01 侍女の奮闘
1ヶ月後ヴェルメリオ様に婚約破棄を突きつける。
罪悪感を拭うために、それまでにできる限り嫌われる。
誓った私は日々努力をしていた。
食事に嫌いなものが出てきたら、食べはするけど「これは嫌いです」と正直に言って好き嫌いがある面倒な女ということをアピール。
学校に行ったことがないことを活かして、読めない字を聞くことで教養のなさも強調。
毎朝ヴェルメリオ様に会う度にへたくそなお辞儀を見せつけることで、マナーもなっていないということを見せつける。
公爵の嫁にふさわしくないというところを、これでもかと言うほど見せているのに、ヴェルメリオ様はいつも愛しげに私を見るばかりだ。
そうこうしている間にも時は過ぎていく。
このままではいけないということで、今日は今までとっていない作戦に挑んでみることにした。
「どう? フィオル。今の私じゃ絶対に貴族令嬢には見えないわよね」
「はい! どう見ても街の綺麗なお嬢さんですっ」
深緑色のシンプルなワンピース。
おろしたままの髪。
薄い化粧。
平べったいかかとの靴。
貴族令嬢としての身だしなみをまったく整えていない姿で、私は列柱廊を歩いていた。
貴族の女性はおしゃれが仕事のようなものだ。
未婚女性はよりよい結婚相手を探すために、既婚女性は夫の力をアピールするために着飾る。
そんな貴族の女性としての仕事を完全放棄したこの姿は、だらしないとしか言いようがない。
自宅ではこういう姿で過ごしている貴族もいるだろうが、私はこの格好で営所に出向こうとしているんだから罪深い。
着飾らずに歩いている嫁がいるなんて、貴族として恥ずかしいことだ。
今までヴェルメリオ様の名誉のために、他人を巻き込む作戦を決行したことはなかった。
でもここ数日の努力の実のらなさ具合に焦った私は、ヴェルメリオ様の心を動かすためには大胆なことをしなくてはいけないのかもしれないということで決断したのだ。
「こんな格好でヴェルメリオ様の部下の前に姿を見せるなんて重罪よ。名付けてワンピース作戦。これでヴェルメリオ様もきっと、私に失望するはずだわ」
「そうに違いありません! いざ参りましょうパノン様!」
「がんばるぞー!」とフィオルと気合いを入れてから、営所に続くドアをくぐる。
ここに来るのは二度目だけど、やっぱり広い。
高すぎる天井に広すぎる廊下。
行き交う騎士たち。
静かな屋敷とは別世界に迷い込んだみたいな心地になりながら、私はキョロキョロ辺りを見回した。
「この姿をヴェルメリオ様に見ていただかなければ意味がないわよね。執務室はどこだったかしら」
「えーと、確か上階だったかと――」
「お嬢様方どうされましたか?」
背後からかかった声に振り返る。
上品そうな顔立ちの騎士が、人の良さそうな顔で私とフィオルを見下ろしていた。
「ヴェルメリオ様の執務室を探しているんですけど……」
「そうでしたか。ではこちらですよ、レディ」
柔らかく眼を細めた騎士が私の腰に腕を回してくる。
ん? ……もしかしてこれはエスコートの一種?
首を傾げてフィオルを見て、その考えは違うと悟る。
フィオルが怯えてブンブン首を横に振ってるから、たぶんこれはエスコートじゃない。
「あー、親切にありがとう。でも自分でもう少し探してみます」
「いえいえご遠慮なさらずに。きちんと案内しますので。ね?」
腰をぐっと引かれる。
こんな経験が初めて過ぎてどうしていいのかわからない。
そうだ。ヴェルメリオ様の婚約者だと明かしてしまおう!
婚約破棄しようと思っているのに、こんなときだけヴェルメリオ様の名前にすがるだなんて情けない気がする。
けど、きっと効果はてきめんだろう。
それに私はヴェルメリオ様の妻として恥ずかしい姿を、騎士の皆様に見せつけに来たのだ。
声をかけられた時点で「ヴェルメリオ様の婚約者なんですけど~」とでも言っておけばよかった。
後悔しながら口を開く。
そこで初めて自分の唇が震えていることに気がついた。
思っている以上に、この状況に自分は恐怖している。
気づいてしまうと声は出なくなってしまった。
騎士の力の強さに身がすくむ。
それでも騎士は足を止めてはくれない。
どうしたらいいの。
混乱でもう一度同じ思考のループにはまりかけていたとき。
騎士とは反対側の隣から肩を抱かれた。
視界が横にスライドし、頬がトンとたくましい何かにぶつかる。
顔を向けて、それがヴェルメリオ様の腕だとわかった。




