婚約破棄されたので王女様の侍女になって見返してやります
「メアリー・カートライト! 君との婚約を破棄する!」
大勢のいる夜会で、婚約者にそう宣言された。
婚約者が肩を抱いているのは可愛らしい子爵令嬢だ。
「ステラに対して苛めを繰り返したそうだな!」
もぐもぐもぐもぐごっくん。
「いいえしてませんけど?」
私は食べていたお肉を飲み込んでそう言った。これすごく美味しい。後でもう一個取って来よ。
それにしても一体どこからそんな噂が出てきたのだろうか?
そう思っていたら、子爵令嬢が口を開いた。
「私いつもメアリー様に悪口を言われて……」
「ステラもこう言っているではないか!」
「いや常識的な範囲での苦言は申しましたが……」
あれが悪口に入るのだろうか。私は「婚約者のいる男性にみだりに近づくものではありませんよ」って言ったくらいだと思うんだが。
「婚約破棄というのは事実なのですか?」
「あぁ、君との婚約を破棄をしても我が家になんら損失はないからな」
待って待って。
あんたのとこは良くても、私の家の損失は物凄いから凄く困る。
「お待ちください、それでは困ります(家が潰れるから)」
「私に君への愛は無い。諦めろ」
「ですがこれは家同士の婚約です(あんたの愛とかどうでもいいけど借金がああぁぁ)」
「私はステラと婚約を結ぶ」
ヤバい。これは本気でヤバい。
私の家は婚約者であるこの男の家から資金援助をしてもらってなんとか持っているのだ。
それでも山積みの借金のせいでギリギリの生活だ。
そんな中で資金援助を打ち切られたら……。
「君の家には私の方から断りを入れておく」
「そんな……!」
「もう二度と、私の前に顔を見せるな」
そう言って婚約者は子爵令嬢の肩を抱いてその場から立ち去ってしまった。
取り残された私に周囲の注目が集まり、ヒソヒソとしたざわめきが広がる。
私はとりあえずその注目から逃れる為にバルコニーへと向かった。
「お父様になんて説明しよ……」
我が家は一応伯爵家だが、借金まみれの没落寸前だ。
元婚約者も伯爵家の跡取りだが、栄えている彼の家と私の家では誰から見ても私の家の方が下だ。
しかし資金援助もなくなってしまったら今度は本当に没落してしまう。
そうしたら生活もままならなくなってしまうではないか。
私はがさつでお転婆。「性別間違えて生まれてきたんじゃない?」と言われたこと数知れず。
それでも婚約者との仲は悪くなかった。
「はずなんだけどなぁ……」
私たちの間に恋だの愛だのは無かったが、家同士の決めた婚約者としては一般的な距離感だったと思う。
そりゃあの子爵令嬢の方が可愛いのは分かる。私が可愛くないことも。
「はぁ……」
「大丈夫ですか?」
「うぇっ!?」
誰もいないと思っていたのに突然話しかけられたせいで変な声が出た。
声のした方を振り向くと、私よりも小さな女の子が立っていた。
白銀の髪も夜空色の瞳も見たこともないくらい綺麗で、人形のように美しい少女だった。
「び、美少女!」
思わず余計なことが飛び出した口を押える。
「コホン、失礼しました」
どこのご令嬢だろう? こんな方がいたら絶対に覚えてるはずなんだけど……。
白銀の髪、夜空色の瞳……ん? あれ?
この特徴に該当する人物を、私は一人だけ知っている気がする。
もしかして……いや、多分ご本人様。
「ルナディア殿下!?」
私がそう言うと、美少女はコクリと頷いた。
「大変失礼致しました!」
「いえ、構いません」
知らなかったとはいえ王女殿下に向かって美少女!? とか叫んじゃったし。
「うるせぇぶった切る」とか言われなくてよかった……。
「殿下、なぜこちらに?」
「あなたが少し、気になったのです」
こんな美少女にそんなこと言われて喜ばない人間はいない。じゃなくて、王女殿下がなぜ私なんかに?
