんでした! おやすみなさい!」


 逃げるみたいに廊下に飛び出してドアを閉める。

 ドアノブにすがりつくようにして、しばらくそこから動くことができなかった。


 ヴェルメリオ様の妻になる。そして夢も叶える。

 そんな贅沢な選択肢が私にあるんだ。

 ……そしてその選択肢は、私にとって贅沢なのね?


「なによもう、私ったら。ヴェルメリオ様のこと、好きなんじゃない」


 思わずぼそりと口にした瞬間、恥ずかしくてたまらなくなる。

 その晩羞恥心でよろよろ部屋へと帰ったら、少数精鋭のメイドの誰かに見られたらしい。


 翌朝やってきたフィオルに「昨夜よろよろ歩く、おおお化けが出たそうですよぉ。お気を付けくださいっ」と忠告されてしまった。

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