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03 侍女の奮闘


「――様。パノン様。お加減いかがですか?」


 フィオルの声だ。

 ぼんやりした視界が少しずつクリアになる。

 

「フィオル?」


「おはようございます、パノン様。お食事に行かれるようでしたら、もう支度した方がいいお時間ですよ」


 ベッド脇にひざまづいてフィオルが私の様子を窺っている。


 そうだ。

 昨日はヴェルメリオ様の手に触れたら、不思議な光景が見えた。

 そのあとにどっと疲労感が押し寄せてきて、部屋に帰ってからは泥のように眠ってしまったんだった。


「もうそんな時間?」


 眠気眼をこすってみるけど、背中がベッドに沈み込んでしまったようだ。

 少し動くだけでもだるい。

 何にこんなに疲れているのかはさっぱりわからないけど、起き上がることさえ億劫だ。


「フィオル、朝食はパスしてもいい? 眠くて……」


「大丈夫ですよ。あたしがきちんとお話しておきます。……パノン様、顔色が悪いです。心配です」


 涙声のフィオルに「大丈夫」と返すけど、私自身なんでこんなに疲労しているのかわからないから不安だ。


 何か悪いものでも食べちゃったかなと考えていると、フィオルが私の手を握った。


「手もこんなに冷たく……。昨日は騎士に連れて行かれそうなパノン様を見て、怖くてなにもできませんでした。自分の弱さが、あたしはイヤですっ。パノン様のお役に立てず、本当にごめんなさい」


「そんなことないわ。いつも私の味方をしてくれるじゃない。昨日は私もびっくりしちゃって何もできなかったのよ。フィオルが怖いのも当然よ」


 パーティーに何度も参加しているような令嬢なら、男性の扱いにも心得があるのかもしれない。

 でも私の人生は、ここに来るまではほぼゼメスタン伯爵家の屋敷の中で完結している人生だった。


 接する男の人は使用人くらいのもの。

 男性の扱いなんてわかるはずがない。

 それはフィオルも同じだったはずだ。


 怖い思いをしたのはお互い様。

 フィオルが自分を責める必要なんて、なにひとつない。


 私の手を握って、涙目になっているフィオルの手をさする。

 

「いつもありがとう、フィオル」


 ぎゅう、とフィオルの手を強く握り返す。

 そのとき、また昨日と同じような感覚が私を襲った。


 気づけばまた知らない場所にいる。


 私は立っているわけでもなければ、寝ているわけでもない。

 肉体がどこかにいってしまったような不思議な感覚だ。


 目の前には小高い山がある。

 その中にある田舎の村。


 痩せた畑を懸命に耕している少女が誰なのかすぐにわかった。


(フィオルだわ)


 発したはずの声は、また音にならずに消える。


 茶色の髪にオレンジ色の瞳。

 昔はフィオルは髪が長かったらしい。

 ひとつにしばった髪は土まみれだ。


「フィオルー! 早くそこ終わらせちゃいなさいよ! まだまだあるんだからね-!」


「わかってるー!」


 畑の外から声をかけてきた女性はたくさんの野菜を抱えている。

 その後ろに何人もの子どもが水の入ったバケツを頭に乗せて歩いていた。


「フィオル、後で手伝うからな。無理すんなよ」


「はーい」


 フィオルよりも少し大きい子どもたちは、全員少しフィオルに似ている。

 きっときょうだいだろう。


 数えてみれば、フィオルを含めて子どもたちは8人もいた。


「……毎日毎日畑仕事ばっかり。いいことなんか何にもない」


 (くわ)をは振り下ろしながらフィオルは呟く。


「こんな家、さっさと出てってやるんだから」


 ふっと、意識が身体に戻ってくるような感覚がした。


「パノン様? どうされました? ぼんやりされていたような……」


 現実のフィオルは心配の色を濃くしている。


 今見えたものはフィオルの過去?


