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場所が場所だが、同級生女子と初日の出を眺める話

作者: 伊建天

 時は正月――の1日前の夜。つまり大晦日。

 普通なら、大晦日はどう過ごす?

 冬休みが始まる前にクラスの連中が教室にて話していた内容をまとめたところ、祖父母のもとへ帰省する(59%)、国内旅行(13%)、海外旅行(2%)、自宅で過ごす(25%)、その他(1%)の割合だった(俺調べ、数値は適当)。というか担任、紅白見ながらコタツで一人熱かんっていくらなんでも寂しすぎんだろ……。

 ――閑話休題。

 まぁ多少の違いはあれど、皆似たような感じで過ごすのだろう。

では俺、来間座(くるまざ)初晴(はつはる)はそんな中どうしているかというと――、

「うおぉーーー! やっと見つけたぞーーー!!!」

 泥だらけになりながら、山奥の温泉を見つけて吠えていた。


 どういう訳か俺は海外旅行好きな両親とはそりが合わず、今年も「年末はカナダのオーロラを眺めながら年を越す」とかのたまった両親と喧嘩し、両親のみをカナダに行かせて俺は誰も知らない温泉で年を越すことを計画した。

 そう、温泉。温泉である。一介の高校生でしかない俺が普通と違う唯一のところ、それは俺が無類の温泉好きだということだ。北は登別から南は別府まで、有名どころの温泉地は皆当然の如く網羅し、それだけでは飽き足りなかった俺はあまり知られていないマニアックな温泉に目を向けるようになり、そして気づけば誰も知らない秘湯を求め、自分の足で向かうようにまでなっていた。

 そんな俺は今年、両親とは別行動をするということもあって、かねてから考えていた「誰もいない中1人で湯につかりながら初日の出を眺める」という野望を実行することにした。とはいえ流石は年末年始、どこもかしこも温泉宿は予約でいっぱい。源泉かけ流しの本物の温泉じゃないと認めないという俺自身のこだわりもあって、納得のいく温泉を探すのは困難を極めた。

 しかし俺は様々な温泉を巡り歩き経験を培った温泉探しのプロ。こうして無事に辿り着くことができたというわけだ。……そんなことを言いながら実はここにたどり着くまで凄まじく時間をロスし、本来の計画なら日付が変わるよりかなり前に到着するはずのところをだいぶ夜が深くなるまで迷ってしまったことは密にしてほしい。

 ――ともかく、

 そうして俺は、とある山の奥に人知れず存在した天然の露天風呂を死に物狂いで見つけ出し、道とも言えぬ獣道をボロボロになりながらも突き進み、ようやくたどり着いた秘湯を今楽しんでいるというわけだ。

「ふ~、極楽極楽。苦労してたどり着いただけに気持ちよさもひとしおだな」

 今夜は雲もほとんどなく、月がよく見えて風情がある。あいにく俺は未成年なので持ってきていないが、盆に浮かんだお酒があったらさぞ似合うだろう。

 それにしても、なかなかに熱めのお風呂だ。山奥の人の手の入っていない秘湯だからか、のれんも脱衣所もない屋外に、ポツンと温泉が鎮座している形相も相まって味を感じる。

 いいね、温泉ってのはこうでなくっちゃ。


 ――なんてことを考えていたら、

チャプンと、少し離れたところで音がした。

 チャプン? こんな場所に誰か来るわけないし、まさか野生動物!? と身構えていると、温泉によって発生した湯気がだんだんと晴れていき視界が晴れてきた。

「「………………え?」」

 そこにいたのは、こんなところにいるはずのないクラスメートの女子だった。

「「………………………………」」

 脳の処理が追い付かず、フリーズすること数秒。

「きゃあああぁぁぁーーー!!!」

「ぎゃあああぁぁぁーーー!!!」

 俺たちは同時に叫んだ。


 なんで!? どうして!!? こんな山奥の温泉だぞ。確かに山奥過ぎて男女の区分なんて当然の如くなかったけど……、まさかコイツ、俺と同じように蜘蛛の巣に引っ掛かり草木をかき分けながらここまで辿り着いたってのか?