「あのー……どういったご用件でしょうか?」
「あなたはカートライト伯爵家の長女でしたよね?」
「はい、そうですが」
何故貧乏伯爵家のことを知っているのか。
あぁさっきあいつが叫んでたからか。
「私の侍女になる気はありませんか?」
「え!?」
「その場合借金も肩代わりします」
何その私にメリットしかない提案。一体何が起こって私はこんなおいしい話を鼻先にぶら下げられているのだろうか。
「今私の侍女が彼女だけで、少し大変そうなので」
そう言って殿下は後ろに立っている侍女を指し、侍女さんは綺麗な礼をした。
「あなたの家は中立派のようですし、一度考えてみてはもらえませんか?」
その言葉を聞いて私は少し納得した。
ルナディア殿下にはお母様がいらっしゃらない。
そのため王妃様に良く思われていないらしいのだ。
ルナディア殿下が洗礼を終えられるまで、貴族たちはその存在を忘れていたほどだ。
しかし莫大な魔力と次々と新たなものを生み出す発想力でたちまち有名になり、今では神子と呼ばれている。
でもやはりと言うべきか王妃様はそのことが気に入らないらしく、王妃様の派閥に属する貴族たちには思いっきり敵視されている。
だからこそ影響力なんぞゼロに等しい上に、派閥に属していないも同然な私の家は都合がいいのだろう。
「わかりました。父と相談して決めさせていただきます」
「ありがとう」
その時、殿下の雰囲気が少しだけ柔らかくなった気がした。
そして殿下は軽く挨拶してから立ち去った。
表情を変えない方だから、雰囲気が少しでも変わっただけでよくわかる。可愛かったぁ。
これは……ギャップ萌え、というやつではないだろうか……。
*
「どうすればいいんだああぁぁっ! このままでは我が家が、我が家がああぁぁ」
「あなた、落ち着いてくださいな」
絶望に打ちひしがれるお父様を、おっとりとした笑顔のお母様が慰める。
我が家ではそう大して珍しくもない光景だ。今回のお父様の絶望具合はかなり重症だが。
「申し訳ありませんでした」
「いいのですよ。今回の件はメアリーではどうしようもないことですもの」
お母様はそう言って微笑んだ。
責められるとは思ってなかったけどそう言ってもらえて本当に安心した。
我が家は貴族にしてはかなりゆるいと思う。雰囲気が。
「だがどうすればいいんだ? ここままでは本当に……うぅ」
「あなた、泣いてはなりませんよ」
「いい年したおっさんなんですから」
「ひどい!」
私はよくお父様とお母様を足して二で割った感じと言われる。
だがこれを見ているとこのお父様要素が自分に入っていると思いたくない。
「お父様、お話があるのですが」
「良い話か悪い話かだけ先に聞かせてくれ」
「間違いなく良い話です」
「よし聞こう」
お父様は復活してピシッと姿勢を正した。おい。
「えー……わたくしメアリーは、ルナディア殿下に侍女にならないかという打診を受けました」
「へぁ?」
「まぁ」
お父様は一瞬で間抜けな表情になり、お母様は口元に手を当てて驚いた。
「その際、借金を肩代わりしてくださるそうです」
「よし受けようすぐに受けようその話!」
「あなた、考えもせずに即決するのは良くないですよ」
だから借金が増えるんだよ。
お父様を抑えたお母様が、私に向かって問いかけた。
「メアリーは、侍女になりたいの?」
お母様はこういう時私の意思を尊重してくれる。
婚約を決める時もそうだった。
「私は、このお話を受けたいと思っています。少しお話させて頂いただけですが、ルナディア殿下は素敵な方でした」
超美少女だったし。というのを付け加えるのはやめておいた。
「そう。それならわたくしは賛成ですよ。我が家にとっても光栄なお話ですから」
お母様がそう言ったところでお父様がほっと息を吐いた。
この人お母様には絶対に逆らえないからな。
「お父様、それでよろしいですか」
「もちろんだとも!」
「ではお兄様にもそうお伝えください」
跡取りであるお兄様が今いないので伝えてもらえるよう頼んだ。
お兄様はお母様似の頼りになる方だ。我が家はお兄様がいなければ資金援助があろうとなかろうと没落していただろう。
「私は殿下に文を送ります」
「寂しくなるわねぇ」
「賑やかなお父様がいれば寂しくはならないと思いますよ」
「ふふ、確かに」
「お父様、もう今度は絶対に借金をしないでくださいね。何かを決める時は必ずお兄様に相談するのですよ」
「うぅ、父への信頼が……」
そうして私は、殿下に文を書くため自室へ戻った。
*
ルナディア殿下に手紙を送ると、いつでも来ていいとのお返事を頂いたので即ここに来た私だが、王家の闇を垣間見てしまった気がする。
「ここがルナディア殿下のお住まい……」
殿下が住んでいらっしゃるのはなんと城の中ではなかった。
王宮の敷地内に一軒のお屋敷が建てられている。
うちよりは立派だが、こんなにきっぱり住み分けがされているとは。
私はお屋敷の扉をノックしてお返事を待つ。
しばらくすると扉が開かれて、侍女さんが現れた。
「ようこそいらっしゃいました。中へどうぞ」
「はい!」
侍女さんに案内され、私はお部屋に荷物を置いてそこで服装を整えた。
これから、ルナディア殿下にお会いするのだ。
私の様子を見計らった侍女さんが、いよいよルナディア殿下のもとへ案内してくださると言った。
ルナディア殿下のいらっしゃるお部屋の前に着くと、私は大きく息を吐いた。
「失礼致します」
侍女さんの後に続いてお部屋に入ると、そこにルナディア殿下がいらっしゃった。
「かけてください」
「は、はい!」
私がルナディア殿下の向かいにかけると、侍女さんが紅茶を淹れてくれた。
おかれた紅茶を飲んでいると、侍女さんと殿下が何やらコソコソと話し始めた。
話が終わったらしい侍女さんが何故かこっちに来て、私の横にどさりと座った。
え?