「フィオルって8人きょうだいの一番下の子だった?」


「え!? どうしてわかるんですか? 言ったことありましたっけ?」


「畑の傍に水辺がないのね。みんな頭にバケツを載せて運んでたわ」


「そうなんですよ。土地も痩せてて芋しか育たないし……って、やっぱりそんな話はしたことなかったですよね?」


 フィオルが怪訝そうな表情で首を捻る。


 間違いない。

 今見てきた光景はフィオルの過去だ。


「おかしな話かもしれないけど、聞いて。私、フィオルの過去が見えたの」


「え? どうやって、ですか?」


「今、フィオルの手に触れたでしょう。その手に意識を集中すると、田舎の村で畑を耕す子どものフィオルが見えたのよ」


「……それは、パノン様にはギフトがあったということですか?」


「ぎふと?」


 聞き慣れない言葉を聞き返す。


 フィオルは神妙な表情で頷いた。


「あたしも聞いた話なんですけど、世の中にはときどき奇跡みたいな力を使える人がいるらしいんです。それを神様からの贈り物っていう意味でギフトって呼ぶそうです」


「じゃあ私には手に触れた相手の過去を見るギフトがあったってこと?」


「そんな不思議な力はギフトだとしか思えませんっ。きっとそうなんですよ! さすがパノン様です。選ばれし者です!」


 フィオルは言いながら眼をキラキラさせる。


 狙った通りの過去を見られないところは難点だけど、過去を見られるギフトは何かと便利に使えるかもしれない。

 自分の知らなかった力に、ちょっとだけわくわくしてしまう。


 そこでふと、ヴェルメリオ様の手に触れたときに見えた光景を思いだした。


「そういえばヴェルメリオ様の手に触れたときにも、不思議なものが見えたの。あれはきっとヴェルメリオ様の過去だったのよね」


「どんな光景ですか?」


「小さな里から少し離れた大きな木の下で、男の子と女の子が遊んでるところ。でも男の子がヴェルメリオ様なのかもよくわからなかったわ」


 幼いフィオルを見たときにはすぐにフィオルだとわかったけど、あのときの男の子がヴェルメリオ様だとはわからなかった。


「男の子は紺色の髪だった気がするのよね。ヴェルメリオ様じゃなかったのかもしれないし、なんだったのかいまいちわからないわ」


「ふむー。気になるようでしたら、また覗いてみます?」


「悪趣味だから、許可なく過去を覗きたくはないわよね。ギフトが使いこなせてないから、無意識に見ちゃうことはあるかもしれないけど……。それにギフトを使うととんでもなく疲れることもわかったから、あんまり使いたくない」


 フィオルの過去を見たら、間違いなく疲労感が増した。


 昨日突然疲れてしまったのも、無意識にヴェルメリオ様に対してギフトを使ってしまったからだろう。

 悪趣味な上にこんなに疲れるギフトは多用できない。


 すごい力を手に入れたような気分でいたのに、興ざめした思いだ。


「それで体調が優れなかったのですね!? あああ、あたしが手なんか握ってしまったばかりにパノン様を余計疲れさせてしまいました」


「そのおかげでギフトがわかったんじゃない。気にすることないわ」


「いいえ、気にします。あたし、本当にお役に立てていません……」


 ベッドの横に立つフィオルが俯く。

 身体の横で握られた手は白くなるほど強く握られている。


 こういうときは励まされてもあまり響かない。

 自分の中の葛藤は、自分で戦って解決するしかないのだ。


「パノン様。あたし、お役に立てるように自分にできることは全てやってみます。ですから今はゆっくりお休みください」


「あまり気負わないでね。私はフィオルが味方でいてくれるだけで救われてるんだから」


 フィオルは「はいっ」と嬉しそうに頷いて部屋を出て行く。

 でもその背中は悩んでいるようだった。


 気にはなったけど、今の私にはどうすることもできない。

 鉛のように重たい身体の力を抜くと、すぐにまた眠ってしまった。

 

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