 そんなことを考えていると目の前にいるクラスメート女子―照代(しょうだい)智美(ともみ)、だったか?―が手に持ってたフェイスタオルで体を隠しながら怒鳴り散らしてきた。……というか、制服の上からしか見たことなかったから知らなかったが、結構着痩せするんだな。全然隠しきれてない……って俺は何を考えているんだ!

「あ、アンタ! 来間座よね、同じクラスの。何でこんな所にいるのよ? 覗き!?」

「ンな訳ねーだろ! 大体先に入っていたのはこっちだ! ここに誰かが来るなんて欠片も思ってなかったし当然覗きなんて考える余地もねーわ!」

 あらぬ疑いをかけられ怒鳴り散らされた俺はすぐさま怒鳴り返し、そのまま捲し立てる。

「お前こそ何でここにいるんだ!? まさか秘湯に浸かりながら初日の出を拝もうとか考えてないよな!?」

「そうよ!?」

「俺と一緒じゃねーか!!!」

 驚愕の事実。まさかまったく同じ思考で同じ場所に辿り着く人物が同じ教室という、ごく狭い環境にいたなんて考えもしなかった。


 その後もお互いギャーギャー言い合ったが、照代がクシュンと場の雰囲気に似合わないかわいらしいくしゃみをしたので、仕方なく彼女を湯に浸からせることにした。

 ……いや、だって12月の真夜中の山奥だぞ? 寒いに決まってるだろう。

 幸いこの温泉は結構な広さがあったからそれなりに距離を開けることができた。本来なら湯にタオルを入れるのはマナー違反だが、彼女の場合は状況が状況なので許すことにした。

「……ここには、よく来るのか?」

「……そんなわけないでしょ。来るのだって初めてよ」

 まぁ、当然のことだが昭代の声音から緊張が読み取れる。距離が離れているうえ暗闇と湯気で視界が悪いとはいえ、同じ風呂に男が入っている状況でリラックスしろなんてどだいムリな話だろう。

「それにしても、私が言うのもなんだけど、アンタも物好きよね。こんな場所で新年を迎えようなんて」

「お互い様だろ」

「ご両親は? 家族と過ごそうとは思わなかったの?」

「今カナダでオーロラ見てる。うちの親は海外が好きでね、何かあるたびしょっちゅう海を渡るんだけど、今年の年末年始は俺がカナダ行きを拒否って大ゲンカしてね。こうして別行動することになったから、俺は俺で前からやりたかった計画を実行に移したってわけ」

「そう。いいじゃないカナダ。オーロラ、綺麗だと思うわよ」

「ヤダよ、寒いし。……そっちは? 言っちゃなんだが女子高生が1人でこんな山奥なんてよくご両親が許したな」

 聞かれたから同じことを聞き返した。言葉にしたらただそれだけのことだが、実は俺は質問を口にしている途中で後悔していた。彼女の相槌に、何となくだが寂しさの色が垣間見えたような気がしたからだ。ひょっとして、家庭環境に込み入った事情があったのだろうか?

「私も今は1人よ。うちは両親とも医者でね。ほら、聞いたことない? 国境関係なく国を渡って病気の人を治す人たち。私の両親は2人ともその組織に属していて、すごく正義感の強い人達だからお正月休み返上でどこの国かもわからない所で苦しんでいる人たちを癒すんだって飛んで行っちゃった」

