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01 目指せ婚約破棄! 手に入れろ自由!


「わたくし他に好きな人がいるんですの。だから、あなたとは結婚したくありませんわっ」


 あああ、どうか殺さないでください!


 人生史上最も失礼な言葉を口にした緊張で体が動かない。

 一気に凍った空気に喉がかわく。


 目の前にいるのは、ヴェルメリオ・ロッソ・クロムズ公爵様。

 冷酷非道との噂が絶えない、通称『緋色の悪魔』。

 そして、私の婚約者だ。


 うなじより少し長めの緋色の髪。

 それと同色の切れ長の瞳が、不機嫌そうに細められた。


 彼のめじりは何故かさっき少し泣いたので、赤らんでいる。

 なんで泣いたのかは、わからないままだ。


 わからないからこそ、恐怖を煽られる。

 内心涙目になりながらも平静を装う私は、脚を組んで強気に顎を上げる。


 恐怖しながらも、私がヴェルメリオ様にこんな態度をとるのには理由がある。


 どうしても、この婚約を破棄してもらいたいから。


 魔物との戦場で倒れる味方を意にも介さず、血の川をつくりあげたというヴェルメリオ様。

 彼に喧嘩を売ってでも、私がこの婚約を破談にしなければならなくなった原因は三日前に(さかのぼ)る。


 * 


「そうだわ、パパ。わたくし、ヴェルメリオ様とは結婚しないことにしたの」


「ん、ぐふっ」


「まあ、パノン。レディーが食事中にそんな音を立ててはいけないのよ」


 いつもの朝食の席。

 そんな穏やかな場所で、友人との約束を断るようなノリでお義姉様がとんでもないことを言い出した。

 おかげで、飲み物がおかしなところに入ってしまった。


 ゼメスタン伯爵家の一人娘であるお義姉様は、お義父様に甘やかされて育ったわがまま娘だ。

 お義姉様は今まで数あるわがままをお義父様に叶えてもらってきている。

 私自身ですら「妹がほしい」という幼い頃のお義姉様の願いによって、孤児院から養子として引き取られてきた身の上だ。


 そんな経緯でゼメスタン家にやってきたから、お義姉様のわがままには慣れている。

 だけど今回のわがままは、ちょっと壮大すぎだ。


 さすがのお義父様も今回ばかりは青い目をまん丸に見開いて固まってしまっている状況。

 だというのに、お義姉様は相変わらず優雅だ。

 むせ込んでいる私に「汚いから拭いてちょうだいね」とナプキンを差し出してきた。


「い、いやいやマウラ。クロムズ家は王家の血を継ぐ公爵家だよ。それは……その、わかっているかい?」


「ええ、もちろんよ、パパ。わたくし顔も頭も良いって言われているの」


 見惚れちゃうくらい手入れの行き届いた金色の髪をさらりと揺らしてお義姉様は微笑む。


 お義姉様はうちだけではなく他所でも大わがまま。

 それが許されてきたのはひとえにその顔と要領の良さがあったからだ。


 貴族社会における女の『力』は有力貴族と結婚できる美貌と知恵、そして人脈。

 そのすべてを兼ね備えているお義姉様が抱く自信に間違いはない。


 お義姉様は賢い。

 突拍子の無いわがままを言うことはあっても、自身や家の評価を落とすような愚かなことを言ったことはなかった。


 だからこそ、私もお義父様も今回の愚か(・・)としか思えない発言に驚いているのだ。


「わかっているのならその、わかるだろう? マウラがヴェルメリオ様と結婚したいと言うから、パパはがんばって婚約を取り付けたんだよ。今更なしなんて無理だよ」


 お義父様がもったりとした体に汗をかきながら、弱々しく眉を下げる。


 ゼメスタン伯爵家は由緒正しい貴族だけど、王家の血を引く公爵家に血の気高さでは到底敵わない。


 クロムズ公爵家と婚約できたことはお義父様の努力の(たまもの)であり、ゼメスタン伯爵家にとっては良すぎる話だ。

 この婚約を蹴るなんて選択は、絶対にあり得ない。


 一体お義姉様はどういうつもり? という好奇心はある。

 けど正直な話をすれば、私はこのゼメスタン伯爵家の危機をどこか他人事のように見ていた。


 この家がどうなろうが、私にはどうだっていい。

 むしろ好都合だとさえ思っている。


 幼い頃に引き取られて以来、私はお義姉様のわがままに付き合ってきた。

 お義父様には娘として大切にされたことは一度だってない。

 この屋敷で私に優しかったのは一部の使用人たちくらいのもの。


 ゼメスタン伯爵家がクロムズ公爵家に潰されても、私にはまったく未練がない。

 さて、賢いお義姉様はどういうつもりでこのわがままを言っているのかしら。


 高見の見物気分で食事に再度手をつけようとしたところで、視線に気がつく。

 ふとそちらに視線を向けると、お義姉様が綺麗な顔に綺麗な笑みを浮かべてこちらを見ていた。


 あ……、イヤな予感がする。 


「大丈夫よ、パパ。何の問題もないの」


 お義姉様が笑みを深めて、小首を傾げる。

 

 お義姉様がこの笑顔を見せるときは、ろくなことがない。

 思わず顔を強ばらせる私に、お義姉様は鈴の鳴るような声で告げた。


「これはクロムズ公爵家とゼメスタン伯爵家の婚約なのよ。わたしがお嫁に行かなくてもいいの。ヴェルメリオ様のところにはパノンにお嫁さんにいってもらうわ」


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