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04 侍女の奮闘


「何やってんのさ。さっさとお見舞いして仕事に戻らないと。団長殿は午後の訓練をサボるおつもりですぅ?」


「わかってる」


 茶化すロキにため息交じりに言い捨てるも、いつまで経ってもパノンの部屋のドアノブを握ることができない。


 今朝、パノンの侍女……確か、フィオルという名だった気がする。

 そのフィオルがパノンは朝食を食べないと言いに来た。

 理由を聞くと体調が優れないらしい。


 昨日から顔色が悪いと思ってはいたが、今日まで長引くなんてよっぽどだ。

 心配で心配で午前中の仕事がほぼほぼ手に付かなかったため、見舞いに行こうと思い立ったまではいい。


 部屋の前まで来て、俺は怯んでしまっていた。


「……迷惑じゃないだろうか」


「今はまだ婚約者なんでしょ。婚約者の見舞いに来るのに迷惑もなにもないでしょ」


 壁に寄りかかって退屈そうにしているロキがあくび混じりに言う。

 その声はもう若干苛立っていた。


「あのさ、へたれるのは良いけど僕を見張りに立たせるなら、とっとと終わらせてくれる? ふたりきりになるために僕を利用しないでよね。僕だって忙しいんだから」


 ロキが苛立つ理由はわかる。

 俺だって友人が好きな女とふたりきりになるために、侍女が来たら足止めしてくれなんて頼まれたらイヤだ。

 しかもその友人が直前でまごついているんだから、苛立ちは増すばかりだろう。


 ロキに見捨てられる前に、見舞いに行かなければならない。

 深呼吸をしてから、慎重にドアをノックした。


 ――返事はない。


「寝てるんでしょ。入ったらいいよ、婚約者なんだし。もし具合悪すぎて倒れてたらどうするのさ」


 半眼になったロキに言われて、それもそうだと思い至る。

 迷いを捨ててドアを開けると、暗い部屋の中にひとつだけ明かりが点っているのが見えた。


 まずはパノンが倒れていないことに安堵してから、明かりへと歩み寄る。

 それはベッドサイドのテーブルに置かれた小さなライトだった。


 寝顔を見るのは申し訳ないと思いながらも、誘惑に負ける。

 そろりと覗き込んだベッドの中では、パノンが身体を丸めて眠っていた。


 すやすやとよく眠っている。

 その額には汗が滲んでいるのがわかった。


 熱でもあるのではないだろうか。

 心配が先立ち、失礼だとはわかりながらもその額に触れる。


 そしてその冷たさに驚いた。


「……魔力切れ、か?」


 強い眠気、体温の著しい低下。

 症状から考えられるのは魔力切れだ。


 魔法という文化は俺の前世の時代より遙か前の時代に滅亡してしまっている。

 今の時代に魔力を使用しているのは、主に今傍らで輝いているランプや暖房設備などだ。


 人間の体内にも魔力は存在しているが、その使い道は力仕事をする際に筋力を増強させるくらいのもの。

 騎士は剣を振るうときに魔力を使うため魔力切れにはなじみが深いが、パノンはどこで魔力を使ってしまったのだろうか。


 考えられるとすれば、あのナンパな騎士にちょっかいを出されて緊張して力んでしまったということくらいか。

 ……そう考えるとムカムカしてきた。

 あいつのクビをきらなかっただけでも、俺はいい上司だと思う。


「ん、んん?」


「パノン? 見舞いに来たぞ。体調はどうだ?」


 眠そうなパノンの声に呼びかける。


 パノンは重そうにまぶたを上げたが、まだきちんとした覚醒には至っていないらしい。

 寝ぼけた目で俺を見て、寝ぼけた声で「ヴェルメリオ様?」と俺の名を呼んだ。


 胸が痛いくらいにかわいい。


「ねむい、です」


「眠ればいい。寒くはないか?」


「うん」


 こくんと頷いて、パノンはまた目を閉じる。


 症状から見て、まず魔力切れだろう。

 それならば眠って回復するしか道はない。


 心地よい眠りにつけるように、桃色がかった美しいプラチナの髪をそっと撫でてやるとパノンの口角は気持ちよさそうに緩んだ。


「心労もあったんだろう。俺のわがままでここに留まってもらっているのはわかっている。すまない」


 半分眠っているパノンに、ぽつりと謝罪する。


 1ヶ月時間をくれと願い、パノンはそれを受け入れてくれた。

 それまでに俺を好きになってくれないかと願っているが、そんなのは俺のわがままでしかない。


 前世から続く想いをひきずっているのは俺だけ。

 何も覚えていないパノンには今の人生がある。

 この子の人生の足を引っ張ってはいけない。


 わかっているのに、やっと再会できたパノンを簡単に手放すことはできなかった。


「いいんです」


 パノンの唇が小さく動く。

 眠たげな甘い声。

 その声は優しい言葉を紡いだ。


「いつもよくしてくれて、ありがとうございます。気持ちを返せなくて、ごめんなさい」


 いつも強気な振る舞いをしているパノンは、俺を傷つけないよう嫌われてやろうと一生懸命なんだろう。

 パノン本来の気の小さい部分を見た気がして切ない。


 俺がパノンを苦しめているのではないかと思うと、辛くてたまらなかった。


「パノン。きみを手放す覚悟を、しなければならないのかもしれないな」


 パノンは眠ってしまったんだろう。

 今度は返事はなかった。


 上掛けを細い肩にしっかりとかけてやってから、部屋を出る。

 つるりとしたパノンの額に唇を落とさなかった自分は偉かったと思う。


 廊下で待機していたロキは、壁にもたれて座り込んでいた。


「お。思ったより早かったね。チューはしてきた?」


「まだしていない。同意がなければ犯罪だ。そんなことより話がある。一度書斎に行こう」


「なんの話? もちろん営所の執務室で山になってる書類の締め切りよりも、大事な話ってことだよね?」


 おどけた調子で言うロキに頷く。

 書類の締め切りなんて、後でどうにか間に合わせる。

 ロキに今からする話は、なによりも大事な話だ。


「ああ。俺がパノンを諦める準備の話だ」

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