「そっか。立派なご両親だな」

「うん。2人とも私の尊敬する大好きな両親だよ」

 見ないようにしているから照代の表情はわからないが、なんとなく寂しげに笑っている気がする。

「いいご両親じゃないか。うちとは段違いで羨ましいよ」

「そうよ、私の自慢の両親なんだから。だから……」

 明るく振舞おうとしていた照代だったが、だんだん尻すぼみになっていき、とうとう最後は何かを言いたそうに、しかしそれを我慢するかのように口をつぐんでしまった。

「………………」

「……何も、聞いてこないのね。来間座」

「あぁ、他人の家庭の話なら特別親しくもない俺が土足で踏み入っていいものじゃないだろ。ただ、それでも何か言ってほしいのなら――」

「言ってほしいのなら?」

「泣きそうになるほど我慢するな。時には吐き出してみろ。表に吐き出すことで事態が好転することだってある」

 もちろんその対象が俺である必要は全然ないが、と付け加えておく。

 俺の言葉を脳内で反芻して飲み込んでいたのか、照代は少し間を開けてからしゃべりだした。

「私、泣きそうだった?」

「俺が勝手にそう感じただけだ。的外れだったら笑って流してくれ」

「ははっ、そっか。……私ね、寂しかったんだ」

 何を思ったのか、照代はぽつりぽつりと語りだした。それを俺は一言も返さず黙って聞く。我慢するなと言った以上、どれだけこぼされようともそれを受け止める義務がある。

「私が小さいころから、両親はしょっちゅう活動のために家を空けてた。私はいつも家で独りぼっちだった。だからって別に両親を恨んでる訳じゃないの。いつだって尊敬してる偉大な両親だし。でも――」

 そこで一呼吸置いた照代は、今度こそ口を開いた。今までせき止めていたものが決壊したかのように、涙交じりの声だった。

「私、悪い子だよね。大事な活動をしてる両親に対して、『寂しい、もっと私に構って』なんて思っちゃって」

 言葉にしたのは、たったそれだけ。けれども照代はその少ない言葉を吐き出さないために凄まじい労力を要していたのだろう。湧き上がる嗚咽が、その長年積み重ねてきた我慢の軌跡を物語っていた。

 涙を拭ったのだろう、いったん間をとった照代はいくらかの落ち着きを取り戻したのか、教室で話すような明るさを宿しながら言葉をつなげた。

「温泉巡りもね、ほんとはその寂しさを埋めるため始めたんだ。ある程度年を重ねたら、1人でいるときの自由行動も許されるようになったからね」

「そっか。……いいよな、温泉って。浸かっている間は一切の余分な感情が消え去るから」

「そう、そうよね! ……なんだか悪いわね、愚痴に付き合ってもらっちゃって」

「いや、いいさ。もとはと言えば俺が言い出したことが原因だし。それより、温泉巡るの趣味なんだろ? 俺も似たようなモンだからさ、こんどどこが良かったか教えてくれよ。もしかしたら俺の行ったことない場所があるかもしれないし」

「それならそっちも教えてよ! ……にしても意外ね。こんなすぐ近くに同じ趣味を持った人がいたなんて」

「それはこっちも同じだよ。同年代の友達からは『爺むさい』って言われたりな」

「そう、そうよね! だから今では仲良くなった友達にも隠すようになって……、って今更だけど、この趣味クラスの皆には言わないでよね」

「わかってるよ。それがイヤなのはこっちも同じだ。……と、そろそろか」

 意外や意外、俺たちはそれなりに長く話し込んでいたようだ。空が白み始めてきた。初日の出まで間もなくだ。

 滅多にいない同年代の同じ趣味を持つ者同士だ。ほんとは「今度一緒に行かない?」と誘えたらいいんだろうけど、生憎そうはいかない。俺たちは今日こんな場所で出会うまで、同じクラスというだけで特に面識なんてなかったからだ。もしかしたらこれから交流を続けていったらそんなことを言い合える仲になるかもしれないが、ともかく今はそうじゃない。

「なんか、ありがとうね。アンタの言った通り、吐き出したら少しスッキリしちゃった」

「おう、それは良かった」

「あ! 見えてきたわよ」

 突然彼女が叫びだしたかと思うと、ふと景色の向こう側が眩しくなるのを感じる。お目当てのものが姿を現したようだ。


「そういえば、まだ言ってなかったわね。……ふふっ、まさか今年初めてアンタに言うとは思わなかったわね。“あけましておめでとう”」

「……あぁ、“あけましておめでとう”」

 その時、俺たちはどちらともなく『相手のほうを見てはいけない』という禁忌を破り、お互いの顔を見合わせた。

 初日の出に照らされた彼女の顔は、つきものが落ちたかのような、いつも教室で見るよりほんの少しだけ綺麗に感じた。

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