いきなりの来訪者
「面白かったねーソーマ。すごくドキドキしたし最後の方とか……本当にびっくりした」
「だよな、ユナ。でもあんなところで終わっちゃうなんて、ほんと続きが待ちきれないぜ……」
暖かな陽光の降り注ぐ日曜日の昼下がりだった。
御珠駅前の『モグモグバーガー』で、少し遅めの昼飯を食べながら。
御崎ソーマと嵐堂ユナは、さっき見て来たばかりの映画の感想で盛り上がっていた。
退院した姉のリンネの体調も良好で、少しずつだが料理や洗濯、家の中の用事もリンネにお願いできるようになって。
最近はすっかり気持ちも体も軽くなったソーマは、今日は家の留守をリンネに任せて、前から楽しみにしていたアニメの劇場版を見るためにユナと一緒に駅前のシネコンまで2人で出かけていたのだ。
映画は評判通り、とても面白かったし……それにソーマはとても嬉しかった……
ユナと一緒に2人きりでこうやって過ごせるなんて、本当にどれくらいぶりになるだろう。
いや、まあ正確にはソーマの中のもう1人も入れて3人だけれども。
(ムグムグムグ……しかしすごかったなー、あの見世物小屋は。壁一面が動く絵になってて迫力ありすぎで首が疲れたぞー。それにしてもあのエイガ、とかいうの? 話が途中から始まって途中で終わってしまったぞ。続きはいったいどうなるのだ!?)
初めて人間の世界の映画館を体験したルシオンも、ソーマが頬ばっている『ビッグモッグ』を味わいながら、興奮した様子でしきりに彼にそう聞いてくる、その時だった。
「やっと見つけた。こんな所にいたのねルシオン!」
「……へ?」
ルシオン……?
背中からどこかで聞き覚えのある声が聞こえて、驚いたソーマが声の方を振り向くと。
ツカツカツカ……
「誰、ソーマ。知り合い?」
……え、誰?
声に気づいたユナも不思議そうにソーマにそう聞いてくるのだが。
ソーマとユナのいる席までツカツカと歩いてくる人影に、ソーマはまったく心当たりがなかった……見覚えがなかった。
均整のとれたスラリとした体に、落ち着いたグレイのスーツをビシッと着こなした若い女性。
目元を隠した真っ黒なグラサン。
OL? 大学生? にしては違和感のある奇妙な圧を全身から発散しているその女がソーマの目の前で立ち止まると。
「さっそくだけどルシオン。こっちの世界のガイドを頼むわ。あなたやビーネスと違って、こっち側はわたし初めてで……」
(あえ? わたし?)
……誰だよルシオン? 知り合いか?
どうやら女が用があるのは、ソーマの中にいるもう1人の異世界の少女。
インゼクトリア第3王女ルシオン・セクトの方みたいだ。
ルシオンのことを知ってる……じゃあこいつも深幻想界の……!
緊張するソーマ。これまでルシオンの知り合いの仕事に巻き込まれて、ロクな目にあったことがないのだから。
(えーと、えーと、誰だコイツ?)
「ああ、まだわからないの? ルシオン……」
ソーマの中でオタオタするルシオンの声がわかるのだろうか。
女が肩をすくめてため息をつくと、目元を隠したグラサンを取ると。
「あ……!」
ソーマは思わず、驚きの声を上げる。
露になった女の顔つき、落ち着いた人間の大人のたたずまいからもハッキリわかるその面影……ソーマと合体した異界の王女ルシオンの面影。
そしてソーマの顔を、いやソーマの中のルシオンを覗き込んだ、サファイアみたいな深みのあるウルトラマリンのその瞳は。
(あ……お、大姉上……?)
ルシオンも女の正体に気づいて、ソーマの中で愕然とそう呟いていた。
いまソーマとルシオン、それにユナの前に立っている者。
それはこの世界の人間の女性の姿に、完璧に擬態したインゼクトリア第1王女。
ルシオンの姉、アラネア・ゼクトの姿だった。
「手伝ってちょうだいルシオン。それに『御崎ソーマ』。この世界に超危険な有害動物が逃げ出した可能性が高いの。一緒に狩りに出かけるわよ!」
「ちょ……ソーマ? 誰この人? いったい何を言ってるの?」
(はわわわわ……ハンティング?)
狩りだって?
とつぜん現れた不審人物に、心配そうな声を上げるユナ。
挨拶も底々に、いきなりアラネアが切り出したヤバそうな話に、ソーマも中のルシオンも困惑するしかなかった。
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その日の夕方。
「なーにボーッとしてるのさアレク。あれかね、またソーマくんのこと考えてるのかねエエエエエエエエ?」
「……チッ! そんなんじゃねーよミルメ。まっすぐ歩けって、鬱陶しいなあ……ウン?」
『組織』への外出申請が許可されて日曜の街に繰り出していたアレクシア・ユゴーがなんだか気の抜けた顔をして、御魂研究棟への帰路を歩いていた。
アレクシアと一緒に遊びに出ていた見滝原ミルメの下世話なおばちゃんムーブにも、いまいち元気のない様子で舌打ちする、アレクシア・ユゴーのその視界に……
「みゅーみゅー。みゅーみゅーみゅー……」
「なんだこいつ……ミルメ、見てみろこれ!」
「わ……なにこの子。ほわああぁ可愛ぇえええええええ……!」
歩道の片隅にへたりこんで、か細い鳴き声を上げている奇妙な動物を覗き込んで、アレクシアとミルメの目が驚きに見開かれていった。
2人の掌に乗るほどしかない、フワフワとした毛並みに包まれたソイツは、一目見ただけでとても放っておけないほど、いたいけで儚げな姿をしていた。