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06 絶対に惚れたりなんかしない


 ――コンコン。


 落ちてきた夕日を窓から見ていると、ドアが鳴った。


 ドアを開けると、廊下に立っていたヴェルメリオ様の驚いたような顔が現れる。

 不思議そうに私の部屋を覗いて、ヴェルメリオ様は首を傾げた。


「ワンピースに驚いてらっしゃいますの? 好きな服装をしていいとおっしゃったではありませんの」


「いや、それはかわいい。よく似合ってる」


「かわいいって……」


「侍女はいないのか?」


「自室で待機させていますの。それより女性の部屋をじろじろ覗くなんて、マナー違反ですのよ」


「そうか、すまない」


 ヴェルメリオ様は素直な人だと思う。

 年下の小娘に偉そうにマナーを指摘されたというのに、ヴェルメリオ様は申し訳なさそうに眉を下げた。

 それからまた、私の機嫌を窺うみたいに恐る恐る口を開く。


「なぜひとりで待ってくれていたんだ?」


「昼の話の返事を聞かせていただけると思いましたので。人がいると、しにくい話ですわよね?」


 婚約を破棄してもらえるように再度提案して、ヴェルメリオ様は「考える」と言ったのだ。

 そして「夕方に会いたい」と。


 その〝夕方〟である今、返事がもらえると思ったのは当然だ。


 ヴェルメリオ様は「そうだな」と眉を下げて頷く。

 それから私が開いていたドアを、より大きく開いた。


「少し庭を歩こう」


「ここではダメなんですの?」


「少しだけ付き合ってくれ。俺たちは、今はまだ婚約者だろう?」


 ふっとヴェルメリオ様の口角が切なく持ち上がる。

 そんな顔をされて、断れるはずがなかった。


 ヴェルメリオ様に付いて庭へ出る。

 列柱廊から見えていたけど、こうして歩くと本当に手入れの行き届いた庭だ。

 色とりどりの花々と緑のアーチに出迎えられて、私はヴェルメリオ様と一緒に庭の四阿(あずまや)へと辿り着いた。


 ヴェルメリオ様にエスコートされて、四阿に置かれたカフェテーブルの椅子に座る。

 ヴェルメリオ様も黙ったまま席についた。


 沈黙が痛い。

 今から別れ話の返事を聞かされるのだと思うと、ドキドキして仕方がない。


「あの、ヴェルメリオ様……?」


 そわそわしているのも限界でヴェルメリオ様に声をかけたところで、視界の端にぽつんと青い光がともったことに気がつく。

 ふと、その光に誘われて視線をそちらに向ける。


 そして、息をのんだ。


「綺麗……」


 夕日が沈みきったのとほぼ同時に、庭に咲いていた花々が青く輝きだしたのだ。


 ぽつん、ぽつんとともった明かりは広がっていく。

 やがて私たちのいる四阿は青い光に包まれたように照らされた。


「これはなんですか? どうして花が?」


「クロムズ領は魔物が活性化しやすい地域だ。それは魔力が多いという土地柄が影響している。この庭の花は魔力に反応して夜間に光るんだ」


 遠くを見ていたヴェルメリオ様がこちらを向く。

 柔らかい微笑みは、胸が痛くなるほど優しいものだった。


「パノンに、見せたかった」


 ヴェルメリオ様の目が、声が、私に『好きだ』と言っている。


 どうしてヴェルメリオ様が私なんかを好きになってくれたのかがわからない。

 それでも、こんなに私を愛してくれている人にひどい態度をとる自分が許せない思いがした。


 ぎゅうっと膝に載せた手に力が入る。

 私の表情はひどいものだったんだろう。

 ヴェルメリオ様は困ったように眉を寄せた。


「パノンはパノン自身が思っている以上に、いい人間なんだと思うぞ」


「どういう意味ですの?」


「俺に高圧的な態度をとったり、無作法をするときには必ず申し訳なさそうな顔をしている」


「へっ?」


「がんばって俺に嫌われようとしていることがよくわかる」


 それって私が必死になってイヤな女を演じていたのはバレバレだったってこと?

 足を組んだり顎を上げたり、勇気を振り絞って強気に発言していたことは全部バレてた?


 そんな恥ずかしいこと、知りたくなかった!

 自分の顔が真っ赤になっているのがわかる。


 ヴェルメリオ様はティーテーブルに肘をついて、ニィッと白い歯を見せた。

 緋色の瞳が細まって、いたずらっこみたいな表情になる。

 美形がそんな顔をしたら、それはもう兵器だ。

 不可抗力でこっちの体温はますます上がってしまう。


「な、なな、なんでそんなこと言うんですか! 私は素でイヤな奴なんです!」


「素でイヤな奴が、イヤな奴の自覚はないだろう」


「いやっ、イヤな奴ですよ。ヴェルメリオ様を傷つけています。現在進行形で」


 もうバレてたんなら、自分の本当にイヤな部分をさらけだすしかない。


 私はイヤな奴だ。

 自由が欲しいがために、「好きな人がいる」なんて嘘をついて婚約破棄を迫ってヴェルメリオ様を傷つけている。

 間違いなくイヤな奴である行為。


 ヴェルメリオ様は「ふう」と小さく息を吐く。

 椅子の背もたれに体重を預けたヴェルメリオ様は少しの間口を閉ざした。


 和んだ空気が一瞬で緊張感あふれるものになる。

 昼間の返事をくれるんだということが、ヴェルメリオ様の表情でわかった。


 覚悟を決めた様子でヴェルメリオ様は背もたれに預けていた体を起こす。

 緋色の瞳がまっすぐ私を射抜いた。


「1か月、くれないか?」


「1か月?」


「1か月経ってもパノンが俺と結婚したくないというなら、きっぱりと諦める」


 貴族の婚約者同士が共に過ごせる結婚準備期間は、最長でも3ヶ月間という規則が存在する。

 3ヶ月の間には結婚準備を整えて結婚式を執り行い、夫婦にならなければならない。


 ヴェルメリオ様が提示した1か月という期間は、ヴェルメリオ様にとって妥当な期間だと思う。

 私が心変わりして結婚するとなったら、がんばれば残りの2か月間で結婚式を挙げることができるはずだ。


 でも、これは私にとっても魅力的な提案。

 だって1か月後に私が「やっぱりあなたとは結婚したくありません!」と言ってしまえば、速攻自由の身になれる約束だから!


 相手にあった決定権が私に回ってくる。

 イヤな女である私は迷わずに頷いた。


「わかりました。でも1か月だけですよ。それでもヴェルメリオ様を好きにならなかったら、私との婚約は破棄してください」


「約束しよう」


 ヴェルメリオ様は嬉しそうに頷く。


 ヴェルメリオ様が余裕なのは、きっとその美形で数ある女性を泣かせてきたからだろう。


 でも私はそうはいかないわ!

 なにせ私は恋愛未経験の女。

 好きな人ができたことも一度だってないんだから、この約束に関しては最強と言える。


 私は絶対にヴェルメリオ様に惚れたりなんかしない!


「ありがとう、1か月も俺と居てくれて」


「……なんでヴェルメリオ様は、私なんかがそんなにお気に入りなんですか?」


「愛してるからだよ」


 ざあっと庭を風が駆け抜ける。

 花の青い光が揺れてとても綺麗だ。


 そんな美しい背景を背負ったヴェルメリオ様が真摯に言った言葉が、頭をジンとしびれさせる。

 緋色の瞳に捕まったような感覚に喉がごくんと鳴った。


 ……けど、大丈夫。

 私は、絶対に、ヴェルメリオ様に惚れたりなんかしない!

 

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