「あ~つっかれた。屋敷ん中でこれやるとなんかすごく疲れますねぇ」
二度見した。
「あっ、私は侍女とかをしてるアリシアです。よろしく」
誰!?
待って、キャラ迷走してる。
おかしいでしょ。さっきまで完璧な侍女だったのになんでこんなにだらしなくなってるの!?
ツッコミどころが多すぎる。
それに侍女とかってなに!? 侍女の他にも何かしてるということなんだろうか。
……一体何をしているのだろう……?
「屋敷ん中ではこんな感じなんで慣れてください」
すぐには無理です。
ちょっと驚き過ぎて声が出なかった。
私はなんとか声を絞り出して話し始める。
「えっと、メアリー・カートライトと申します。本日からよろしくお願い致します」
なんとか挨拶できたと思う。まさか侍女さんのインパクトがこんなに強いだなんて思いもしなかったから、練習した内容全部吹っ飛んだけど。
「仕事についてはアリシアの方に聞いてください。わからないことがあれば私にも聞いてもらって構いません」
「わかりました」
侍女さんキャラ崩壊が激しいけど、侍女やってる時は完璧な侍女だったからきっと仕事は出来るのだろう。
そう思いながら侍女さんの方を見ると、にんまりと笑っていた。
「じゃあ今日からよろしく、後輩ちゃん」
この人侍女で大丈夫なのだろうか……。
*
今日はルナディア様と共に夜会に来ている。
ルナディア様はあまり夜会には行かれないのだが、今日は参加するとおっしゃった。
現在ルナディア様はご挨拶の最中で、私はアリシア先輩と共に後ろに控えている。
ルナディア様は自身の優秀さから味方をしてくれる貴族が増えているらしい。
流石ルナディア様だ。
「おっ、あれお前の知り合いじゃない?」
周りに聞こえないくらい小さな声で、突然アリシア先輩にそう言われた。
「えっ、どなたですか?」
「ほらあそこ」
この人は人ごみの中からでも特定の人物を見つけるのが得意だ。
他にも色々特殊技能を持っていることを最近知ったのだが、今は割愛する。
私は目を凝らしてみたのだが、全然見つけられない。
「見つかりません」
「まぁそのうちこっちに来るよ」
「ていうか知り合いって誰です?」
そう聞くとアリシア先輩はにやりと笑った。
「見てからのお楽しみ」
性格の悪さが表情に滲み出てる。
それにしても気になる。お父様やお母様はこの夜会にはいらっしゃってないはず。
というか先輩が知ってる私の知り合いってもしかして……。
…………。
やっぱりお前かあああぁぁっ!
ルナディア様の元へやってきたのはあの子爵令嬢と、元婚約者だった。
元婚約者は私に気づくと驚愕して目を見張り、すぐに気を取り直してルナディア殿下に挨拶を始めた。
「殿下、メアリー嬢と少々お話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
挨拶を終えるとルナディア様に向かってそう言った。
ルナディア様が伺うようにこちらを見たので、私は小さく頷きを返した。
「構いません」
「ありがとうございます」
元婚約者はルナディア様に礼をすると、私の前に歩いてきた。
「お前は一体何をしている?」
「なにって、侍女ですが」
「婚約を破棄された女が王族の侍女になるなど、恥知らずだとは思わないのか?」
破棄したのはあんただろうが!
