5 王都②
「それで、詳しく話を聞かせてもらえるかな?」
王都に入る為の主要な門は、多くの町や村と通じる道のある東門。
それに対して普段ほとんど人の寄り付かない南門に現れたベルジェールとユランは、案の定門番に止められていた。
「私が悪いのですっ……私が無理を言ったから!」
「お嬢様!お嬢様のせいではございません!私がついていながらこのようなっ」
「おいおい、落ち着けってお二人さん!とりあえずほら、茶でも飲みな」
ハラハラと涙を流すお嬢様……貴族の娘に扮したベル様の背をさすりながら、私も自身の涙を拭う。
ちなみにこの手の震えはベル様に触れることの恐れ多さによるもので止めようがないのだが、机を挟んで前に座る門番の焦りようを見るからにこの状況にうまく作用していると見える。
優しさのにじみ出る目元のシワをさらに深くさせる門番に、ユランは若干の申し訳なさを感じた。
時は一時間前に遡る。
ユランがベルジェールを召喚したのは王都に一番近い森。
王都と海に面した漁業の街”ギルドレス”の間にある、通称”静寂の森”だ。
ちなみにユランが王都を出るときは、怪しまれないよう東門を使った。
「そういえば、ユランは我がおなごの方が良かったか?」
隣を歩くベル様が唐突に呟いた言葉に思わず咳き込む。
「いえ!性別がなくてもベル様が美しいことは変わりありませんので、何も問題ないです!」
「ふむ。ユランは美しいものが好き、とな。わかった、覚えておこう」
焦りすぎてちゃんとした答えになっていないかもしれないが、そんなの関係ないとばかりに必死に首を振る。一方まるで重大なことを聞いたかのように真剣な表情で頷くベル様に、もう何も言い返しはしない。
この短い道中で、ベル様のことがなんとなくわかってきた。というより身を以てそれこそ痛いくらいに実感している。
しかし今はそれにどうこう言っている場合ではないのだ。
ベルジェールが羽織っていた腰紐のなくなったガウンは、急遽ユランの履いていたズボンのベルトで留められていた。おかげで抑えていないとズボンがずり落ちそうになるが、そんなことを気にしている場合でも無い。
「ベル様。私たちは今から人です。お忍びで王都へ来た人族です。ただでさえベル様は目立ちますので、その……」
「うむ、おとなしくしていろということだな。なに、心配はいらん。これでも我は優秀な天使だからな」
目を細めてニカッと効果音がつきそうなほどの笑顔を見せるベル様。
わかってきたぞ……ベル様はきっとすごくお茶目な方なのだろう。天使様をそういった枠に当てはめてしまって良いのかはわからないが、少なくとも想像していた天使像とは随分違うのは確かだ。
思い返せば、王都まで歩いていかなければいけないと言った時も特に気にした様子がなかった。
それまでの振る舞いから無礼者と罵られることはないとは思っていたが、まさか隣を徒歩でついてくるとは。
せめて飛んでいくものだと思っていたが、それを尋ねたら誰かに見られたらどうすると逆に注意されてしまった。
「ところで人をまるで見かけないな」
「……ここは静寂の森と呼ばれて人々に恐れられていますからね」
「静寂の森?確かに暗くて薄気味悪くはあるが、鳥たちも元気に鳴いていたように思うが?」
「人が魔族を恐れてつけた名です。魔族は闇や影があるところならばどこにでも入り込める。だからどの種族の領土にも一定数の悪魔や魔物がいます。静寂の森はリアテスカの中でも最大級の森なので、その分魔族も多いのです。一度迷い込んだら悲鳴を上げることすら叶わない、だから静寂の森」
王都に住む前、ユランが過ごしていたのもこの静寂の森だ。
「では我を召喚したことにも気づいたのではないか?」
「悪魔は昼間は影の中で眠るものが多いので大丈夫かと。この日のために周辺に生息する悪魔のことを調べましたが、中級悪魔以下しかいませんでしたし、魔物は命令を聞く以外の意思疎通はできませんから……あ、門が見えてきました」
高い塀や大きな門を興味深そうに見上げる、自分より頭ひとつ分以上背の小さい天使様。
まずは第一関門である門番をどう乗り切るか、無意識に早足になっているその後ろ姿を追いながら、ユランは一人頭を悩ませるのだった。