03 絶対に惚れたりなんかしない
「さあさあ、パノン様! 採寸いたしましょう! 以前からパノン様は腰が細すぎるのではないかと思っていました。サイズがとても気になるところです……!」
「待って待って、フィオル! 落ち着いて!」
朝食後。
自室へと引き上げてきた私は、メジャーを手にしたフィオルに早速壁際に追い詰められていた。
ヴェルメリオ様は私にドレスを贈りたいということを、ロキを通じて伝えてきた。
そのために採寸してほしいと言われて、断れずに帰ってきたところだ。
フィオルはおしゃれ好きな侍女だ。
新しいドレスを見られるとなって、フィオルは冷静さを失っている。
迫り来るフィオルの肩を掴んで、オレンジ色の瞳を覗き込んだ。
「フィオル、落ち着きなさい」
「ふぁ、ちちち近いです、パノン様! そんなにお美しい顔が傍にあるとドキドキしてしまいます!」
「じゃあ離れるわ。だから、ちょっと落ち着いて話を聞いて」
「はいっ」
ありがたい話だけど、フィオルは私のことをこの短期間でとても好いてくれている。
ヴェルメリオ様の元へ送られることになって、泣き続けていたフィオルを慰めてきた甲斐があった。
フィオルが深呼吸をして落ち着いたところで、私は考えを口にした。
「採寸はするべきじゃないわ。ドレスは贈ってもらうべきじゃない」
「えええ、なんでですかぁ」
明らかにガッカリしている様子のフィオル。
私だって、本当はドレスを贈ってもらえること自体は嬉しい。
でも私はヴェルメリオ様との婚約を破棄したいんだから、こんな恩は受けるべきではない。
「フィオル。ヴェルメリオ様はなぜか私のことが好きっぽいわよね」
「はい。朝食の席でも恋人を眺めるようなとろけきったまなざしで、パノン様を見つめておられましたね」
「そんな彼との婚約を、私は破棄したいと思っているのよ。間違いなく傷つけるわ。それだけでも申し訳ないのに、ドレスをもらうなんて恩を受けるわけにはいかないと思わない? 少なくとも、私の良心は限界よ」
フィオルは「なるほど」と言いながらも、悔しそうに眉を寄せる。
唸ったフィオルは、懇願するように私を見た。
「でもでも、私はパノン様が着飾るお姿を見たいです。ドレスが一着しかないというのも、とても気になっています。明日もそのドレスを着られるつもりなんですか?」
「さすがに毎日着ていれば匂いが気になるじゃない。明日は適当なワンピースでも着るつもりよ」
「もったいないですよ、パノン様! そんなにお美しいのに!」
「美しいのはフィオルの化粧のおかげでしょ。評価してくれるのは嬉しいけど、ドレスをもらうわけにはいかないわ。
ロキは採寸を頼んできたのよ? オーダーメイドのドレスを作ってくる可能性もあるんじゃない?」
「おおおおオーダーメイド!?」
フィオルの声がひっくり返る。
渋い表情で頷きながら、頭の中でオーダーメイドドレスのお値段を考える。
オーダーメイドドレスはお義姉様がお義父様にねだって作ってもらったことがある。
お義父様が職人との仲介をしてくれていた商人に、「そこをなんとか」「もうちょっとこれに似た安い生地を」とお義姉様に内緒で話しているところは見た。
あのお義父様が、お義姉様をちょこっと騙してでもケチりたいほどのお値段だったということだ。
そんなものをもらった上で婚約破棄をねだるだなんて、ちょっと考えられないくらいに図々しい。
「断ったら、ロキの目測でつくることになるって言ってたけど、オーダーメイドドレスなんて高いものを目測でなんて作れるわけないわ。ぴしゃっとお断りしましょ」
「うう、パノン様の様々なドレス姿を夢に見そうなくらいに残念です……。でも一番大切なのは婚約を破棄してもらって、自由の身になることですものね! 自由の身になったら、たくさん稼いでオーダーメイドドレスを仕立てましょう!」
「そうね! がんばりましょ!」
決意を新たにフィオルとガッツポーズを決めていると、ドアがコンコンと鳴る。
慌てて居住まいを正してイヤな女モードをオンにしたところで、冷たい声で返事をした。
「誰ですの?」
「ロキです。入っても構いませんでしょうか?」
「どうぞ」
採寸もしないとなれば、ヴェルメリオ様が訪ねてくるという夕方までは暇になる。
嫌われポイントでも稼げないかと、ロキを招き入れることにした。
フィオルが開けたドアから、ロキが「失礼します」と恭しく入ってくる。
私は顎を上げて、ロキに言い放った。
「採寸はしないの。ドレスは結構。明日からはワンピースで過ごすのよ。窮屈なのはイヤなの」
腕を組んで、眉を寄せて。
イヤという感情を前面に押し出して伝えると、ロキは大きな瞳をパチパチさせる。
せっかくの親切を無碍にするイヤな女。
あんな女はやめといた方がいいですよと、ぜひヴェルメリオ様に報告してほしい。
そんな私の望みは届かず、ロキはにこっと微笑んだ。
「ワンピースがいいのですね、わかりました。ヴェルメリオ様にはお伝えしておきます」
「は? ワンピースもいらないの。なにもいらないの」
何が何でも私になにか贈りたいの?
焦って首を横に振ると、ロキは「ふむ」と考える様子で顎に手を当てる。
小さな唇がツンと尖ってかわいい。
この屋敷には美形が多すぎる。
「そういうことでしたら、直接ヴェルメリオ様にお伝えいただけますでしょうか? 私が伝えても、ヴェルメリオ様は納得されないかもしれません」
「いいわ。伝えに行きましょう」
ヴェルメリオ様に、はっきり伝えてやるわ。
なにも贈り物はいらない、婚約破棄だけをしてほしいって!
ロキからやんわりと伝えられるより、私からビシッと行った方が、きっとヴェルメリオ様も心が動くはず。
やる気満々に私が頷くと、ロキは「ではご案内いたします」とドアを開けた。




