もう来ない
カフェの店先。
外に面して置かれている大きな円形の白いテーブルと、60度くらいの向きで相対している、同じような大きなプラスチックの椅子。
夏らしく、薄手に白色のワンピースに、目を完全に覆うほどの大きなサングラス。
手には、同じく白色の手袋。
日の光が眩しいのか、唾が手のひらの4分の3ぐらいの長さがありそうな、麦藁帽をかぶって、そんな椅子に座っていた。
「お客様……」
すっかりと氷も融けたアイスコーヒーを前にして、彼女は、一切それに手にしようとしない。
それを不審に思いつつ、俺は声をかける。
「……私ね、ここで約束をしていたの。ええ、していたの」
思い出すかのように、つぶやく。
俺のことは分かっているだろうが、気づかないふりをしているようだ。
「お飲みになられない場合でも、コーヒー代はいただきますが……」
氷ぐらい入れますよ、という言葉すらも、今の彼女には届かないようだ。
「……決して会えないあの人。向こうの世界でもきっと無事に暮らしているわよね」
黄昏ている彼女は、静かにそうつぶやいた。
暑い、暑いある日のことだ。