ルナディア様が選んでくださったんだから、私は恥知らずだなんて全く思わない。
思わず言い返そうとすれば、凛とした声が私たちの間に入った。
「それは、わたくしへの侮辱ですか?」
その声に気圧されてしまった。
こんなルナディア様は見たこと無い。気高く美しい。無意識に従いそうになってしまうような、そんなオーラがあった。
「いえ、そういうわけでは……」
「彼女を侍女に選んだのはわたくしです。彼女は優秀な侍女だと、わたくしは思っています」
嬉しかった。ルナディア様の口からはっきりとそう言っていただけたことが、とても嬉しかった。
「わたくしの選んだ侍女を侮辱するなど、恥を知りなさい」
ルナディア殿下がはっきりと口に出したことで、話を聞いていた貴族たちからヒソヒソとざわめきが広がる。
「待ってください! 彼はそんなことしたかったわけじゃないんです!」
「こらステラ! 無礼だぞ」
「でも、」
「申し訳ありませんルナディア殿下」
王族に口答えするなんて彼女の親はちゃんと教育をしたのだろうか。
いや、婚約者のいる男性を横から奪った時点で知れているな。
「あなたが悪いんじゃないですか! 婚約者を取られたからって」
「何を言っているのです? 私は全く気にしておりませんよ」
喚いている子爵令嬢と、青い顔をした元婚約者に向けて、私は最高の笑顔を作った。
「私は今、とても幸せですので」
鬼な先輩とかはいるけど、ルナディア様のもとで働くのはとても楽しい。
婚約していた時とは比べ物にならないくらいに。
「さようなら」
その言葉が聞こえていたかはわからない。元婚約者は子爵令嬢を引きずって早歩きで去って行ってしまった。
「お前も中々イイ性格してるよな」
「先輩にだけは絶対に言われたくありません」
性格の悪さで先輩の右に出る人間なんて私は見たことが無い。
ジト目で先輩を見ていると、ルナディア様は振り返って私たちに声をかけた。
「少し、控室に戻りましょう」
私たちは控室に戻ってきていた。鍵をかけてあるから、誰かが入って来る心配はない。
そのため侍女モードをオフにした先輩がソファでだらだらくつろいでいる。
「おつかれさま」
ルナディア様は私に向かってそう言った。
「婚約していた方と会ってしまいましたが、辛くなかったですか?」
「いえむしろ爽快でした」
「ぶっ」
私がそう言ったら先輩が噴き出した。なぜだ。
「ひとつ、聞いておきたいことがあります」
「なんでしょうか?」
「これからも、侍女を続ける気はありますか?」
え……それって解雇したいってこと?
……嫌だ。実家の借金のこともあるけど、それよりもルナディア様の傍にいられないことが嫌だ。
「もし辞めたいと言うのならば承諾します。お金を返せとも言いません」
嫌だ。……これからも、侍女を続けたい。
「姫さん、それはちょっと意地悪な質問じゃないですかねぇ」
ソファから体を起こした先輩がそう言った。
そしていつもの意地悪そうな笑みを浮かべた先輩は、私を指差して口を開いた。
「だってコイツ、もう姫さんに惚れこんじゃってますもん」
私は先輩の言葉にこくこくと頷いて同意した。
ルナディア様の傍を離れたくない。婚約してた頃みたいな生活には戻りたくない。
「私は許されるなら、ルナディア様の侍女を続けたいです」
私はルナディア様のことを真っ直ぐ見てそう言った。
そうしたら普段ほとんど表情の変わらないルナディア様が、少しだけ驚きを露わにしていた。
「ですが私をよく思わない人は多いです。そういった方の悪意に触れる可能性があるのですよ」
「構いません。私はそれでもルナディア様のお傍にいたいです」
そう言うとルナディア様は少しだけ、本当に少しだけ、表情を緩めていた。
「ありがとう」
パッと見ただけじゃ気付けないほどの些細な変化。
それでも確実に笑顔だった。
初めて見たルナディア様の微笑は、とても美しかった。
「んじゃ、明日からもビシバシ鍛えてやるから」
「もうちょっと優しくできません?」
「姫さんの傍に中途半端な人間がいていいわけないでしょーが」
「確かに……」
それで納得してしまう私はかなり重症なのかもしれない。




