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02 侍女の奮闘


 あれ? 私、今……ヴェルメリオ様に肩を抱かれてる?


「だ、団長!?」


 騎士がさっきまでの優雅な雰囲気からは考えられない、ひっくり返った声をあげる。

 

 ヴェルメリオ様は緋色の瞳を燃やし、形の整った薄い唇を慎重に開いた。


「俺に斬られる前に去れ。この令嬢は、俺の妻になる女性だ」


「は!? あ、し、失礼いたしました! 申し訳ございません!」


 ガバッガバッと首がもげる勢いで2回連続頭を下げた騎士が逃げていく。

 周囲でぽかんとこちらを見ていた騎士たちも、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


 騎士たちはみんな、きっと私がヴェルメリオ様の婚約者なんて思っていなかったんだろう。

 ヴェルメリオ様が宣言してくれたおかげで、ヴェルメリオ様の婚約者は人前で着飾ることもしない女だということが騎士たちに伝わっただろう。


 ワンピース作戦は大成功。

 でも助けてもらってしまったから、なんだか申し訳ない。


「ここに来るときはロキを連れて来た方がいい。大丈夫だったか?」


 私が着飾っていないことで、ヴェルメリオ様は貴族としての名誉を傷つけられたばかりだ。

 だというのにそんなことに気づいてもないんじゃないかというレベルで、ヴェルメリオ様の声はいつも通りだ。


「大丈夫ですけど、私がこんな姿で来てしまったからヴェルメリオ様の評価は落ちてしまったんじゃないですか?」


「こんな姿……、ワンピースのことか? そんなことで落ちる評価ならば、最初からないようなものだ。ワンピースは今日も似合ってる」


 意地悪をしに来たのに、こんな対応をされたらたまらない。

 ヴェルメリオ様と接していると自分は本当にイヤな女だなぁと落ち込んでくる。


 はあとため息をこぼすと、ヴェルメリオ様が身をかがめて覗き込んできた。


「体調が悪いのか? 顔色が悪い」


 間近で見るとヴェルメリオ様の瞳は、本当に吸い込まれそうなほどに綺麗だ。

 緋色の瞳の中の瞳孔には金色の輝きまで混ざっている。


 思わず見惚れそうになった自分を叱責して、私は両手をあげる。

 降参サインだ。


「……なんだ? その手はどうした?」


「降参です。ヴェルメリオ様に未練なく婚約破棄していただきたいと思って、嫌われようと努力していたんですけど、全然嫌ってくれそうにないです」


 拗ねて唇を尖らせる私に、ヴェルメリオ様は面白そうに笑った。

 口数は多くないのに、笑うと少年みたいなのはズルいと思う。


「そうだったのか。気がつかなかった」


 まさか気がつかれていなかったとは……!

 悔しくて顔をしかめると、ヴェルメリオ様は子どもに訊くみたいに首を傾げる。


「どんな努力をしていたんだ?」


「好き嫌いが多いわがままな女だってことをアピールしてたじゃないですかっ」


「俺も好き嫌いくらいある」


「……読めない文字があることもアピールしました」


「ああ、それで書斎に来ていろいろ聞いてくれたのか。頼られていると喜んでいた」


「もう! お辞儀(カーテシー)が下手なのも見せましたよね!」


「だんだんうまくなっているから練習しているんだと思っていた」


 ノーダメージ。

 まさかお辞儀(カーテシー)に至っては下手くそアピールをしている内に、少しずつ上手くなってしまっていたなんて……。


 今回のワンピース作戦も、変な騎士に絡まれて終わってしまった。

 ヴェルメリオ様に助けられて借りを増やしてしまっただけ。


 自分の情けなさに肩を落としていると、ヴェルメリオ様はクツクツとおかしそうに喉を鳴らした。


「残念だったな。俺を捨てるなら、俺を深く傷つける覚悟をしてくれ」


「私を好きなら、そんな意地悪言わないでくださいよ!」


 「もう」と言いながら、肩に乗っているヴェルメリオ様の手をどかす。

 いつまで肩を抱いているつもりなの、と。

 そんな想いで触れたヴェルメリオ様の手。


 思っていたよりその手が分厚くて、堅いことに気がついて意識が手の感覚に集中する。


 その瞬間、パッと視界が変わった。


(なに?)


 声を出したつもりなのに、音にはならない。

 状況を理解したくて周囲を見渡すと、小さな集落が見えた。


 その集落から少し離れた大きな木の下で、子どもが二人遊んでいる。

 白銀の髪の女の子と背の高い男の子。


 女の子が転ぶと男の子が血相を変えて飛んでいく姿が見える。

 大げさなくらい心配している男の子。

 彼はどこかヴェルメリオ様に似ている気がした。


「パノン? 本当に大丈夫か?」


 ヴェルメリオ様の声がして、ハッと意識が現実に戻ってくる。


 今の光景がなんだったのかわからない。

 ただ全身の力が抜けたようにだるい。


「大丈夫です」


 気の抜けた声になってはしまったけど、今度は声がちゃんと音になったことに安堵する。


 ヴェルメリオ様は、さっきの男の子と同じくらい大げさに私のことを心配そうに見ていた。


「さっきのが怖かったんじゃないか? 部屋まで送る。今日はもうゆっくりした方がいい」


「そうですね。そうします」


 ずっと傍に控えてくれているフィオルも、さっき騎士に絡まれたときから暗い顔をしている。


 ワンピース作戦も失敗に終わってしまったし、今までの作戦もヴェルメリオ様にはノーダメージだったことがよーくわかった。

 今は撤退して作戦を練り直すしかないだろう。


 ヴェルメリオ様に送られて部屋に帰った後、私は営所まで行っただけとは思えない疲労感に襲われ、泥のように眠ってしまった。

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